手篭め侍



■第22話 ■ 冥府魔道

 ラブホテルに入ったことなんか、何年ぶりだろうか。

 今のラブホテルはどういう部屋が主流なのか知らないが、男は昔……結婚前に、妻とよくこういう部屋に入った。
 ファンシーな内装に、どこか湿った空気。冷房は効きすぎている。
 ところどころ、壁紙が湿気でたわんでいる。

 たいして昔と変わったことなどない。
 なにもかも、昔のままだ。

 しかし今は腹の上で、どう考えてもまだ未成年の少女が、激しく身体をくねらせている。
 男は自分の出っ張った腹をいつも気にしていたが、今日はそれを誇らしく思えた。

「ああっ……いいよっ! すごいっ! すごいよおじさんっ!

 自分の腹をまるでトランポリンのようにして跳ねながら、少女が喘ぐ。
 唇に小指を掛けて、ぐい、と仰け反る。
 まだ成熟しきっていない固そうな乳房が、部屋の天井に向けて突き出される。
 少女の縦型のへそが見えた。少し筋肉質な腹筋が、軋むのを感じた。
 肋の形が浮き上がり、その柔軟な身体はそのまま後ろへ倒れてしまいそうだ。

「おおっ……す、すげえ、すげえよっ……やばいっ……お、折れそうだ……」

 男は正直に感想を述べながら、もっと少女が乱れるところを見たくて、自分の腰を突き上げる。
 跨っている少女の身体は、まるで羽毛枕のように軽い。
 ぐい、ぐい、と突き上げると、腰までの長い黒髪を振り乱して頭を振った。

「お、おかしくなっちゃう……すごい……こんなのはじめて……う、あああっ」
 
 少女の尻を鷲掴みにした。まだ、その感触は少し固く、芯が遺っている。
 というか、少女はとても華奢な身体つきをしていたが、その身体は筋肉質だった。
 陸上か、バレーか、バスケットか、あるいは剣道か……男は少女のいろんなスポーツのユニフォーム姿を想像した。
 男はもう今年で四三歳。
 まさか生きているうちに、十代の少女とセックスする好機に恵まれるなんて、夢にも思っていなかった。
 しかもこの少女は男の勤め先の近くのコンビニの前で、自分から声を掛けてきたのだ。

「ほら、ほら……ほら、こうしてごらん」
 男は少女を腹の上に載せたまま、少女の右手を取った。
「えっ……な、なに? どうすんの?」
「こっちで、自分のおっぱいを揉むんだ」
「え……そんな、恥ずかしいよ」

 少女の黒髪が汗で頬に張り付いている。丹精な顔をした少女だった。
 とても、コンビニの前でこんな中年男に声を掛けてくるような子には見えない。
 最初にコンビニの店内から漏れる光に照らされた彼女の横顔を目にしたとき、男は思わずその場に立ち尽くしてしまった。
 あまりにその横顔が、美しかったからだ。
 通った鼻筋と、きつく結んだような唇。
 そして太い眉毛はどこか意志が強そうで……男のほうを向いたとき、その視線は氷のように冷たかったが、口には笑みを浮かべていた。

 少女はブルーのTシャツを着て、カットオフのショートパンツから、その長くてしなやかな脚を晒していた。
 そしてその時には、長い髪を高い位置でポニーテイルにしていた。

 少女が自分に近づいてきたのだ……男は、夢ではないかと思った。
 今の自分には、妻も子供もない。妻子とは、離れて暮らしている。
 見てくれのよくない、四十男。腹は出て、頬はたるんでいる。無精ひげを剃る気力も無くしていた。

「ほら、自分で揉んでごらん……乳首とか、指できゅっ、とつねってみたりして」
「こ、こう? ……んっ……」
 おずおずと自らの乳房を揉みしだきはじめた少女の腰を、ぐいっ、と突き上げる。
 そして尻を掴んだまま、ゆっくりと揺さぶっていく。
「ほら、もっといやらしい感じで、気分を出して揉んでごらん……いつも、ひとりでやるときは、そうしてるんだろ?」
「……んっ……し、してないよ、そんなこと……うっ」

