先生、この冷たいのなんですか

作:西田三郎
「第4話」

■ズキ、ズキ

 「……あれは、何なんですか?

 サク、サク。

 「目は、人の人格を表すといいますよね。先生は目隠しによって、……その、あたしとか、他の女の人の人格を覆い隠してしまうわけですよね。……つまり……」そこまで言ってから、悠は一瞬口を噤んだ。しかし意を決したように再び話し始める。「……つまり、そうすることによって、あたしをあたしでなくしてしまうわけですよね」
 「……ちょっと……ちょっと待ってくれ」
 
 おれは必死で思考を纏めようとした……しかし場所は零下4度の雪道。横っ面には頬をぶつような吹雪が叩きつけてくる。前は見えず、後ろも見えない。雪道を歩いているのはおれと悠のふたりきりだ……こんな状況で、どうやってまともな思考を捻り出す?

 ええっと……確かおれがはじめて女に目隠しをしたのは……。
 確か、あの一緒に飛騨高山だか倉敷だかに旅行に行ったのとは違う彼女だった。その前に付き合ってた女だったか、その後につきあった女だったかもよく覚えていない。でも……ええと、あれはホテルではなかった。どこかの部屋だ。学生時代、おれが下宿していたワンルームだったけ?それともその女の部屋?いやそれもはっきりしない。

 “目隠ししていい?”これだけは言えるが、それを言い出したのはおれのほうだ。
 “えー……目隠しい?”

 今や顔もはっきり思い出せないその当時の彼女は予想通りの反応を見せた。そんなことをいきなりお願いするはずもないし、すでに何回か肉体関係はあったのだろう。いや、多分そうだ。それに……多分その時には多少酒も入っていたんだと思う。
 さあセックス!……という勢いのある状況の中、おれはなんとかその時の彼女に目隠しをすることに成功した。

 “こーいう趣味があったんだー……”彼女は言いながらおれにタオルで目隠しをさせた。
 
 目隠しをしていない顔は思い出せないのだが、目隠しをした彼女の顔ははっきりと思い出すことができる。少し口が笑っていたが、はっきりと頬が上気していた。その時の声も、少し興奮で震えていたのを思い出すことができる。あの時、彼女は目隠しをしてあのようなことをするのは初めてだったのだろうか……?いや、はっきりと聞いたわけではないのでそれはよくわからない。しかし、初めてであったなら、それは喜ばしいことだ。
 

 おれは彼女を全裸にするとベッドに横たえ、いつもするように(その時分はいつもそんなことをしていたっけ?……はっきり思い出せない)上から彼女の肢体を舐めるように見回した。目隠しをされた状態で、彼女はおれの視線をまるで肌に触れる指のように感じとっていたのだろう。その白い裸身が、ベッドの上で恥ずかしげにくねるのを今でもはっきり思い出すことができる。

 “ねえ……なんか怖いよ……ねえ、なんか言ってったら……”彼女が拗ねたような声で言う。

 おれは逸る心を抑えながら、ゆっくりと彼女の躰に指を伸ばした。
 さあて……いったいどこを最初に触ってやれば一番びっくりするだろうか……?
 思えばあの頃は若かった。……乳首やその、何と言うか中心部に触れてしまうのは何かあまりにも意外性がなさ過ぎるだろう。首筋や鳩尾、という手もあったが、ある意味それはいつも愛撫している部分なので、ある程度彼女もそれは予期しているに違いない。
 ……ではどこか……?
 そういう訳でおれはまず、彼女の足の甲に触れてみた。
 悠に“先生は脚フェチなんですか?”と聞かれたが、こういうところを考え直してみると案外そうなのかも知れない。
 とにかくおれは彼女の足の甲に指先を伸ばし、ちょん、と触れてみる。

 “んっ……”ベッドの上で彼女が身じろぎした。
 そのままナメクジの動きでゆっくりと彼女の脚を撫で上げていく。

 “ん……も、もう、変態……”
 腰のあたりまで指が来たとき、彼女は大きく腰をねじった。
 もちろんいきなりその中心部分に触れるつもりはない。
 おれの指は彼女の陰毛を掻き分けると、へそをくすぐり、鳩尾に至る。彼女の躰がだんだんイイ色に染まり、艶かしく蠢く。
 “……な、なんか、ちょっとコレ……へんな感じ……”
 目隠しの彼女が少し掠れた声で言う。
 “もっと……もっとへんな感じにしてやろうか
 おれはそう言って全裸のままそのために用意してきたブツを時分のバッグ(だったか時分の部屋の戸棚だったか)から取り出した……。

 「目隠しをしああたしは、先生にとってはただの大人のおもちゃなんですか?」
 またフェイントだった。悠が再びおれを現実の世界に呼び戻す。
 「……いや、そんなこと……」おれは震える唇で辛うじて答えた。「そんなこと、あるわけないじゃないか。それは物事をなにもかも悪く見すぎだよ
 
 実際、10代の少女には往々にしてそういう傾向がある。
 というか……おれは悠がいつもおれの持ち掛ける手を縛るようなソフトSMめいた行為や、目隠しプレイを好きなものだと考えていた。こうして問いただされていても、その期待8割、不安2割の考えは一向に修正されない。
 
 目隠しをされながらの、おれのトリッキーな(と自分でそう思っているんだ。悪いか)愛撫に、悠はいつも十分に……いや十二分に反応した。白い肌を真っ赤にして、ベッドの上で身悶えていたほんの数時間前の悠の肢体が脳裏に浮かぶ。

 そして目隠しをされた悠の顔……いや、いやいや
 それはほんとうに悠の顔だろうか……?今はもうはっきり覚えていない、はじめて目隠しをしたあの女の顔かも知れない。もしくは他の女かも……。

 サク、サク。駅はまだ遠い。

<つづく>



 
 

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