手篭め侍



■第6話 ■ 敵の名を呼びながら逝け

 空が白むまで外に出ておれ、と紫乃に命じられた慎之介であった。
 が、当然、そんな姉の言いつけを護っている筈(はず)もなかった。

  姉の本心が理解できなかったということもある。
 もちろん、姉の安全を気遣(きづか)う弟としての心もあった。
 しかし……慎之介は数えで一四の歳。
 昼に目にしたあの武家の奥方が陵辱される様が、瞼(まぶた)にこびりついて離れず、肉の疼きも一向に収まる気配がない。
 そのような状態で、姉が百十郎に嬲(なぶ)られるという。

 さまざまな思いが綯交(ないまぜ)になり、慎之介は何としてもその様を見届けずに居れなかった。

 然(しか)し、隣りの部屋で障子の隙間から覗いていたのではない。
 押入れから天井裏に昇り、蜘蛛(くも)の巣に塗れながら、天井の梁(はり)を伝い、なんとか姉と百十郎が篭る寝間まで這った。
 天井の板の裂け目から、その様を具(つぶさ)に覗いていた。
 念の為、小刀を握りしめて。

(あ、姉上……な、なんということを……)

「こうか、こうやって舐められたのか? ……おめえの母上は、こんなふうに舐められたのか?」
「あ、ああっ……さ、左様にてございます……そ、そこをそんなふうに……」

 今、紫乃は布団の上で犬猫のように這いながら、その蒼白(あおじろ)く固い尻を高く持ち上げて揺らしている。
 その背後に全裸で這い蹲る百十郎が、姉の尻の桃割れの奥を啜(すす)っていた。

(……まるで、あの昼間の奥方そのものではありませんか! 姉上……)

「菊座を舐められて、おめえの母上も、そんな声で啼(な)いたのかあ?……無残に殺られちまった、自分の旦那の骸(むくろ)の傍(かたわら)でか?
 ……まったく血は争えねえってのは本当だなあ……」
「んんんっ! あああっ……何故に、何故にそのような意地悪ばかり……あ、あううっ!」

 次に紫乃はごろりと布団の上に仰向けに転がされ、躯(からだ)のうえを這いあがってきた百十郎に、唇を奪われた。
 紫乃は抗おうとしたが、強引に頬を掴まれ、その桃色に濡れた唇を舐め回される。

「……どうだ、てめえの菊座の味は……旨いか? ほれ、もっと味わえ」
 そう云いながら、百十郎はまたも紫乃の茂みの奥に指を進め、もう十分に潤(うる)んだその部分を指でかき混ぜるように嬲(なぶ)るのだった。
「なりませぬっ……あ、そ、そのように激しくされると……紫乃は……紫乃は……」
「なんだ、気を遣(や)るつもりかい? お嬢ちゃん……おめえのお袋ゆずりで、淫らな躯(からだ)に生まれついたもんだなあ?」
「ち、違い……ちが、いますっ……そ、そこ、もう堪忍……」
「そこというのは、この尖りきってる小豆さんのことを言ってんのか? それ、それ、それともこの涎(よだれ)を垂らしてひくついている、締りのない下の唇のことかあ?」
「か、かんにんして……かんにんを……ご、後生です……ああっ……ああああああっ!」

(……あ、姉上っ!)

 天井裏の闇に身を潜め、もうどれくらいの時が経ったであろうか。
 天井板の隙間から、甚振(いたぶ)り続けられる姉を見守りながら、慎之介は手にしていた脇差(わきざし)の柄を握り締めた。
 もう紫乃の躯(からだ)を、百十郎は隅々まで舐め尽くし、弄(いじ)りつくし続けている。
 紫乃の首筋を、背骨の上を、脇腹を、尻多武(しりたぶ)を、腋を、耳を、唇を、足の指の股を、何周も何周も百十郎の舌が駆け巡る。
 指が、熟れ落ちそうに朱く染まった乳首を転がし、秘所に忍び込み、菊座に忍び込み、臍や、唇、耳の穴までを穿(ほじ)り続けた。

