手篭め侍



■第16話 ■ 血塗(まみ)れ夜鷹

 鬼百合(おにゆり)峠から三里ばかり西。
 小さな城下町の河原を包む闇に、焚き火の光があった。
 湿った生暖かい空気が河原を満たすなか、ただほんの少しの空間の闇を溶かすために、炎が灯されている。
 三人の夜鷹が、火に当たりながら話し込んでいた。
 焚き火の光が、その三本の白首を闇に浮かび上がらせている。

「まったく、蒸すねえ……そろそろ梅雨入り、あたしらにしてみりゃ毎年災難の季節だよ」
 年嵩(としかさ)の、骸骨のように痩せた夜鷹が言った。
 手ぬぐいをかぶるより、経帷子(きょうかたびら)を着て顔に打覆(うちおお)いを掛けらて横になっていても不思議ではない歳だ。
「雨が降り出す前が稼ぎどき……蒸すと男は、夜、出歩きたくなるもんさね」
 太った陽気そうな夜鷹が言い、乾いた声で笑った。
 こちらが被っている手ぬぐいは、その大きく丸い顔を隠すには些(いささ)か小さすぎる。
「……そりゃそうさ、でも命が惜しいとなると、さすがの助平男どもも、形無しさね」

 三人の中でもひときわ凄みのある、瓜核顔に涼しい目つき、白首の映える脂(あぶら)の乗った四十路の夜鷹が嘆息混じりに言う。
 安物の縦縞を着て、襟を抜いて河原に身をやつしても、妖気のような色気が咽(むせ)びたっている。

「役人どもも何をやってんだい。この五日で、七人も殺られちまったんだろ? あたいらにしてみりゃ、いい迸(とばっち)りさ……誰が言い出したんだい? 下手人がご同業だなんてさ」 
 太った女は、三人の中でも一番若いようだ。
 迷惑そうな顔を作ってはいるが、この手の血腥(ちなまぐさ)い噂話には目がない、といった娘らしさが、まだその表情に遺っている。
「呑気に燥(はしゃ)いでんじゃないよ……『人斬り夜鷹』の噂のせいで、あたいらが声かけりゃあ男どもが金玉縮み上がらせて逃げ出しちまう始末じゃないの さ。まったく男どもときたら、堕落(だら)しがねえったらありゃしない。妙な噂が怖けりゃ、物欲しそうな顔で闇夜を彷徨(うろつ)くな、ってんだい」

 吐き捨てるように年嵩の夜鷹がいい、焚き火に小枝を投げつけるようにくべた。

「……でも、五日で七人も殺られちまった、ってのは本当だからねえ……大事なところをおっぽりだして、若気(にや)けた助平面のまま、一太刀で喉を掻っ切られた仏さんが七人……まあ、あたいらの同業かどうかはわかんないけど、下手人はどう考えても女だよねえ……」
 炎を見つめる四十路の夜鷹。その目はどこか、うっとりとしていた。

「お上も微微(びび)っちまったのか、最近は夜回りの役人さえこのへんに顔を出さないね……」
 太った女が、いかにも面白くない、という調子で言った。
「……このへんのお役人は胆が座ってないのさ。何のための腰の二本差しか、ってんだよ」
 年嵩の夜鷹が、そう言って炎の中に唾を吐いた。

「あたい、噂じゃない気がするんだよ、なぜか」
 瓜核顔の夜鷹が、ぺろりと厚めの唇を舐める。
 炎の光を帯び、濡れた唇はぞっとするほど艶(なまめ)かしかった。

「そりゃ、どういう意味だい?」
「噂じゃない、ってなにかい? あたいらの同業が、下手人ってことかい?」

 年嵩と太った夜鷹は、ぞっとした表情でその心の見えぬ四十路女の横顔を凝視する。

「金貰ってなきゃ死んでも相手したくないような男どもををさんざん相手にしてるとね……あんたたちにはわかんないかい、そんな気持ち」
「へっ」年嵩が皮肉に笑う。「初心(うぶ)な駆け出しじゃあるめえし、おまえさん、今日はちょっとへんだよ」
「でも、あたいはなんだかわかるような気がするな……金さえ貰わなきゃ……」
 太った夜鷹がこくりと頷いた。
「金さえ貰わなきゃ……? どうだってんだい?」

 年嵩がほぼ喧嘩腰で突っ込む。

「姦(や)られてるときは、金さえ貰わなきゃ、金さえ貰わなきゃ、っていっつも考えてるもん。金さえ貰わなきゃ、あたしの上に跨ってくる男どもなんて、溝鼠(どぶねずみ)みたいなもんじゃないか……あたいらは、金を貰って溝鼠どもに姦(や)られてんだ、って思うとさ……なんかね」
 年嵩の声色がますます渋くなる。
「はっ、聞いて呆れるよ……男好きが高じて、ここまで流れ着いてきたのさ、あたいらは……相手が溝鼠だろうと、大百足(むかで)だろうと、知ったことかい……金さえ貰えりゃ、それでいいんだよ」
「そりゃそうだけどさ……でも」

