手篭め侍
■第15話 ■ 赦さねばならぬ
鍼はすべて抜かれた。
多少の痺れは残っていたが、おそらく躯(からだ)は思うように動くようになっただろう。
然(しか)し、慎之介は油と、自らが放った精に塗(まみ)れたまま、ぐったりと布団に身を横たえたままだった。
精とともに、命まで全てが尽き果ててしまったようだ。
「さて、慎之介どの……参るぞ。香蓮」
「はい……」
香蓮が手を貸し、息づく慎之介の躯を裏返しにする。
念甲がぐっ、と腰を掴み、尻を高く持ち上げた。
「……お、お許しを……どうか、どうか其(そ)れだけは……」
「未(ま)だじゃ。そなたはまだ、赦すということを悟っておらぬ……その香蓮のようにな」
見上げれば、香の紫の煙が漂(ただよ)う中、半眼で慎之介を見下ろす香蓮の顔が見える。
(何故に……何故にこんなことを……香蓮どの)
「あっ………うっ!」
尻の割れ目を這い降りてきた念甲の指が、菊座を捉える。
「仇討ちなど、お忘れになることじゃ……儂(わし)の姿を見るがよい。これがその末路よ」
ぴたり、と太いものが慎之介の菊座に押し当てられた。
「ご、後生……堪忍です……どうか、それだけは……」
いつしか、屋根裏で覗いていた百十郎に嬲(なぶ)られる姉の口調になっている。
しかし、念甲の指によって丹念に解(ほぐ)された菊座は、慎之介の意に反してやわらかくその先端に口づけする。
あと少し力を入れられれば……たやすく忌まわしい鋒(きっさき)を飲み込んでしまうだろう。
「もう何十年も前になる……返り討ちに遭っても敵(かたき)に向かえば本懐、若い頃、儂(わし)もそのように考えていた・。仇に向かうまで、たくさんの人間を殺した。非道なことにも数え切れないくらい手を染めた……しかし、敵は儂の予想以上に酷(むご)かった……」
「……お、お許しを……ああっ、は、母上っ……姉上っ! ……んんんんっ!」
ぬるり、と鋒(きっさき)が押し入ってきた。
「おお、いい具合じゃ……さらに奥まで参るぞ」
「ひっ…………あ、ね、うっ……えっ……!」
そっ、と慎之介の手を取る、やら若い掌(てのひら)があった。
見上げれば……そこにあったのは、香蓮の儚げな眼差しだった。
「敵(かたき)はわしの両の眼(まなこ)を抉り、盲(めくら)にした……そなたも、そうなりたいか?」
「……ああっ……そ、そんな、そんな奥まで……か、堪忍……ど、どうかお慈悲を!」
ゆっさ、ゆっさと念甲が動き出す。
「……仇討ちといえど、ただの人殺しよ。ひとごろしのひとでなしは、どんな酷(むご)いこともする……然(しか)し、儂(わし)は赦(ゆる)せたぞ……殺し、殺され、また恨みが引き継がれ、血が流れ、人が死に、片端(かたわ)ものが一生を悔いて生きる……それに何の悦びがあろうか」
念校が、慎之介の腰を撫で回し……内腿に手を進めて、逸物を再びぎゅっ、と握り締めた。
「ほう、また固く、熱くなっておるではないか……なかなか筋がいいわい……ほれ、ほれ」
菊座の入口は裂けそうなほど傷んだ。
が、呑めり込んだ鋒が、先程指で弄(いじく)られた玉袋の裏あたりを穿(ほじ)る。
摂理として、慎之介の意とは関係なく、逸物が固くなるのは仕様のないことであった。
「もう、もう無理ですっ……ど、どうか和尚、こ、これ以上はお許しをっ……!」
「おお、たまらぬ。容赦を乞いたいのはこっちのほうじゃ……いやはや、そなたの尻は、その香蓮に引けを取らぬ。香連には穴が三つ、そなたは二つ。これから追々、すべて穴の愉しみを仕込んでやるわ……」
(げ、外道、この外道坊主……し、しかし……わたしは……わたしはもう……姉上)
もう二度と、紫乃には顔向けできぬ、と慎之介は思った。
いや……それにしても。
自分はほんとうに……復讐に心を狂わせているあの姉に、もう一度会いたいと思っているのか?
ほんとうに、仇討ちなどに一生を掛ける覚悟があるのか?
出来ることなら、仇討ちからも……紫乃からも、逃れて生きていきたい……それが本心ではないのか?
心の奥底ではずっとそう願い続けてきたのではないのか?
激しく尻を抉られながら、慎之介の心は頼りない灯火(ともしび)のように揺れつづけた。
自分は何者なのか? いったい、何がしたいのか?
