女が女の部屋にノコノコやってきて
タダで帰れると思ってやがったのかよ


作:西田三郎


■2■ 亜矢にからかわれて、ブチきれる。


「ねえねえ、サエちゃん、何してたの?」散らかりまくった部屋に腰を下ろした亜矢が、うれしそうな顔をして聞く。「オンリョウトリツカれて、レイプされてたの?」

“ちきしょう……”紗英は心の中で毒づいた。
 しかし、亜矢にオナニー現場を抑えられて、下はショーツ一丁(しかも安物の赤の星ガラ)というスタイルでいるのはあまりにも生々しすぎる……と感じたため、何層にも雑誌 や本、脱ぎちらした服、お菓子の袋やコンビニ袋が積もっている部屋の床から、スウェットパンツを苦労して探し出して、履いた。

 まあ、あとの祭りとはこのことだったが。

「ねえねえ、サエちゃんってば、さっき、『や、やめてくださいっ!……は、はずかしいっ!』とか言ってたの、あれ、何?」
オナニーだよ!」紗英は亜矢に言った。「見りゃわかんだろ!オナニーだよ!オ・ナ・ニー!」
「サエちゃんってエッチなんだね〜……学校に来ないと思ったら、ずっとお部屋でそんなことばっかしてたんだあ……ずっと、オナりまくってたの?」
「うるせえよ!……あんただってしてるだろーがよ!してるでしょ?オナニー……亜矢ちゃんは、オナニーどころかウンコもしないのかなあ?」
 改めて亜矢の前に座りなおす。がらくただらけの床に。
「ウンコはするけど……あたし、あんまりオナニーはしないなあ……うち、ビンボーだし。いまだに部屋、弟と一緒だし。それにあたし、カレシできたし」
 ニターっと笑う、リスのような小動物系の顔……まあ、人には……特に男どもには……無条件で可愛がられる顔だ……を歪めて、亜矢は笑う。

 紗英は、亜矢のその顔の造作の可愛らしさに、殺意を感じた。

「また男、代えたの?……このインラン女」
「インランじゃないもん」亜矢はまだヘラヘラ笑っている。「学校にも来ずに部屋にヒキコモって、オナニーばっかしてるサエちゃんのほうがあ……インランじゃね?」
「あ・た・し・はあ……自分のモウソーで自分で自分をショリしてんであって、あんたみたいに男とっかえひっかえして、ケジラミ撒き散らしたりしてねーっての!」
「ケジラミ?」亜矢が首をかしげる「それ、ショーワのコトバ?」
“ちっきしょう……”紗英は口に出さなかった。出すと、負けてしまう気がする。
 
 亜矢はとても男受けがよい女生徒だった。男子生徒たちにはもちろん、男性教師たちにも。
 性格も明るく、小柄な身体でいつもチョコマカと動き回っている姿は、たしかに愛らしい。こういうのを見かけると、一匹でいいから家で飼いたくなる。
 亜矢は男子だけに対してではなく、女生徒にも、女性教諭にも愛想がよく、とても気に入られていた。
 まあ、学校の人気ものだと言ってもいい。
 実際、亜矢はウラオモテのない性格なのだろう、ということは紗英も認めざるを得ない。

 学校に行かなくなって、部屋に引きこもってから、たまに紗英の様子をわざわざ家まで見に来てくれるのは、亜矢だけなのだ。
 そこは感謝すべきだし、多少はありがたくは思っているが、それ以上にウザいことに違いはなかった。