「……あああっ……うっ……くっ……んんんっ……んあっ!」

 覗いている慎之介にも、姉がいつもの凛(りん)とした態度を崩すことを抗う、その気丈な心根は伝わってきた。
 覚悟を決めて、自ら百十郎に脚を開いたときのあねの態度は、圧巻であった。

 しかし、相手は海千山千の色好みにして助(すけ)こまし。
 ねっとりとしたその丹念な愛撫を受けるうち、紫乃の肌は湯上りの直後よりもさらに紅味(あかみ)を帯び、うっすらと全身に汗を滲ませている。

(……姉上、本来の目的をお忘れではないのですか? ひょっとして姉上は……)
 あの男に甚振(いたぶ)られるうちに……まさか、姉上は……。
 否(いな)! ……いやいや、そんなはずはない。
 意志の強さでは、慎之介の知る人間のうちでも誰にも負けぬ姉。
 その姉があのような野卑な男の愛撫などに……然(しか)し。

「うんっ……うっ……あうっ……」

 今は仰向けになり、最初の姿勢のように立て膝の姿勢で股座に百十郎の頭を受け入れている紫乃は、人差指を噛んで、その責めに端(はした)ない声を上げぬよう、自らを制している。
 しかし慎之介は何度もその耳で聞いた。
 姉があの昼間の年増女のように、堪(こら)えきれぬ牝(めす)の喘ぎを漏らすのを。
 そして板の隙間から何度も目にした。
 百十郎に組み敷かれ、右に左に、前に後ろに転がされ、布団の上で鰻(うなぎ)のように悩ましく、そのしなやかな裸身をくねらせる姉の姿を。

(……あの男、許せぬ……わが姉上を、好き放題に玩具にしおって……)

「ほれ、ほれ……どうだ、どうだ? ……ほかにその『手篭め侍』は、おめえの母ちゃんにどんなことをしたんだ?」
「も、もう……もう十分でございます……んんっ! あっ……そ、それはっ!」

 今や紫乃は、布団の上に胡座をかいた百十郎の毛むくじゃらの膝の上に載せられ。大きく脚を開かれている。
 今日の昼、あの年増女にも百十郎は同じような姿勢をとらせていた。

(あのようにして女を扱うのが好きなのか……下郎め!)

「それとは、この奥のこのあたりのことことか? ここを、母上も責められたってかあ?」
「……はっ…………うっ……は、はあうっ!」

 くん、と姉の顔が上がり、天井を向いた。
 ちょうど慎之介が見下ろしている真下に、紫乃の顔がある。
(……あ、姉上…………!)
 まともに目を合わせてしまったように思い、慎之介は思わず身を縮めた。
 姉が薄目を開けて、こちらを仰いでいる。左手の薬指を、唇に掛けていた。
 きゅっと眉根を寄せ、切なげに潤んだ瞳の中の大きな黒目を見開く。
 目を凝らして覗き込めば、板の隙間から姉を覗く慎之介の顔が、その眼(まなこ)写り込みそうだ。
 やがて、姉はすっと姉は目を閉じ……唇にかけた薬指を顎に滑らせた。
 唾液がつう、と細糸を引いている。

「……そうか、ここを責められたのか……こうか?
 百十郎の指が巫鳥(しとど)に濡れた紫乃の肉壷を、ほじり返している。これまでになく激しく。
 念入りに口を濯(ゆす)ぎ洗うような音が、屋根裏まで届いてきた。
「ああっ……だ、だめ、だめっ……し、紫乃……こ、壊れてしまいますっ……」
「……ほれ、ほれ、そうじゃ、そうじゃ、また気をやれ、おめえのお袋みてえにな!」
「……くっ……だ、だめ、駄目っ……!」
「そういやあ……おめえの仇の名前を聞いてなかったな……よし、いいことを思いついたぞ……ほれほれ、そんなにがつつくんじゃねえ」

