手篭め侍



■第3話 ■ 返り討ち地獄変

  闘(たたか)いは始まった……と思った瞬間に、すべては終わっていた。
 蜂屋百十郎は、長刃を抜いてさえいない。
 少年武者は両手から血を流し、倒れ、喘いでいる。
 彼の太刀は、遠く離れた草原の地面に突き立っていた。

「……み、見たか慎之介。あの男の動きを……」
 興奮を抑えきれない様子で、紫乃が上ずった声で言う。
「姉上には見えたのですか? わたしには何が起こったのかさっぱり……」
「そなた、瞬きでもしたのか?」
「いえ、しっかりと見ておりました」
「ふん」笠の下から紫乃が、冷たい眼差しを慎之介にくれる。「だからそなたは駄目なのじゃ」

 しかし……そこから先に起こったことは、慎之介もその目ではっきりと見た。
 百十郎はおびただしい血をながして倒れたままの少年武者に歩み寄ると、中腰になって、その顔を覗き込んだ。
 そして少年の襷(たすき)をほどくと、その手首を後ろ手に捻った。
「ああっ!」 
 あまりの激痛に、少年武者が悲愴な声をあげる。
「お主はもう、剣は振るえぬ」突然、武家言葉で少年に告げる百十郎。「但(ただ)し、本を読むことや桑を持つこと、包丁で魚を捌(さば)くこと、算盤(そ ろばん)を弾くことくらいはできる。彦次郎……お主はまだ若い。そのうち、傷も癒(い)える。よいか、二度と刀をとろうなど思うな」
 そう言って、百十郎は少年の手首と足首をひとまとめにし、縛り上げてしまった。
「殺せ! 殺さぬのなら、さらに十年掛かっても、おれは主の首を狙い歩くぞ!」
 勇ましい言葉だったが、その声には涙がまざっていた。
「これからは、そんなつまらぬことに生きるな。自分のために生きよ。拙者が見せてやろう……お主がこれまでの十年、いかにその人生をつまらぬことに費やしてきたか、その証拠を」

 そう言うと百十郎は、草の上に倒れたままの少年の母……白装束の年増にゆっくりと歩み寄っていく。

「寄るな! それ以上近寄ったら許さぬ……その目とその口、その鼻、ぜんぶ削ぎ落としてくれる!」
「そうだよなあ……おめえにしてみりゃ、憎き仇はおれのこの顔か? 昔はあの坊主とそっくりだったろ?」
 百十郎の言葉がまた、下卑た雲助のような調子に戻る。
 白足袋(しろたび)裸足で草の上に尻餅をついたまま、後ずさる年増女。
 裾がさらに乱れて、柏餅(かしわもち)のようなもっちりとした太腿(ふともも)が、かなりきわどいところまで覗いている。
 百十郎はゆっくりと女の上にしゃがむと、その細い方を掴み、ぐっと強引に引き起こした。
「またも妾を辱めるつもりか? ……し、舌を舌を噛んで……」
 剣の動き並に素早く、百十郎は女の紅唇を奪い、地面にねじ伏せた。
 高台から覗いている慎之介には、その全てが見えた。
 百十郎が女の襟元を開く。
 白装束よりも白い肌に浮き上がる鎖骨と、たわわで形のよい乳房の谷間が覗いた。
「は、母上!」
「見てはならぬ! 目を瞑(つむ)っているのです! この男のする汚らわしいことを見てはならぬっ!」
 両肩を露にされ、左の乳房を掴み出されながら、母が息子に叫ぶ。
 百十郎はなんとか胸を庇おうとする女の袂に手を進め、その股座(またぐら)を探る。
「なんだよ、もう大した荒れ模様じゃねえかよ……ええ? 泉みたいに吹き出してやがる……俺との馬鍬(まぐわ)いがそんなに恋しかった、ってわけかよ? 汚らわしいことは、ふたりで樂(たのし)むもんだろ?」
「や、やめるのです、や、やめ……あっ……ああああっ!」
 百十郎は女の半身を引き起こすと、その背後に周って両方の乳房をぐいと襟元から引きずり出し、捏ね回す。
 傷つき、縛り上げられた少年武者に見せつけるように。

