手篭め侍



■第5話 ■ 母上のように嬲って

 そして夜。九(ここの)つの鐘が鳴る頃。
 慎之介と先程話していた部屋と続(つづき)きとなっていた部屋には、ふた組みの布団が敷かれ、その上に寝巻(ねま)き姿で洗い髪のままの紫乃が正座して いた。
 三十郎は薄汚れた服のまま、紫乃の後ろに座している。
「いい匂いだな……西瓜(すいか)みてえな匂いだ」

 紫乃は浴衣の裾をきゅっ、と握り、唇を噛み締めた。
 枕元に灯された行燈(あんどん)の中の火が、ゆらりと揺れた。
 紫乃は背後に座した百十郎の影がふわり、と奇妙に形を変える。

「……優しくしてくださいますか……」
 紫乃は領(うなじ)で呟くように百十郎に言った。
「おれが優しいことは知ってるだろ? 今日の昼、あの奥方様におれがしたことを盗み見してたんだろ? ……じゃあおれがいかに女に優しいか、わかってる筈 だ」
 紫乃は細(ほそ)い肩ごしに百十郎を省みた。
 昼間、百十郎に仇討ちを申し込んだときと同じ、一途(いちず)な目線で。
「存じております……できればあの仇討ちの奥方様のように、やさしく抱いてくださいませ」
「あの女のように優しくしてほしい、ってか。いやあ、ほんとうにおめえは見かけによらず……好き者だなあ」

 ぐい、背後から、と紫乃の襟元が左右に割かれる。

「はっ……」
 身を固める紫乃。細い首筋と左右にまっすぐ伸びた鎖骨がむき出しになる。
「……ほう、桃の皮を剥(む)いたみたいじゃねえか……ふふ、白い肌が湯上りでほんのり火照って……」
「…………んっ」
 首筋に、百十郎のかさついた唇が吸い付く。ちゅう、と強いほど吸われ、紫乃は柔(やわ)い痛みを感じた。

 しかしそれに耐えた。耐えることが、今、何より重要だ。
 襟元がさらに開かれ、細い両肩が露出した。
 手で防ごうとしたが、百十郎の軽石のような感触の右手が胸元に潜(もぐ)り込んでくる。

「……ふうん。まだ実が固てえじゃねえか……昼間、さんざん揉み込んだあの年増女の瓜みてえな乳とは大違いだぜ」
「んっ……わ、わたくしの細(ささ)やかな乳房ではっ……ふ、不満で すかっ……」
 紫乃は恨めしそうに肩口から百十郎を睨(にら)んだ。
 眉毛を釣り上げながら、半開きの目、拗(す)ねたように唇を突き出す。
 百十郎はその小娘のような紫乃の表情に、甚(いた)く情欲を唆(そそ)られた様子だ。
「いや悪くねえ……あの年増のような揉みごたえはねえとしても、肌の張(は)りが 違うぜ……おめえ、こうして男に乳を揉まれるのははじめてか?」
「…………」
 紫乃はぷい、と顔を背け、俯いた。
「優しくしてほしい、って話だけどよ、その反対をしてやりたくなるのが天邪鬼(あまのじゃく)なこれおれ様の性分でよ……そういえばおめえ、ガキの頃にそ の『手篭め侍』って野郎に、お袋が犯(や)られる様を見てたんだってな」
「は、はい……あっ」
 きゅう、と小豆(あずき)のような小振(こぶ)りな乳首をつねり上げられる。
 ぎりっ、と奥歯を鳴らしながらも、唇を噛み、漏れそうになった声をなんとか堪えた。
「じゃあ、どんなふうにおめえの母上殿が『手篭め侍』に犯(や)られたのか、おれに教えてくれよ……同じように、おめえを姦(や)ってやっからよ」
 ぞくり、と紫乃の背中に冷たいものが走る。
「そ、そんな……そのような……」
「ふふ、鳥肌(とりはだ)立てやがって……そんなに俺に躯(からだ)を弄(いじく)られるのが厭(いや)か」

 浴衣の帯が、しゅるり、と音を立てて緩められる。
 辛(かろ)うじて二の腕あたりで留まっていた寝巻(ねま)きも、襟首(襟首)を掴まれ、ぐい、と降ろさ れた。
 紫乃のしなやかな上半身が、臍のあたりまで顕(あらわ)になる。

「……ま、待って……お待ちくだ……あうっ……」
 胸の前で交叉させていた腕を解かれ、背後に捻(ねじ)られた。
 肩甲骨を浮かせ、反り返った紫織の上半身の線が乙(おつ)の字を描く。
 真っ赤に染まった紫乃の耳朶(みみたぶ)に唇を寄せ、百十郎が震えるような矮(ひく)い声で囁いた。
「教えてくれよ……七つのおめえの目の前で、おめえの母ちゃんがどんなふうにその『手篭め侍』とやらに嬲(なぶ)られたのかをよ……」

 耳朶を舐められ、洗いたての髪の香りを吸い込まれ、首筋を唇と舌で撫ぜられながら、震えていた紫乃。
 が、やがて心を決めたか、それとも自棄(やけ)に なったのか、横座りのままくるりと細長い胴をねじり、百十郎の顔を屹(きつ)と見上げた。
 太めの眉も、睨み据える眼差しも、今日の昼、あの原っぱで膝をつき、 百十郎を見上げたあの顔と丸で同じである。

「……弟には……慎之介には内緒にして下さいますね……?」
「そういや、あの坊主は隣りの部屋か? ……仇討ちのために弟の前で躯(からだ)を差し出す姉、ってのも、 けっこうたまんねえな。風情があるや」

