先生、この冷たいのなんですか
作:西田三郎
「第5話」■ヌル、ヌル
“こ、これ何?……ねえ、この冷たいの何?”
目隠しをされている女が言った。かなりの狼狽ぶりだったことははっきり覚えている。 それも仕方ない。おれはそのときかなり調子に乗っていた。女の胸元に垂らしたその粘性のある透明な液体を、ゆっくりと両の手のひらを使って上半身全体に塗り広げる。
“や……やだ、冷たい……”
手のひらと女の肌の間ですべるその粘液のぬめりは、皮膚感覚からさらにおれの劣情を加速させる。視覚的な効果も素晴らしかった。女の乳房はてらてらと濡れ光り、特に乳頭あたりにそれを刷り込んでやると、その部分はさらに硬く、発射寸前のミサイルのように浮き上がった。
“……や……やだってば、変態……”
おれはさらにこってりとその液を手ですくうと、女の下半身……内腿や脚の付け根、抱え上げた尻にも塗りたくった。
“気持ちいいでしょ……?”おれは女の耳元で囁く。
目隠しをされた女の口はぽかんと開き、その顎がかすかに震えていた。
“ねえ、気持ちいいでしょ?”しつこくおれが聞く。
“こ……こんなのヘンです。……気持ち悪いです”
“ウソついちゃいけないなあ……こんなになってるのに”
そう言っておれはさらに手のひらにその液体をたっぷり垂らすと、女を四つんばいにしてその脚の付け根に手を差し入れる。
“うんっ……”女の尻が、びくん、と跳ねる。
“ほら、全身べちょべちょになってると……ここだけこーんなにぐちょぐちょでも恥ずかしくないでしょ”
そういっておれはわざと水音を立てて彼女のその部分を攻め立てた。
“……んあっ……ちょっと……それ、だめ…………あっ、あ、あ、あ………”「で、先生、あの冷たいの、一体何なんですか」
「へええ??」
悠にはやはりおれの心が読めるらしい。
まさか思考をそんな過去に飛ばしているときにこんな質問が飛び出してくるなんて様相もつかない。
いや、ちょっと待てよ……後半考えていたのは昔の女だっけ?……それとも悠だっけ?「先生、あれ大好きですよね。今日もつかいましたよね、あたしに」
「……そう……だっけ………いや、そうだよな」
確かに使った。
おれは自分の教え子である10代の少女の手首を縛り、ストッキングを剥ぎ取り、全裸に剥いた後、目隠しをした。そしての体にローションを塗りたくった。
濡れ光り、ぬめる十代の裸身はこの世のものとは思えぬいかがわしかった。
全身にローションを塗りたくられながら、悠はベッドの上でいつもどおり太股をすり合わせた。すりあわせた太股からもまた、ぬめった音がする。
悠は10代の教え子である。その少女が、おれの目の前で全裸に向かれ、手首を万歳の形で縛られ、目隠しをされ、しかも全身にローションを塗りたくられている。
どんな気がする?
どんな気がする?
いや、言わなくてもわかるだろう。多分、テロリストも強行に及ぶ際、こんな気分になるのかも知れない。あるいは、これからステージに立つロックバンドのミュージシャン。さらに言うのであれば、茹で蟹の山盛りを目前にした3日間絶食した男。……どうでもいい。おれはとにかくそんな気分だった。「ああいう事をすることによって、先生はあたしに対してますます征服欲を掻き立てられるわけですか」と悠。
「……っていうわけでもないんだが……」とにかくおれは答えに窮した。頭の中ではいくらでも不遜で下賎な言葉が渦巻いているが、それはどれも今、この状況で口にすべきことではない。
「あれって……先生の私物なんですか。あのヌルヌルしたやつ」と悠。
「ええ……あ……ああ、まあ、その……そうかな」そうだった。
「ああいうのって、やっぱりその……そういうの専門のお店とかで買うんですか?」
「……う、うん……まあその……そうかな」
「先生の家には、ああいうのが一杯あるんですか」
「そう……かな、まあそういうことになるかな」確かにある。おれは冷蔵庫に常に数本のローションを用意している。冷蔵庫に仕舞う必要があるのかないのかはよくわからないが、とにかく人に見せることができない冷蔵庫であることは確かだ。
余談だが、ピンクロータやバイブレータなんかもある。手錠や各種アイマスクも。
念のために言っておくと、それらはまだ悠には使用したことはない。
いやいずれはひょっとすると……という思いから、それらは家の中の戸棚で出番を待っている。「あれ……すごく気持ち悪いんです。やめてもらえませんか」と悠。
「あ、ああ……うん」よく言うぜ、とおれはまた心の中で毒づいた。あれを全身に塗りたくると、いつもより2倍増しで乱れるくせしやがってこのエロガキが。まったく大人しそうな顔しやがってとんでもねえ小娘だ……当然、口にはしなかったが。
「先生は、ああいうことを他の女の人にもしてるんですね」と悠。
「いやいやいやいや……そんなことないよ」いや、過去のことを言い出すとそれこそキリがないが、今そういうことをしているのは悠ひとりだ。もちろん、手首を縛ったり、目隠しをしたり、ローションを塗りたくったりというのが悠ひとり、という意味ではない。今、このような関係を持っているのは悠たったひとりだということである。
「ああいうことをされて、女の人って喜ぶもんなんですか?」
「ううん……まあ……その……何ていうか……」おれは言葉を選らんだ。選びまくった。「……人によるかな」
「あたしは……先生にしてみれば、喜んでいるように見えるんですか?」
……見えるよ。どう考えてもそう見えるし、おれはおまえがああいうことを気に入っていると信じて疑わなかった。しかし、それは違ったんだろうか?
もし違ったとするなら……それはどうやって取り消すことができる?また悠は無言に戻った。
サク、サク。<つづく>
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