女が女の部屋にノコノコやってきて
タダで帰れると思ってやがったのかよ


作:西田三郎


■3■ 女が女の部屋に来てタダで帰れると思ってたのかよ


「きゃー!やだー!おーかーさーれーるー!
 亜矢の小さな身体をベッドに押し付け、馬乗りになって、両手を頭の上に押さえつけてやった。
 
 それでも亜矢は、ケラケラと笑っている。

 くすぐったそうに笑い、まだ不埒なことを言いながら紗英を挑発する亜矢を見下ろしながら……紗英は自分が一体何をしようとしているのか、さっぱりわからなくなっていた。
 殴る?……いや、それほど怒っているわけではない。
 じゃあ、なんでベッドになんか押し倒したんだろう?
 まだ先ほどの熱を残している脚の合わせめの奥で、亜矢の身体がくねくねと動く。

 じゅわり、と熱い高まりがとろけてきた。

“うそっ!……マジ?”

 と、亜矢が紗英を上目遣いで見上げ、眉根を寄せる。
 ズキン、と紗英の胸が鳴った。
「ヤメて……紗英ちゃん……ランボウにしないで……」亜矢が鼻にかかった声で言った直後、また笑う。「てーきーな?
「てめーはいつもそーやって、オトコどものキンタマ、ワシヅカミにしてがんだろ?」
「いやん……ヤメて……」とまた、亜矢があの愛嬌のある顔を歪め、なまめかしい表情をつくる。「てーきーなー?

 ズキン、じゅわり。紗英の中で、何かがアクセルを吹かしている。

「そ、そ、そ……それだよそれ!それを見て、オトコはみんなメロメロになんだよ!このヤリマン!」
「ヤリマンとか、また昭和だよ」頭の上に両手を重ねられて押さえつけられながら、亜矢の口は減らない。「でさー、紗英ちゃん。アイツに半年間、どんなこと されちゃってたのお?……どんなふうにチョーキョーされて、あんなふうにマッピルマからベッドで四つん這いになって、オナニーにフケりまくるようなエロ女 にカイゾーされちゃったのお?」
「その口、塞いでやるぜ!」
 ほとんど反射的な行動だった、と言っていい。
 紗英は亜矢の両手首を押さえつけたまま、覆いかぶさり、唇にかぶりついていた。

「んっ……」

 唇が重なる瞬間、そっと、亜矢が目を閉じるのを目撃する。
 やわらかい唇と唇が重なり合うと、紗英も目を閉じた。そして、唇の表面を舌でぺろりと舐めてさらに湿らせると、亜矢の唇にまた合わせ、その弾力を確かめるようになぞる。
 
 やわらかい。ぞくぞくっ、と背筋に戦慄が走る。

 というか……それまで紗英は、一度たりとも女性に対して欲情を抱いたことがなかった。
 まあ過去に、女の子同士で抱き合ったり、ベタベタしようとする友達がいないわけではなかったが、紗英の性格上、必要以上に他人からスキンシップを求められるのは、どうも耐えられなかった。
 まして、相手は亜矢である。
 亜矢は、たしかに誰にも愛想はいいが……あまり他人の身体をベタベタ触ってくるタイプではない。
 紗英が亜矢に我慢できていたのは、そのへんが気に入ったからだ。
 それにしても……相手は、亜矢だ。
 引きこもっている自分の様子を見に来てくれた、亜矢だ。
 あの憎たらしい亜矢だ。憎たらしいけど、憎めない……でもそこがムカつく亜矢だ。
「…………んっ」亜矢が舌で唇を突っついてきた。

 トントン、誰かいますか?
 みたいな調子で。

「………んんっ……ふっ」自然と、紗英は唇を開いていた。
 するり、とドアの下から差し込まれる請求書のように、亜矢の唇が紗英の唇の中に忍び込んでくる。
 するとまた、亜矢が舌の先で紗英の前歯をまたノックする。
 紗英は前歯を開いた……しかし、亜矢に先陣を切られるのは何かシャクだったので、自分から舌を伸ばして、その舌を絡めとった。
「んんん……」
 薄目を開けて見ると、亜矢はまるで夢見るような、とろけるような表情で紗英に応じている。

“ちょっと待ってよ……何やってんのよあたし……相手は女だよ?……ってか、亜矢だよ??……あのヤリマンビッチでオトコをとっかえひっかえしている、どーしよーもない女だよ?……で、でもこいつ……”
 亜矢はキスが上手かった。先手を打ったはずの紗英の舌をあっさり絡め返し、唇と舌を使って、ときには甘噛みも交えながら、どんどんリードしていく。
“こ、こいつ……何なの?……さ、さすがこの女……タダ者じゃないなあ……こうやって、この舌使いで何人ものオトコの唇を……ってか、その、何人ものオトコの……アレを……ええっ!……ちょっとキモい!まじキモいよ!”

「ぷはっ!」先に唇を離したのは紗英だった。
 頭の上で押さえつけていた亜矢の手首も、その時に離していた。
 と、亜矢が両手首を紗英に巻きつけてくる。
「……ペッペッ」紗英が顔をしかめて唾を吐くふりをする。「……タバコくっさーい……オヤジみたい。この……けだもの
「……ふん、女がひとりでノコノコ女の部屋にやってきて、タダで帰れると思ってたのかよ?」
 洒落た言い回しをしたつもりだったが、紗英は自分の声が震えているのに気づいた。
「……こーいう、タバコくっさーい舌で……あいつにキスされたの?……あんなふうに、舌カラメたりしたの〜?……あいつ、キス上手かったの?……ねえねえ、紗英ちゃん、教えてよ。赤くなって、コーフンして鼻息フーフー言わしてないでさー……」
「……ええい!この小娘!ただじゃおかねえ!」紗英は亜矢のセーターをたくし上げにかけた。
「きゃあっ!……やだっ!マジレイプさーれーるー!」

 亜矢がケラケラと笑う。動きを止めてしまえば、自分がほんものの道化になってしまうような気がして、紗英は亜矢の服を乱す手を休めなかった。
 しかし亜矢は笑いながら、手脚をベッドの上でバタバタさせるだけで、本気で抵抗してこない。
 してくるはずがない。
 亜矢が本気になったところなど、紗英はこれまで一度も目にしたことがない。

「ほれっ!万歳!バンザーイしなさいっ!」
「ばんざーい」素直に両手を頭の上に伸ばす亜矢。
 紗英は亜矢のセーターを引き上げ、肘のところまで引き上げた。
 セーターのVネックが亜矢の鼻の上に引っかかり、セーターは一瞬にして亜矢の両手の抵抗(そんなものは実際にはなかったが)と、視界を封じる。
「……ほうれ、お嬢ちゃん……ブヨージンだったねえ……もうお嬢ちゃんは、マナイタの上のコイだよお……何されちゃうかわかんないよお……ヘッヘッヘ」
「……まっくらー……何も見えなーい」亜矢がセーターの下で言う。「それに、ウゴケなーい……って紗英ちゃん、こーいうこと、アイツにされてたの?……アイツ、こーいうのが好きだったのお?」

“ちくしょう……ちっきしょう……”紗英は心の中で毒づく。
 事実だった。あの男は、目隠しと拘束プレイが好きだった。

「もう容赦しねえ!!」紗英は亜矢のブラウス前を引き裂いていた。
「きゃっ……!」さすがの亜矢も、少しはひるんだようだ。「ま、マジ?」
 
 はじけたボタンのいくつかがベッドから転げ落ちて、床を何層にも覆い尽くしているがらくたの隙間に消え、どこに行ったのかわからなくなってしまった。


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