 どこまでも不遜(ふそん)な男だった。邪(よこしま)な輩だった。
 普通の時代劇なら名前すら与えられず、主役に叩き斬られるような男だった。

「旅籠の外に出しました……空が白み出す頃まで出ておれと……」
「へえ、そいつあ、あの坊主にゃあ悪いことしちまったなあ……でも、姉上が姦(や)られるところを、あの坊主にも見せてやりたかった気がするぜ」
「はっ……や、んんっ……」

 肩甲骨の間を、蛭(ひる)のような百十郎の舌が這(は)い降りていく。

「ほれ、どうされたんだ、おめえの母ちゃんはよ。どんなふうに手篭めにされたんだ? ……言ってみな」
「そ、そんなふうに……舌で……」
「ほう? 舌でか? ……舌で、何処を?」
「か……か、か、躯(からだ)じゅうを……」
 天井へ顔を向けた紫乃が、短く息を吐き、震え、縺(もつ)れるる舌でなんとか答える。

 どん、と背中を押され、布団の上に俯(うつぶ)せに這わされる紫乃。

「ほう、舌でか躯(からだ)じゅうを、か。てことは、母上どのは着物をぜんぶひっぺがされたのかい?」
「は、はい……あっ!」
 皮を剥ぐように腰のあたりに巻きついていた寝巻が、紫乃の肢体から剥(は)がされていく。
 紫乃は俯(うつぶ)せになって布団の上で身を丸めながら、なんとか後ろ手で剥(は)がれていく寝巻きの裾(すそ)を掴もうとした。
 が、叶(かな)わなかっ た。
「ふふふ……なんとまあ、華奢でなめらかで、しなやかな躯(からだ)つきよ……柿(かき)や蜜柑(みかん)なら、まだ渋(しぶ)い味がしそ うな頃合だぜ」
「……あ、灯(あか)りを……せ、せめて灯りを消してください……」

 布団の上を紫乃の白い裸身が這い、なんとか行燈(あんどん)に手を伸ばそうとする。

「ちょっと待った……そうはいかねえ」
 が、百十郎がその素足の足首を攫(つか)み、引き戻した。
 そして、紫乃の裸身を仰向(あおむ)けに裏返す。
「い、いやっ……」

 さすがの気丈な紫乃も、素裸(すっぱだか)に剥(む)かれては、非力な一七歳の娘に過ぎない。
 右手を縦一文字に伸ばして股間の茂みを隠す。
 そして左腕を躯(からだ)の前に廻し、僅(わず)かばかりの乳房の膨らみを、百十郎の絡(から)みつくような視線から隠そうとする。

「邪魔っけな両手を外(はず)しなよ……ほら、俺にぜんぶ見せるんだ……ほら」
「で、でも……そ、そんな」
そんなも鉋(かんな)もねえよ……ほら、両手を上に上げるんだ……ほれ、こうやって」

 紫乃の細い右手首が掴まれ、右耳の横に押し付けられた。
 紫乃は太腿を固くすり合わせ、股間の茂(しげ)みを隠そうとしたが、それにも限界がある。
 やがて乳房を庇ってい た右手も頭の上に上げられる……。
 別にその場に押さえつけられたわけではないが、紫乃は上に頭の上に上げられた両手を下に下ろそうとしなかった。
 ただ、目を閉じ、顔を背け……朱に染まった頬を百十郎に見せた。
 腰をよじり、股座(またぐら)を視線から逃がすようなこともしなかった。

「どうしたんだい、お嬢ちゃん……? もう観念しちまったのかな?」
「……か、観念したのではありません」
 顔を背けながらも紫乃は薄目を開けて、横目で百十郎を睨み、つん、と眉を吊り上げた。
 百十郎のような男にしてみてば、堪(たま)らない表情だ。
「ほう、じゃあ、どうしたってんだあ?」
「……覚悟(かくご)を決めたのです……」

 そう言って紫乃は下唇を小さな前歯で噛み締め、顔を背けた。

「ほう。覚悟か……いいねえ、じゃあ、おれが言うことは何でも聞くんだな?」
「…………はい」

 べろり、と舌舐(したなめず)りをする百十郎。
 しかし、かすかに震える紫乃の裸身に触れる様子はない。
 自分を焦らしているのだ。どこまでも卑(いや)しい男だった。

「じゃあ、教えてみな……おめえのお袋さんが、まずその躯(からだ)何処(どこ)を……その……『手篭め侍』とやらに舐められたのかを……」

 ぎりっ、と音をさせて紫乃が奥歯を噛み締めた。

 やがて……伸ばしていた真直(まっす)ぐな脚の真ん中にある、浅利(あさり)のような膝小僧が、ぴくり、と動く。
 そしてその二つの浅利が震えながら……どんどん持ち上がっ ていく。

 さすがの百十郎も息を飲んだ。
 紫乃の細いふとももが、小刻(こきざ)みに震えながら、ゆっくりと開いてゆく。

「……此処(ここ)……です」
 開いた脚の隙(すき)間から、紫乃の朱(あか)く染まった顔が覗く。
「そこ……か……ここを舐められたってんだな?」
 薄目(うすめ)を開け、唇を震わせながら、紫乃が囁(ささや)く。
「そう……です……此処を……舐めてください」

 百十郎が戒めを解かれた獣(けだもの)のように、紫乃の股座(またぐら)に潜(もぐ)り込んでいった。




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