 高台の茂みでそれを見ていた慎之介は、まっとうな義侠心に駆られていた。
「姉上! 本気ですか?……むしろわれらが、あの母子を助太刀すべきではないのですか?」
「こんなときだけ一人前のことを言うでないわ!」紫乃が厳しく言い放つ。「第一、相手がそなたではあの若武者の二の舞よ!」
 その姉の気迫に押されている間に、暫(しば)し時が経っていた。

 改めて悲鳴と罵声の方向に目をやれば……すでに帯を解かれ、完全に剥き開かれた女の裸体が慎之介の目を射る。
 思わず、慎之介は息を飲んだ。
「は、はああっ……ああっ……やあっ……やめ、て……」
 遠目からでも、女の白い肢体(からだ)が浮き出た汗でぬるり、と絖(ぬめ)っているのがわかる。
「ほれ、ほれ、相変わらずいい声で詠(うた)ってくれるじゃねえか……ほれ、彦次郎、これが亭主の憎き仇に、むりやり手篭めにされてる貞節な奥方様の姿に見えるかよ? ほれ、ちゃんと見てみろ」
 百十郎は女を膝の上に載せ、、女の腿(もも)の内側に自らの膝を差し入れ、大きく開かせた。
 女の白足袋につつまれた足先が、左右に投げ出される。
 その中央、白い肌の中でひときわ目立つ黒い茂みの奥に、百十郎の右手が忍び込み、弄(いじく)っていた。
 左手では女の大ぶりでなめらかな乳房を、やわやわと丹念に揉みしだいている。
「こ、殺せ、殺せ……我が子の前で、このような辱(はずかし)めを受けるくらいなら……いっそこのまま……」
「上の口ではそんなことを言いながら、えらく下の口と、この乳房の先は正直じゃねえか? ええ? ほれ、坊主、お前の母ちゃんの乳首が、高く立ち上がってるのが見えるか?」
 そう言って百十郎が、女の乳首をきつく抓(つね)り上げる。
「あぐうっ……くうっ……」
 女がいやいやをするように顔を振り立てる。
 鉢巻がほどけ、島田髷(しまだまげ)がほどけ、豊かで艶やかな黒髪が宙を舞う。
「むかし、こういうふうに抓(つね)られると、おめえはいい声で泣いたもんだ……そうだろう? あの茶屋の二階ではいつも
 “抓(つね)ってっ! もっときつく抓(つね)って百十郎どのっ!”って、
甘い声で叫んだもんだよなあ……そして下の方はこうされるのが好きだったと覚えてるが、今でもそれは変わらねえかあ?」

 びくっ、と女の細い肩が震えるのが、慎之介の位置からも見て取れた。

 これから何をされるのか悟った女が、怯(おび)えを見せたことを……女に触れたことさえない慎之介もはっきりと見てとった。
 悲惨で非道な狼藉を目の前にしながら、這いつくばっているせいで草の上に押し付けた自らの幼い秘所が怪しく疼いていた。
 なぜか気後れして隣りにいる姉を横目で見やると、姉は頬を真っ赤にして荒い息を吐き、この白昼の陵辱劇に見入っている。

「げ、下衆(げす)! 外道! やめろ、やめるのだっ! やめないと……」
「やめねえと、どうなるってんだあ?」
「は、母上!」
 涙声で縛り上げられ、転がされた少年武者……彦次郎が叫ぶ。
 百十郎は膝に力を込めて、女の脚をほぼ一文字に近いくらいに開かせた。
「やめ……て……お願い……む、息子の前で、あ、あれだけは……ご、後生です」
 突然、ついさっきまで声を枯らして百十郎を罵(ののし)っていた女の声が、弱々しくなった。
 股座のさらに奥に、百十郎の指が滑り込んでいった。
「いや、おめえの身体(からだ)は“早うして、いま直(す)ぐ”と言ってるみてえだがなあ……とくにこのむずむずと動いている菊座(きくざ)の、物干しげな様子はどうだい?」

 慎之介にとって、百十郎のその言葉は衝撃的だった。
「き、菊座? ……あ、姉上、な、なにゆえ菊座など……」
「しっ……黙っておれ」
 紫乃にたしなめられる。

 百十郎がぐい、と女の股座に指を進める。
「うぐっ……く、くうっ!」
「ほれ、ほれ、どうじゃ? どうじゃ……」
 女の裸身が激しく震えた。
 百十郎の肩に後頭部を預ける形で、蝦(えび)のように身を反らせ、白足袋のつま先で地面を踏みしめ、腰を浮かせる。
 女が自分で脚を開き、己の秘部を晒しているように、慎之介は見えた。
 ……目の前に転がる我が息子に、見せつけようとしているようにさえ。
 その後、ぐったりと弛緩(しかん)した女の身体を、百十郎は前に投げ出した。