 ぴたり、と百十郎が指の蕩きを止めた。
 紫乃は恨めしそうな顔で、汗に濡れた髪を震わせ、肩口から百十郎を省みる。

「な、何故……なぜやめるのですっ? ……これ以上、わたしに……どんな恥を掻かせようと言うのですっ?」
 紫乃が言い終えるや否や、百十郎は先程とは違ったゆっくりした調子で指を動かしはじめた。
 あうう、という猫の甘え声のような声を出して、くにゃりと躯(からだ)を反らせる紫乃。
「気をやるときに……そいつの名前を叫ぶんだよ。ほれ、ほれ、ほれ、ほれ……」
「あっ……うっ……そ、そんなっ……あ、あんまりですっ……非道いっ……」

 しかし紫乃は、そう言いながらも、その細い腰を自ら畝(う)ねらせ、くねらせている。

「気をやりてえんだろ? じゃあ、そいつの名前を叫びながら気をやるんだ……でねえと、お天道(てんと)様が昇るまで、この調子で生殺しだ……」
「そ、そんな殺生(せっしょう)なっ……うっ……ううっ……んっ……」

 次第に百十郎の手の蕩(うご)きに激しさが増し、口を濯(ゆすぐ)ぐような音の拍子が短くなっていく。

「もうそろそろだろ? ……きゅう、とお嬢ちゃんの巾着が俺の指に食いついてきやがったぜえ……」
「あっ……うっ、ご、後生ですっ……き、気をっ……気を遣らせてくださいませっ……その後に申し上げますっ」
「駄目だな。気をやるときに叫ぶんだ……そうしないと……」

 百十郎がまた指の蕩きを緩める。
 紫乃は、たまらない、とばかりに百十郎の膝のうえで躯(からだ)をくねらせる。
 まるで澤の流れに逆らって進む川魚のように。

「……い、いいますっ……いいますっ……言いますからっ、ご、後生ですっ」
「そうか、言うか、ほれ、ほれ、ほうーーーれ!」
はあああっ!
 紫乃が天井裏の慎之介のところまで這い上がろうとしているかのように、ぴん、と背中を伸ばした。
「言え、敵(かたき)の名をっ……『手篭め侍』の名前を言ってみろっ!」
「やっ……やしろぉっっっ!……くんっ!」
「何? 八代?……下の名前は?」

 さらに百十郎が責め立てる。

ま、まつ……まつえもんっっっ…………我らが敵の名は、八代松右衛門にてございますぅっっ!

 百十郎の肩に凭(もた)れるようにして、躯(からだ)をぶるぶると震わせる紫乃。
 その後……紫乃はくにゃりと前のめりになり……そのまま俯せの姿勢で布団の上に手折(たお)れた。

(か……敵(かたき)の名を呼びながら気をやるなど……あ、姉上……貴女はどこまで……)

 百十郎は布団の上に胡座を掻いたまま、紫乃が滝のように溢れさせた蜜に塗(まみ)れ手で、たなぜか申し訳なさそうに顎鬚を撫でていた。
「待てよ……八代……松右衛門と言ったな? ……間違いねえか?」
「さ、左様にてございます……」はあ、はあ、と荒い息を吐きながら、俯せの紫乃がなんとか言葉を紡(つむ)ぐ。「よもや、お心あたりがおありか?」
「悪(わり)いなあ……初っ端(しょっぱな)から、名前を聞いておけば良かったなあ……」
「な、何故に? 何を仰りたい?」

 紅潮し、汗ばんだ頬に髪を貼付けながら、紫乃が半身を起こす。

「八代松右衛門だろ? ……そいつなら、二年前……俺がこの手で殺った
 紫乃の眼(まなこ)が大きく見開かれる。
 板間の隙間から覗いていた慎之介の眼(まなこ)に負けないほどに。



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