 少女が太い眉を歪めて、恨めしそうに男を見下ろす。
 次に男は少女の左手を取った。

「え、こ、今度はなに?」
「こっちで……こうするんだ」
 そして少女のか細い手首を後ろに引っ張り、自分の睾丸に触れさせた。
「えっ……な、なに? ……どうすればいいの?」
「こっちも揉んでくれよ……ほら、こうやって」

 男は少女の小さな手に自分の手をかぶせて、ゆっくりと揉み方を教える。

「……へ、へんたい、っぽいね……おじさんって」
「そうかな……そういう君も、こんなキモ親父に恥ずかしいことされて、こんなに感じてるじゃないか……スケベな子だなあ」

 男と少女が繋がっている部分は、もうぐっしょりと濡れている。
 シーツを汚してしまいそうな勢いだ。

「へへ……」少女が悪戯っぽく笑う。自分の右乳房と、男の睾丸を捏ねながら。「あたし、相手がキモいければキモいほど、感じちゃうんだよね……なんか、“汚されてくー!”みたいなかんじが……いいの」
「キモいって言ったな……いいよ、もっとキモい、って言ってくれ」

 男は少女の腰をぐいぐいと突き上げ、尻をほぐすように揉み上げながら揺らした。

「あんっ……キモっ! まじキモっ! 変態っ! ん、あ、ううっ……」
「いいぞ、もっと、もっと言うんだ……もっと」

 しかし、そんな自分が、今はこの美しい少女を自由にできるのだ。
 美人局(つつもたせ)ではなかとも思ったが、どうせ怖いお兄さんが踏み込んでくるなら、全てが終わってからにしてほしかった。
 殴られようと、搾り取られるような金もないし、まさか殺されはしないだろう。

 それに……男には多少の心得があった。いつも、肌身離さず持ち歩いているものがある。

 相手が殺す気がなく、ただ自分を殴りたいだけなら、甘んじてそれを受け入れるだろう。
 しかし、相手が自分を殺す気なら、てそれを受け入れるつもりはない。

「あうっ……ああっ……や、やばい、やばい……おじさん、あたし……」
「どうした? ん? 何がやばいんだ?」

 少女が天井を見上げて喉を見せている。美しい首筋が、震えていた。
 そして、自分の胸に爪を立てている。男の睾丸にも。

「……い、いっちゃいそう……い、いっちゃっても……いい?」
「まだだよ……まだだ」
 
 そう言うと、男は半身を起こして、少女のしなやかな身体を抱きしめた。
 首筋に、尖りきった乳房に、噛み付くようにキスの雨を降らせる。
 そのたびに少女の全身の筋肉がびくっ、びくっ、と緊張する。
 彼の一部分を締め付けている、熱くて狭い肉も。

 男は少女の顎を掴むと、その唇にむしゃぶりついた。そして強引に舌を絡ませる。
 少女も舌を絡め返してきた。薄目を開けてその表情を見る。
 うっとりと上気した少女の美しい顔立ち。それが目を閉じ、自分を貪っている。
 唇を離した……二人の唇の間に、互の唾液のカクテルが糸を引く。

「……もっと……もうちょっとなんだからさ……いかせてよ」
 少女が少し、拗ねたように唇を突きだして言う。
「キモいおっさんとチューして、どんな気分だった? 汚されてる感じがした」
「うん、マジで最悪だった……でも、もっとサイアクな気分にしてよ」

 男は少女の腰を持つと、ひょい、と持ち上げた。

「あんっ!」
 ぬるり、まとわりつく少女の肉から、自分のペニスが離れる。
「……這えよ……ほら、四つん這いになって……」
「やだ」
 少女が垂れた長い前髪の向こうで笑っている。
 男は少女のグラスファイバーで作られたような軽い身体を腹這いに裏返し、尻を持ち上げさせた。
「……ふうん……可愛いおしりじゃないか……引き締まってて、つん、と上がってて……何かスポーツやってるだろ?」
「変態……ヘンタイ」
 肩ごしに少女が男を睨む。しかし口は笑っていた。
「恥ずかしいだろう? ……キモいおっさんにお尻の穴まで見られて」
「べつに……えっ……やっ!」