「ほれ、這え。昔みてえに、犬の格好で這い蹲(つくば)れ」
 畜生(ちくしょう)の姿勢で這わされた女の白い背中が、夏の陽に焼かれていくのが目に見えるようだった。
 背後から、袴をおろし、褌(ふんどし)を解いた百十郎がぐい、と後ろからのしかかる。
「ううううっ!」
 女が唇を噛んで、顔を伏せた。
 百十郎の腰が揺き出す。
 その腰の動きは執拗で、激しく抽插(ちゅうそう)を繰り返したかと思うと、捩(ね)じり、ときに動きを止めて女の呼吸をどんどん乱していく。
 やがて女の腰が、妖(あや)しく蕩(うご)き始めた。
「ふうんっ……うふっ……あううっ……見るでない、見るでないっ……目を閉じておれっ」
 撓(たわ)わな尻を揉みしだかれ、乳房を掬(すく)い上げられ、捏ねられながら、なおも女は縛り上げられた息子を叱りつける。
 しかし、もう息子には目が合わせられない様子だ。
 息子は、蹂躙(じゅうりん)される母の姿を食い入るように見ている。
「よく見とけよ彦次郎、こうしておまえが出来たんだ……さて、こうするとどんな正体を見せるか……ほれ、こうか? これを思い出すか?」
 百十郎が女の尻の奥を探る。女の背中が、怒った猫のようにぴん、と丸くなる。
「そ、それだけは、それだけは堪忍(かんにん)して……
「何言ってんだあ……お前は獣(けだもの)つながりのまま菊座を指で責められるのが大好きだったろお?」
「あ、あああっ、い、いやっ……あああああああっ!」

(また菊座を……)
 慎之介は息を飲んだ。
 尼寺に行ってしまった自分の母も、八代松右衛門……姉の言う『手篭め侍』にあのように辱(はずかし)められたのだろうか?
 傍(かたわ)らで、頬を染めながらもその鬼畜の所業(しょぎょう)に魅入っている姉は、あんなおぞましい修羅場を七つの歳で目にしたというのか?

「それ、それ、きゅうきゅう締め付けてきやがる……相変わらずの巾着(きんちゃく)門戸、おれの魔羅(まら)を食いちぎろうってえ魂胆か? それがおめえの仇討ちか? 一五年前、散々俺に手懐(てなづ)けられたこの身体、懐かしさも相まって、たまんねえ味わいだ……」
「あああっ……ころ、殺して! ご、後生! 堪忍っ! このまま殺してえっ……!」
「恥ならもう十分かいてるだろうが、ほれ、ガキの顔を見なよ……淫らな母上の牝(めす)の顔に、見とれてやがるぞ……どうだ坊主。お前の袴の中の魔羅も、一人前におっ立ってやがるのかあ?」
「この外道! 人非人! 母上、母上っ……き、気、気を確かにっ!」
 少年は完全にべそをかいていた。
 しかし母はもう、堪(こら)えることをやめてしまった。
 ふっきれたように、女の身体ががっくりと弛緩する。
 そして……わざと揺(うご)きを止めて焦らしている様子の百十郎。
 やがて……女の腰が遠慮がちに、くねり、くねりと畝(う)ねりはじめる。
「ああああっ……そ、そこ、そこよ、そこよ百十郎どのっ……も、もっと」
「もっと、もっと……もっと何をどうしてほしいってんだあ?」
抉(えぐ)って……もっとそこを抉ってえっ!!」
 ついに女の理性を塞き止めていた堰堤(えんてい)が決壊する。
「こうかっ」
そうよっ!
「ここかっ」
そこよっ!
「いいかっ?」
いい、いい、すごいっ!
「すごいか、たまらんかっ?」
たまらぬ、たまりませぬっ!
 女が声を枯らし、照りつける夏空に顔を上げて叫ぶ。
 縛られた少年はどんな思いで母の嬌態(きょうたい)を眺めているのだろう……と、慎之介は思った。



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