 太った夜鷹は口をつぐんだ。何かもやもやとしたものを抱えた様子で。
 言いたいことはあるのだが、それが言葉として口から出てこないのだろう。
 その言葉を継ぐように、四十路の夜鷹が炎を見つめながら言う。

「あたしは、いつも金を貰うとき、いつも相手の男の喉を掻っ切ってやるの さ……頭のなかでね。優しい奴だったとか、乱暴な奴だったとか、気前がいい奴だったとか、鶏知(けち)な野郎だったとか、いい男だったとか、醜男だったと か、そんなのは関係ない。大した違いなんかありゃしないよ……男どもがあたしから離れて、逸物を仕舞うとき、どいつもこいつも同じ顔で笑いやがる……職人 だろうと商人だろうと遊人(あそびにん)だろうと博徒だろうと……どいつもこいつも同じ、若気(にや)け面。いくら金を貰ってても、あの、若気(にや)け 面だけにはいつまで経っても慣れられやしない……だからあたしは、いつもそんな面を見るたびに、頭の中で男を殺(や)っちまうのさ……盛大に返り血を浴び て、大笑いしてやりゃあどんなにいい気分だろう、って思ってね」

 太った夜鷹も、年嵩の夜鷹も、ぞっとした顔でその四十路女の顔を見つめた。
 女は焚き火を眺めながら手ぬぐいの端をそっと朱い唇で噛むと、丸めた筵(むしろ)を抱え、何も言わず焚き火の輪から離れる。
 やがて女の後ろ姿は、焚き火が照らす辺りから離れ、闇に呑み込まれて見えなくなった。



 五日前のことだ。
 その日の夜空は晴れ渡り、月が大きく明るかった。
 薄気味悪いくらい明るい夜だ。
 五日後、三人の夜鷹たちが焚き火を囲んでいた場所から、すこし西にある渡し小屋の影で、筵(むしろ)を用意するひとりの夜鷹の姿があった

「……お、おめえ、歳はいくつだ? いってえ、どういうわけでおめえさんみてえな若い娘が……」

 大工の四郎は三十を半ば越えた働き盛りだったが、まだ嫁はなく、それまで女を買ったことはなかった。
 夜鷹の世話になんなきゃならねえほど女には不自由してねえよ、と豪語してはいたが、実は口達者だけが頼りの生真面目な小心者。
 女郎屋や色町に足を向けることはなく、その日まではまともに女に触れたことすらない。

「おまえさん、話相手が欲しくて二十四文、あたしに払ったのかい? とっとと済ませなよ」
 そっけない、というか、どこか冷たい口調でその夜鷹は言った。

 四郎は信じられなかった。いくら生まれて初めて買う夜鷹とはいえ、その女は美しすぎて、若すぎた。
 夜鷹といえば草臥(くたび)れた年増か、酷い時には鼻が欠けてる女もいるというではないか。
 目の前にいるのは、ほっそりとした体つきの、まるで茶屋で働いていそうな小娘で……見たところ、二十にもなっていない。
 なかなか顔を見せてくれないのが、四郎はもどかしくてならなかった。

(……いっちょまえに手ぬぐいの端を噛んで、仕草はいかにも、って感じなんだが……)

 ぺたり、とその若い夜鷹が四郎に背を向けて筵(むしろ)の上に座り、手ぬぐいを取り去る。
 豊かな黒髪が無造作に結い上げられており、二束三文の簪(かんざし)が、ぶっきらぼうに刺さっていた。
 古着と見られる安物の小紋の小袖を、一人前に襟を抜いて着崩しているが……暗い中でもその白く塗られた領(うなじ)は細く、ふわふわと柔らかそうな後(おく)れ毛が四郎の情欲をそそる。

「ほんとに、二四文でいいんだな? ……おっかねえ話はご勘弁だぜ」
「ふん、そんな調子でちゃんとおっ勃つのかい? ……えらく用心深いようだけど、あたしはいいんだよ? あんたが厭なら……ほかの客を探すまでさ」

 どこか……蓮っ葉な口調が板についていない印象を四郎は受けた。
(……子供が、芝居の猿真似してるみてえだな……いや、ひょっとして頭のいかれた良家のお嬢さんが屋敷を夜な夜な抜け出して、夜鷹の真似事してやがるとか……いや、いけねえいけねえ、そんなこと考えたら、ますます調子が出ちまうじゃねえか……)

「へ、へっ……利いた口叩くじゃねえか……おめえ、このへんじゃ新顔だろ?」
「だったら、何だってんだい? あんたの好みは萎(しお)れた婆あかい?」
「おめえ、ここで客を取り始めて何人目だ?」

 細長い白首がぴくり、と動いて、肩ごしに夜鷹がちらりと四郎を見る。
(……こ、こりゃたまんねえ……)
 白首の上に載っていたのは、想像どおり……いや、想像以上にあどけない娘の顔だった。
 きっと両端を引き絞ったつややかな薄い唇、通った鼻筋、一重瞼で切れ長の涼しげな眼(まなこ)、そしてその上で跳ね上がるように伸びた濃い目の眉。