 男は少女の窄まった第三の入口に唇をつけ、チュウチュウ音をさせて吸い始める。
 そして逃げようとする少女の尻を捕まえると、舌先を孔内にねじ込んでいった。
 びくん、びくん、と少女の尻が跳ねる。

「マジへんたい……んっ……や、やだあ……あたし、変態のキモいおっさんに手篭めに……されちゃってる」
「手篭め?」男は唇を離して首をかしげた。「えらく古臭い言い回しを知ってんだな?」
「あたし、いろんなこと知ってるんだ……物知りなんだよ。子供だと思ってバカにしてるでしょ?」
 尻を差し出しながら、肩ごしに省みる少女の目線は、ぞっとするほど艶かしかった。
「へえ……ほかにどんなことを知ってんだい?」
「これとか」

 と、少女が枕元で何かを弄っている。
 男は一瞬、それが何かわからなかった。ここ何年も、肌身離さず身につけていたものだというのに。
 それは、男の所有物で、折りたたみナイフの一種だった。

「……“スパイダルコ”の“ハーピー”だよね、これ……おじさんが枕元に隠してたの」
「誰だ……」男が、さっと身を引いた。「ちょっと……待て、お前は、誰だ」
「あんたは、誰よ」
 ベッドに這ったまま、そのクリップがついたステンレス楕円形の本体から、少女が片手で刃を出した。
 鷹の爪か、もしくは悪魔が持つ大鎌の刃に似た銀色の刃が、天井からの照明を受けて鈍く輝く。
「よせよ……何かの冗談だろ……」
「どっちが冗談? 女の子とヤるのに、枕の下にナイフ?」

 男は全裸のままでベッドから降り、後ずさった。
 そのたびに、弛んだ腹がぶよん、ぶよんと揺れる。
 自分のナイフを取り上げた少女よりも、自分の腹のほうが忌まわしかった。

「お前は……おまえはまさか……」
「先に、あんたの名前……自分で言ってみなよ
 男は周りを見回した……何か反撃できるものはないか。
 しかし電気スタンドはあまりにも遠すぎて、テーブルの灰皿は余りにも軽そうだった。
「そ、それとお前と、どんな関係がある?」
「関係? カンケイ? ……大アリだよ……わかってんでしょ? お互い長い付き合いじゃん」
「し、知らん……お前なんか、俺は知らん……」
「あんたの名前は、蜂屋百十郎……そうでしょ? そしてあたしの名前は……」
「わああっ!」
 
 男は部屋から飛び出そうとした……全裸のまま、太鼓腹を揺らせて。
 とん、と背中を叩かれたような感覚を覚えて慌てて振り返ると、ベッドの上で膝立ちの少女が、陰毛も顕にナイフを振り下ろしていた。
 ……が、よく見ると少女の手にはナイフはない。
 次に、激痛が襲ってきた。

 なんてことだ! ……ナイフが、俺の背中に刺さってるじゃないか!
 いや、背中じゃなくて……じ、腎臓に……。

 途端に力を無くした男が、そのままドアの前で崩れ落ちる。
 やがて少女がひたひたと素足で近づいてくる音がした。
 今度は、男が少女を肩ごしに見上げる番だった。

「……長かったね……あたしの名前、忘れた?」

 少女が手にしていたもの……それは、日本刀だった。
 全裸の少女が、刀を右手に持ち、男を見下ろしている。

「赦してくれ……もう、許してくれ。頼むから……」
「覚えておいてね。あんたを殺した子の名前は……春日紫乃……か・す・が・し・の」

 少女が刀を上段に振り上げる。
 それはゆっくりと……男の目にはそう見えた……自分の領(うなじ)に向かって、撓(しな)りながら近づいてきた。


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