童貞スーサイズ
第一章 「ザ・ガール・ウィズ・ノー・ネーム」



■第3話 ■ ファム・ファタール

 寝ても覚めても、授業中も通学中も、母と姉の3人で食卓を囲んでいるときも……芳雄の頭から、あの動画の少女と父の残像が消えることは無かった。
 これまでの13年間の人生で、これほどまでに芳雄の心を捉えたものはなかった。
 誰もが、何かに夢中になる。例えば、スポーツとか、趣味の芸術活動とか、ゲームとか、ネットとか、切手とか、電車とか、もしくはガールフレンドに。
 それに心をがっちりと押さえ込まれ、ほかの事は何も考えられなくなる。年頃の少年少女の多くはそうだ。

 これまでの芳雄に、そんな経験はなかった。

 芳雄の周りにいる同年代の少年たちは、その年頃なりにそれぞれの楽しみを見つけ、それを満喫している。
 ある者は部活のバスケに賭け、またある者はサッ カー、あるいはバレーボールに賭けている。
 インターネットにのめりこんでいる奴もいれば、プロレスの話題で盛り上がっているやつもいる。
 そしてごく少数だ が、ガールフレンドとの乳繰りあいにうつつを抜かしているやつもいる。
 
 そのどれらに対しても……芳雄はまったく興味を持てなかった。
 
 葬儀の席で工藤と名乗ったあの男に言われたように、芳雄は母似だった。姉はどちらかと言えば、父似である。
 母は息子の芳雄の目から見ても、ノーブルな顔立ちの控えめな美人だ。
 つまり芳雄は運良く、母から美しさという実に好ましい遺伝子を受け継いでいる。姉は不運だった。
 事実、上品で繊細、どこか中性的な雰囲気を漂わせる顔立ちの芳雄に、興味を持つ女子生徒は何人かいるようだ。
 しかしそれらに対してもまた、芳雄は無関心でいた。

 “どうでもいい”

 芳雄は何に対してもそう感じていた。
 人生は苦労の連続だ、それが人間性を磨き、心を鍛えると言う教師が、学校にいる。
 しかし芳雄は苦労なんかしたくなかったし、したい奴だけが苦労していればいいと考えていた。
 また、友人の中の一人は人生 は楽しむものだ、という。芳雄はそれにも同意できなかった。
 なぜ、楽しいことなんて何もないのに、無理して楽しい振りなんかしなくちゃならない? ……それが実感だった。
 そんなわけで、芳雄は美しい容姿に反して、可愛くない少年だった。自分でもそれはよくわかっている。
 将来の夢なんて、これっぽっちも持っていなかった。
 あとでがっかりするよりは、最初から諦めていたほうがいい。それが芳雄・13歳の人生信条である。
 
 とはいえ、たった13年と少しの人生で、すべてを諦観することなど不可能に決まっている。
 心は覚めていていても、肉体は日々刻々と成長する。心と身体は切り離すことができない。
 それに、人生にはいたるところに落とし穴や、仕掛け罠がある。芳雄にとって初めての転機は、あの父が残したビデオだった。
 ビデオは父が指を見せて芳雄に呼びかける、あのシーンで終わっていた。
 何の説明も、注釈もない。
 だから芳雄は、ビデオの映像以上のことに関して、無限に想像を広げることが出来た。
 
  一体、父はどこであの少女と知り合ったのだろうか?
 少女と父はあの後、どんなことをしたんだろうか? 
 何故、少女は父のような冴えない中年男と心中しようとしたのか?(父がな ぜそうしようとしたのか、については関心が持てなかった)
 このビデオを自分と心中しようとした中年男の息子が観ることに対して、少女はどんな風に感じているのだろう?

 母と姉が寝静まった真夜中や、二人が不在のときは、決まってヘッドホンを装着してあの動画を観た。
 そして、激しく手淫した。
 芳雄にしては唯一、その年頃の少年らしく、彼もまた自らの手によるささやかな悦びの虜だった……だが、こんなにも激しく自慰の衝動に取り憑かれたことは なかった。息を潜めてにビデオ画面 を眺めながら、少女を弄ぶ父に自己を投影した。とんでもなく罰あたりな ことをしているような、罪深いことをしているような、そんないかがわしいスリルが、 芳雄をさらに亢ぶらせた。
 そして逆に、父に対してではなく、少女の方に感情移入することもあった。
 父に自己投影するよりも、そちらの方がずっと刺激的だった。
 脂ぎった冴えない中年男に、身体の中でもっとも敏感な部分を弄ばれて、スリムな肢体をくねらせる少女の姿。
 その心情に想像力を泳がせながら、芳雄も少女に負けず、発育途上の痩せた身体をくねらせた。
  そこから望外の刺激と快感を得た芳雄は、その背徳的な妄想に溺れていくばかりだった。

 その夜も母と姉が寝静まってから……芳雄はヘッドホンを装着してパソコンを立ち上げた。
 どんなことにもすぐ飽きがくるのに、どうしてこの楽しみには飽きることがないのだろう? 
 そんなことを思いながら、“with_girl_who_has_no_name” のflvファイルのアイコンをダブルクリックする。
 
 ビューワーの小さな画面の中で、いつもと同じ様に、つまらなそうな、ふてくされた顔の癖毛の女子生徒がベッドに座っている。
 父の死から……つまり、あの工藤と名乗る男からUSBメモリを受け取ってから、3ヶ月が過ぎていた。
 この3ヶ月間で、ビデオの中の少女が……今も変わらぬ姿でどこかで暮らしているはずなのだ。
 出来れば彼女に、髪型を変えていてほしくなかった。
 出会うことができるなら、映像の中と同じ制服姿で出会いたかった。
 そして画面の中の、あのつまらなそうな、ふてくされた表情でいてほしかった。

