女が女の部屋にノコノコやってきて
タダで帰れると思ってやがったのかよ


作:西田三郎


■5■ ウェイ・オブ・ノーリターン


「…………」
 半身を起こし、亜矢の濃紺の下着……股間部分は染み出した水分のせいで、あからさまにもう一段、色が濃くなっている……に手をかけるときには、紗英はもう軽口を叩けなくなっていた。

“マジになっちゃいけない、マジになっちゃいけない……”

 なんとか、頭の中で黒い背表紙の官能小説に出てくるような台詞をもじった感じの台詞を組み上げ、それを口にすることでこの場を『冗談』にしてしまおうとした。
「…………」こんなときに限って、亜矢は黙っている。
 また茶化したり、憎まれ口を効いてくれたりすれば、紗英もこの状況をなんとか乗り切れるかも知れない。
 しかし、亜矢は……紗英の視線を逃れるように顔を背け、目を閉じて、さっきまで“むー”の形にしていた唇を半開きにしている。

“あかん……あかんで……ほんまにあかんで……”紗英はイントネーションがなっていない関西弁で考えた。“いやもう、マジで、これ以上やっちゃうと…… ずっとあたし、これまでマトモにやったきたのに……いままであたしが積み上げてきたものが(大してないけど)、完全にクズレ落ちちゃう……し、しかしま あ……なに?……この『好きにして……』みたいな感じ……こ、こいつはきっと、これまでに、数え切れないくらいの男の前で、こんな仕草をし てきたに違いない……そう、そうよ。そういうビッチなんだからコイツは……”

 紗英は自分を鼓舞する。

 ただでさえ亜矢はこの部屋に押しかけてきて、ノックもせずに自分のオナニー現場をおさえ、できるだけ忘れていたいと願う『学校』の存在を思い出 させ、別れた男のことで自分をからかい、美巨乳を見せつけることで(まあ自分でブラジャーを剥いだのだが)自分の貧乳をからかい、技巧をこらしたキスと媚 態で、とことん、とことんまで自分をバカにした。

 “思い知らせてやる……このビッチに、思い知らせてやるんだ……”
 そうやって怒りをギリギリの水位まで貯めておいて、一気にそれをこのいやらしい小娘にブツケてやる。
 一旦、心の中で自分のほっぺたに一発、ピシャリと張り手を見舞って気合いを入れ、紗英は亜矢の下着にかけた手に力を込めた。
「んっ……」ぴくっ、と亜矢の身体が跳ね、固く閉じた目の上の薄い眉が歪む。
「ふうーん……どうなの、アヤちゃん。やっぱりこーなると、さすがのあんたもハズカシイのかなあ……?」

 じわ、じわじわ、と亜矢の羞恥を煽るように、ショーツを下げていく。
 ショーツを下げられるたびに、亜矢の腰がぴくっ、ぴくっ、と敏感に反応する。
 やがて……ショーツのゴム部分から、すでに粘液で肌にまとわりついている亜矢の茂みが顔を出した。

んんんっ……」亜矢が腰をねじってそれを隠そうとする。
「おおっと、何いまさらシオラシイ真似してんだよ!」ぎゅっ、と細い腰骨を押さえつけてそれを阻む。「……なあにー?……アーヤちゃん?…ねえねえ、はずかしいのお?……オネーサンにマン毛見られて、ハズカシがってんのお……?」
「そりゃ……」顔を背けながらも亜矢が薄目を開けて紗英を横目で見る。「そりゃ、ハズカシイよ。あたしだって……だって、サエちゃんに見られるの、ハジメテなんだもん……」
 
 紗英の胸の奥で、下痢の差し込みのように何かがねじれた。
 気がつけば、自分が異様に荒い息を吐いているのに気づいた。
 はあ、はあ。背中に、じっとりと汗をかいている。
 いや、じっとりしているのは背中だけではない。
 亜矢の脚に馬乗りになっているせいで、亜矢の膝小僧あたりにスウェットと下着越しに押し付けている、脚の付け根の部分も。
 言うのは蛇足かもしれないが、その部分は、汗ではない何かでじっとりしている。