気づけば、慎之介は女のような声で喘ぎ、泣いていた。
「これからは、仇討ちなど諦め、儂(わし)と、この香連と、そなたでこの寺で暮らそう。儂(わし)の業は手厳しくはない……そなたはただ、わしに身を任せておればよい……ほれ、ほれ、だんだん好くなってきたのではないか? ……そなたの茎が、儂(わし)の手の中で魚(うお)のように踊っておるぞ……」
「……ああっ……和尚さまっ……和尚さま、も、もっと突いてくだされっ!」
自棄(やけ)になった心が、そんな言葉にて口から溢れ出た。
慎之介の心を繋いでいた糸が、ぷつりと切れたのだ。
眼の奥では線香花火のように、眩しい光が舞っている。
香蓮の手を握り締めようとしたが、いつの間にか香蓮の姿は消えていた。
「ほほ、もっととな、もっと欲しいか……そうじゃ、そうじゃ……敵(かたき)なんぞ忘れてしまえ……蜂屋百十郎も、そう申しておっただろう……儂(わし)も彼奴(きゃつ)には同感じゃ……」
尻を抉られ抜いて、念甲の手の中でまた慎之介の竿が爆ぜた。
内腿に飛び散る、大量の熱い精。
しかし、溢れる精をさらに塗りたくるようにして、念甲がしごきあげてくる。
もう、なにもかもどうでもよくなった……たとえ、念甲が蜂屋百十郎のことを知っていたとしても……。
否。
それはない。それは聞き過ごしてはならぬ。
一気に慎之介の目が覚めた。心も覚めた。躯(からだ)も。
ぐい、と腰を引いて飲み込んでいた念甲の魔羅から躯(からだ)を逃がす。
竿にまとわりついてくる腥(なまぐさ)の手も振り払う。
そして、全裸のまま……枕元の脇差をしっかと握り、抜いた。
「和尚……今、誰の名を口にした……」
不逞(ふて)ぶてしく、且つ堕落(だら)しなく布団の上に胡座(あぐら)を掻いたままの念甲の首筋に、その刃をぴたりと当てる。
念甲は、微動だにしない。不敵な笑みを浮かべたままだ。
「……ああ、蜂屋百十郎と申した。その名を口にしたまでよ」
「坊主、なぜその名を口にした……言え、お主と百十郎との関わりを……」
ふああ、と念甲が大欠伸(あくび)をし、耳の穴を穿る。
「ただの名前よ。お主が追うてきた、八代松右衛門、それと変わらぬ、ただの名前よ」
慎之介は刃の位置を念甲の頬に添えると、す、と柄を引いた。
しゃあ、と音を立てて鮮血が飛び散る。
念甲は不敵な笑みを崩さない。そして自らの頬に手を沿え、傷から血が流れているのを確かめた。
「おお……また、余計な血が流れたの」
「言え! お主と百十郎の関わりを! 言わねば斬る!」
素裸で、掘り尽くされた尻の穴がじんじんと傷んだ。
全身は油に塗れ、まだ収まらぬ肉竿(にくざお)の先端からは、精の雫が垂れている。
どうにも絵にならぬことはわかっていたが、慎之介は再び脇差を構え直し、念校の首筋に添えた。
「……彼奴(きゃつ)と儂(わし)は、銅貨の裏表よ……百十郎は追われ続けることを望み、儂(わし)はこの寺で愉しみに耽(ふけ)って生を愉(たのし)むことを選んだ……所詮は同じ外道同士」
「……何度も聞かせるな! お主と百十郎の関わりを言え!」
念甲は瘡蓋(かさぶた)で覆われた眼(まなこ)で……はっきりと見えているかのように、慎之介の顔を見据えた。
「いらぬようになった名前を、儂は彼奴(きゃつ)にくれてやったまでのこと……彼奴(きゃつ)は、古い名前で追われるのがもう厭になったのであろう……つまりは、飽きたのだな。新しい名前で、新たに敵を作り、新たな敵に追われ続ける……たぶん彼奴は、何度もそれを繰り返してきたのであろう。そして、これからも……またいずれ名前を変え、新たな敵を作り……」
「……それは、つまり……まさか……」
瘡蓋(かさぶた)の眼(まなこ)が笑う。
「そう、仏門に入る前の儂(わし)の名前は、蜂屋百十郎……そして奴が捨てた名前は八代……」
ざん、という音がした。
は、と見れば、念甲の胸に、刃(やいば)が突き立っている。
一瞬にして事切れたのか、念甲はそのままばったと音を立てて手折れた。
刃が突きたったままなので、血飛沫(しぶき)はない。
畳に広がる血溜まりもゆっくりと広がった。
慎之介が恐る恐る振り返ると……廊下に続く障子の隙間に、香蓮が立っていた。
やたら長い刀の柄を、その手に握りしめている。
「香蓮どの……」
鐔(つば)が慎之介に向けられていたが、柄の中身は空洞で、刃は無い。
代わりに、長い撥条(ばね)が飛び出し、揺れていた。