 父が少女に悪戯をはじめる。
 あの、死んだ魚のような目をした冴えない中年男に、ビデオカメラの前で大きく脚を開かれ、下着の上から秘所をまさぐられている少女。
 少女の腰が微妙にくねるのをつぶさに観察する。
 父の手が、自分の下着の上で蠢く様を想像する。
 気分が出てきた……少女が画面の中で味わっている感覚に、自分の感覚のチューニングをあわせる。
 スウェットのズボンの上から陰茎のあたりをいじる自分の手は、ブラインドタッチも満足にできない父のブヨブヨした不器用な手だった。

 「……あんっ」画面の中の少女とほとんど同時に、芳雄は声を出した。
 
 実際に性交の経験がない芳雄には、女性の性器のしくみはよくわからない。
 同年代の少年が観るような無修正エロ動画か、せいぜい学校の性教育で習ったあたりの知識 しか持ちあわせていない。
 だから少女の下着の上でいかがわしく動く父の指が、具体的にどのあたりを弄っているのかは正確に理解はできなかった。
 しかし、少女が父の指の動きにシンクロして、ビクッと身を硬くしたり、弛緩させているところを見ると……どうやら父の指は少女の致命的なポイントの上を 行ったり来たりしているらしい。

 その焦らすような父の手の動きにあわせて、芳雄も自らの陰茎を触れるか触れないかの調子で、やさしく、いかがわしく弄んだ。
 画面の中、少女が時折堪え切れない切なげな声を上げる。
 赤ん坊がむずかっているような声だった。
 エロ動画などとはまったく違い……それには独特の切迫感と焦 燥感がある。
 少女の腰の動きに倣い……芳雄も自分の腰を少し動かしてみる。すごく良かった。
 この少女の腰が父から与えられる感覚によって自動的に反応し ていると思うと……まるで人間は機械のようだ。どこで知るともなく、誰から教えられることもなく、人間は快感に対して同じように反応するように作られてい る。熱 さや冷たさを感じるのと同じだ。
 しかし、現実の(あくまで芳雄にとっては現実の)少女がそのような反応を見せていることに、芳雄はたまらなく欲情した。

“ほーーーうら……”
“……やっ、ちょっ……と……や、やだ…………やだってば”
 父の手が少女のパンツの中に侵入していく。何百回、その様を見ただろうか。
  芳雄も自らの手を、下着の中に差し入れた。何百回、そうしただろうか。
“………びちょびちょだよ”嬉しそうな父の声。
 当然、芳雄にはそんな状態になった女性の性器に触れたとはない。しかし、パンツの中に差し入れた自分の指は、陰茎の先から滲み出していた粘液に触れてい る。確かにびちょびちょだった。そのことから、芳雄は画面の中の少女が感じている快感と羞恥を共有することができた。
“……変態”少女の恨めしそうな声。
 確かに、僕は変態なのかも知れない、と芳雄は思った。いや、変態そのものだ。 自分の父と見知らぬ少女が性的な行為に興じる様を見て欲情し、こうして硬くなり、べとべとになった性器を、執拗に弄りまわしているのだから。
 乳の指の動きに合わせて、自らの性器を愛撫した。
“………ほら、だんだんぐちょぐちょになってく”父の声。
 確かに、しごけばしごくほど、芳雄の精液は粘液にまみれていく。
 PCの音量を上げた。ほんの微かに、父の指が少女の性器をいじる音がする。
 粘液の音だ。そして今、自分も同じように淫靡な音を立てて性器をい じっている。
“……死ぬ前にこんな気持ちいいことを知れて、良かったね”
 ビデオの中の父が言う。
 確かに……確かにそうだ。もとより芳雄には死ぬ予定も、死ななければならない理由もない。
 しかしこんな悦びがこの世にあることを知ることができたのは、 父が遺してくれたこの動画のおかげだった。
 13歳にして自分は、この世の中のすべてを知り尽くし、自分を楽しませることが出来るようなものはなにもな いと考えていた。
 まったく、浅はかだったというしかない。
“……どうかなあ、こんなことしてると、僕ら、地獄に堕ちちゃうかなあ……? どう思う?”
“……し、知らないよ”
 息継ぎをするように、応える少女。

 父は今、地獄にいるのだろうか?

 もしそうだとしても、後悔はしていないだろう。
 何もやりたいことのない人生を50年、60年、70年、80年……あるいは90年か100年生きて、死ねば天 国が待っている、とする。しかし天国というところがどんなところなのかは知らないが、その場所には、こんな悦びと楽しみは望むべくもないだろう。
 たとえ地獄で何千年苦しめられようと、父は死ぬ前にやりたいことをやって、納得し て、満足して死んでいったのだ。

 あるいは……もし、あの世がなければどうする? 天国も地獄もなかったら? 
 生前の行いが天国行きか地獄行きかの判断材料とならないとするな ら、なぜ人は清く正しく生きねばならないのか?

“……だから、今のうちに愉しんどかないとねえ……”

 その通り。同感だ、父さん。
 生きている間に愉しまねば。
 未来になんか期待していたのが間違いだった。未来を失ってしまえば、今犯している罪もなくなるはずだ。
 射精の限界が近かった。いつものように父がカメラに向かって粘液に濡れた指を翳すタイミングまで、なんとか堪える。
“芳雄!?見てるか??……………父さんだよ!”
 いつものように芳雄も、そこでしたたかに射精した。

 見てるよ、と心の中で芳雄は父に呼びかける。ちゃんと、見てるよ。
 画面の後ろでは、少女がぐったりしてベッドに仰向けになり、荒い息を吐いている。

“君は今、どこにいるんだ?”
 いつも射精の後、芳雄はその見知らぬ少女に、そう呼びかけた。
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