「……ふ、ふ、ふん……よ、よ、よく、よく言うよ……」どもってしまった上に、自分の声が異様に低く、震えていることに紗英は戸惑った。が、言い続けるし かなかった。「い、いったい……これまでいったい、どんだけ、何人のオトコに、こーやってパンツ脱がされてきたんだあ?……いったい、どんだけの男に、こ のマン毛晒してきたんだよ……そ、そーれーが、何?……い、いまさら、“ハズカシい……”ってそりゃねーだろ!」

 と、亜矢が背けていた顔を正面に向けて、まっすぐに紗英を見上げる。
 思わず、真面目な視線に紗英はひるむ。

「……ナンニンも、って……そんなに多くないよ」
「えっ?」と紗英は亜矢のいつになく熱い視線に射られた。
「……まあ、紗英ちゃんよりは……ずっと多いけどさ……」くすっ、と亜矢が笑う。からかっているのではなく、少し寂しそうに見えた。「……あと『何人のオトコに』って言ったけど、オトコだけじゃないよ……」
「ええっ?」
 いや、そんなに驚く必要もなかったのかもしれない。これまでの経緯を考えると。
「あとさあ……パンツ脱がされてきただけじゃなくて、あたしもたくさん脱がしてきたよ」
「…………って、なんでそれで今さら恥ずかしいんだよ!演出かよ!」
「わかんないかなあ……」また、亜矢の目から笑いが遠のく。「ハジメテの相手の前だと、いつだってハズカシいよ。誰が相手だって、一回目はいつ も、生まれてハジメて、誰かにやらしくパンツ脱がされたときとオンナジくらい、ハズカシいよ…………わかんない?…………てか、紗英ちゃんも……ハジメテは、 そうだったでしょ?」

 紗英の胸の中で何かが、“グシャッ”と汚い音をたてて潰れた。
 と、同時に……胸の奥に仕舞い込んでいた事実に向けて、フラッシュが焚かれたような気分だった。

 こいつは知っていたんだ……と紗英は確信する。
 あいつが……あの男……あの、教育実習生の大学生が、紗英にとって初めての相手だった、ということに。
 あの男と知り合うまで、紗英が処女だった、ということに。
 最初から気づいていたんだ……それをわかって、こいつは……こいつは……。

「ねえサエちゃん……」ぎゅっと首を引き寄せられる。「もう忘れちゃいなよ……あんなキョーイクジッシューセーなんかさあ……たしかにまあ、ちょっとはい けてたかもしんないけど、あんな奴、ただのチョーシこいたスケコマシ気取りだよ。つまんない奴だよ。だってさ〜……サエちゃんには黙ってたけど、あいつ、 あたしにもチョッカイ出してきたんだよ?……『アヤちゃんって、子リスちゃんみたいにカワイイね』とかいって……」
「な……」初耳だった。
「バッカじゃない?……あいつの目はフシアナだよ。あたしだけじゃなくて、あたし以外の女の子、ってか、受け持ったクラスの女の子で、メボシイ子にはみん な声かけてたんじゃな〜い〜?……どーせ、大学じゃあんまりモテないから、高校にキョーイクジッシューに来たあいだに、アナってアナ、ゼンブをオタメシしたかったん じゃな〜い?」
「…………」それも、もちろん初耳だ。
「でもね、紗英ちゃんの魅力に気づかないなんて、あんなヤツ、ただのガキだよ。目、フシアナだよ。オンナ、見る目ないよ………だって……」
「だって…………何?」もはや、唸るような声だった。
「だって……あたしがアイツだったら……てか、あたしがオトコだったら……サエちゃんのこと、捨てたりしないもん。ぜったい、離さないもん……こんないい子、ほかにいないよ……」

 亜矢が目を細めて……彼女の母親さえしてくれたことのないやさしい手つきで、紗英の頭をなでた。

「ちっきしょおおおおおお!!!」
「やんっ!……ちょ、ちょっとサエちゃん……ま、待ってったら!」
 
 紗英は『山月記』の主人公になった気分だった。
 頭がおかしくなった気分だった。
 虎になった気分だった。

 あらゆることが受け入れられないので、正気を失って亜矢のショーツを素早く足首を抜き取り、その両膝を立てて大きく左右に開いた。
 そして露わになった汁の多い果実に、むしゃぶりついた。


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