「あんたさー……あたしん家なんか遊びにくるくらいヒマなの?カレシいるんだったら、そいつと遊んでくりゃいーじゃん……なんなの?ミジメなあたしをアザワライに来ってわけえ?」
「ミジメっつーと、ミジメだよね〜」と笑う亜矢。笑うと、少しだけ白痴っぽい。「男にフラれて、引きこもりになって、ずーっとお部屋でオナニーザンマイですかあ?……紗英さん、これってキャッカンテキに、ミジメそのものじゃないですかあ?」
ぶっ殺されに来たの?」声がマジメに怒っていた。「ちょっと待てよ、おい。部屋にはカッターとかハサミとかあるんだから、用心してしゃべれよ。あたしとあんた、今、この部屋でふたりっきりなんだからさ。カーテンも締めてあるし、逃げ道なしだよ、あんた」
「サエちゃん、まっさかと思うけど、カッターで腕ザクザク、切ったりしてない?」亜矢は自分の手首を見せて、指で切るふりをした。「ほら、B組のエーコみたいに、『血が流れるとイキテル、って感じがするの〜』とか言ったりしてない?」

 B組のエイコというのは、いわゆる『痛い』系の女生徒だった。
 目の周りを真っ黒に塗りつぶし、真っ黒な口紅を塗って、血の滲みだした包帯を両腕と首に巻き、制服のスカートの下にはボロボロになった網タイツ、ロー ファーではなくトゥの部分に牙の生えたピンヒールで登校してきたときには、さすがの生活指導担当の堺(体育教師)も、『漏らしそうになった』と言っていた のを覚えている。

「ふん」紗英は鼻で笑った「エーコね。テメーの手首切るのに忙しくて、あんたみたいにオトコとヤリマクったり、あたしみたいに、シツレンして自分自身にしっかり向き合って、自分の弱さを見つめ直す、みたいなヒマ、あいつにはねーんじゃね?……ぜったいあいつ、処女だよ」
だよね!絶対そうだよね!……本人は、『八歳のときにオトーサンにゴーカンされ』て、それから十二歳の頃から数え切れないほどの男とヤッてきた、つってるけど……」
「誰があんなゾンビ映画みたいな女とマグワリたがるんだよ!」
「……マグワル?」また亜矢が小首をかしげる。
「セックスすること。セックス。メモしとけよ」

 そうすると、ほんとうに亜矢はスマートフォンにメモをはじめた。
 こいつ、ほんとうに頭悪いな、と紗英は思った。
 亜矢は不器用なので、メモを終えるのに優に5分を要する……紗英はイライラして、タバコのパックを枕元から手繰り寄せ、一本加えて火を付けた。

「……タバコ、身体に悪いよ。サエちゃん」
「セックスはカラダにいいよねえ〜亜矢ちゃんは毎日ヤリマクってケンコーそのものでしょ?」
「……てかサエちゃん、学校でもタバコ吸ってたよね」亜矢がまたイジワルそうに笑う。「アイツにオシエられちゃたんだ……そうでしょ」
「…………」サエは顔を背けてタバコを吹かした。
「……サエちゃんみたいなウブな子に……ヒドイ奴だよね〜……たしかに、顔もイケてたし、背も高くて、コー!セー!ネーン!ってカンジだったけど……タバコ臭いのがイマドキじゃなかったんだよね〜でも、紗英ちゃんがアイツのマネして、タバコ吸ってるの、バレバレだったよ」
「こいつを」タバコの赤く燃える先端を亜矢に突き出した。「そのキラキラオメメにブチコンでやろーかあ??……それとも、そのクサレマンコにブチ込もーかああ???」
「ねーねー」聞いていない。「サエちゃん、あんまり男ケーケンなかったでしょ、アイツと知り合う前はさあ……なんだかんだ言って、ツンとして、下ネタ連発 で、エロっぽく、ビッチっぽくしてたけどさー……あんまりケーケンなかったでしょ。で、あいつにカイハツされちゃったんでしょ?」
「ビッチはてめーだろうーが!キラキラのオメメは節穴ですかあ?」
「あ、サエちゃん、赤くなってるう〜……かわいー」

 キャハハ!と亜矢が笑い転げる。脚をバタバタさせて。紺色のパンツが見えた。

「てめえ、マジでぶっ殺してやる!」
 紗英は亜矢に襲いかかり、その軽い身体をひょい、と持ち上げると、ベッドに投げ出した。

 ほんもついさっきまで、自分が四つん這いになっていたベッドに。


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