「……あんたがはじめての客だ、って言えば、嘘八百でもあんたは喜ぶかい?」

 自分を焦らすのも、四郎にとってはそれが限界だった。
 夜鷹の細い肩に手を置き、襟元をぐい、と襦袢ごと開く。
 たよりないくらい細い肩と、白く塗りこまれた首筋、そして横一文字に伸びる真直ぐな鎖骨が顕(あらわ)になる。
 胸はまだそれほどの膨らみを見せていない。

「おめえ、白粉(おしろい)いらずの色白だな、それにどうだいこの張り……」
「気に入ってもらえてうれしいよ……しかしあんたはよく喋るね」
「こっちのほうはどうなってやがんだ?」
「……あっ」

 四郎はその長い首筋に吸い付き、襟元に手を突っ込むとまだ芯のある固い乳房を弄んだ。
 まるで抓られたように、その若い夜鷹のふとぶとしい眉根が歪んだ。
 そして四郎から、ふん、とばかりに顔をそむける。

(間違いねえ。こりゃ小娘だ……なんてこった、月のあかるい火にこんなつきに恵まれるたあ、案外、賭場にでも行った方がよかったかもしれねえな)

 とは言うものの、四郎は賭場に足を運んだことはなかった。ようするに真面目な男だったのである。
 強引に股座に手を突っ込む。

(うそだろ? ……こんなにぴちぴちの太腿……やべえなあ、馬鹿づき続きで、バチが当たりそうだぜ)
 不器用な手で下腹を撫で回し、どんどん袂を開いて、手を奥に進めていった。
 と、指先がぴちゃり、と濡れた縦の入口に触れる。

「なんだよ、えらく濡らしてやがるじゃねえか……餓鬼のくせして、男好きは生まれつきってやつかい?」
「あ……遊び人っ、気取りのお芝居はそ、それくらいにして、とっとと済ませて……おくれよっ」

 服を乱され、首筋を吸われ、下半身を弄(いじく)られ、夜鷹の蓮っ葉な口調が途切れとぎれになる。
 (やっぱり見込んだとおりだ……こいつぁ、まだ……あんまり男に慣れてねえな)
 同じく女に慣れていないはずの四郎は思った。
 しかしその小娘のような夜鷹のその部分が、異常なほど温(ぬる)く湿っていたのは事実である。
 そして、まだまだ瑞々しい頬も、突っけんどんな態度に反して、朱く色づいている。
(こりゃあ間違いねえ……この小娘は生まれついての色好みってやつに違えねぇ……)
 褌をの脇から引っ張り出した逸物は、痛いくらいに鬱血していた。

「たまんねえぜ……ほら、後ろを向いてけつを突き出しな……ほら、四つん這いになんだよ!」
「……へえ、けっこう見かけばかしはりっぱな得物をお持ちじゃないかさ……」

 やはりこの辺りの口上が板についていないように感じられ、それは四郎を酷く昂ぶらせた。
 筵(むしろ)のうえでくるりと猫のように細い躯が裏返る。
 そして、小さく引き締まった活きのいい丸い尻が、月明かりに照らされた。

「い、いくぜ……」
「きて……はやくおしよ」

 ずん、と一気に奥まで押し入ろうと思ったが……そうはいかなかった。
 夜鷹の口は想像異常に固く、何度も四郎の逸物の先端が、濡れたなかで滑る。

「おっ……」
「んんっ……」
 ようやく入口が引っかかる……そこで四郎は夜鷹の小さな尻を鷲掴みにすると、一気に貫いた。

(や、やべえ……なんだこりゃ……)

 四郎の逸物は食いちぎらんばかりに締めつけられる。
 まるで魔羅の表面の皮を雑巾のように絞られているようだ。

「す、すげえ……おめえ、ま、まるで、……き、生娘みてえじゃねえっ……かっ!」

 頭の中でいろいろな情景を思い浮かべる。

 茶屋の娘を店の裏に連れ込んで犯す……
  良家の飯炊きの奉公娘をたぶらかして犯す……
  あるいは、豪商の頭のいかれた箱入り娘が、毎晩夜鷹の真似事をしているのを懲らしめるために犯す……

 あらゆる状況を頭に思い浮かべながら、なんとか四郎はその時間を楽しもうとする。
 しかし五、六度、腰を振っただけで、四郎は狭い穴の中に埓(らち)を開けてしまった。
 その間、夜鷹は一度も声を上げなかった。
 そして、今は筵の上に伏している夜鷹と繋がったままで、腰にぬるぬるとしたものがこびり付いていることに気づいた。

(こいつが、噂に聞く潮吹きってやつかい? ……まったく今夜はどれだけついてんだか……)

 太腿にこびりついたものを指で、それがどんなものなのか確かめようと鼻先に近づけてみた。
 指が真っ黒だった。
 月明かりの下、鮮血は真っ黒に見える。

「お、おめえ……まさか……」

 それが四郎が発した最後の言葉になった。
 若い夜鷹が素早く振り向く。ひゅん、と風を斬る音。

 これが最後に聞いた音。
 
 鋼に照り返された月の光がきらり、と光る。
 小娘のような夜鷹の顔が、真っ黒な血で汚される。
 
 それらが、四郎がこの世で最後に見たものだった。

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