大男

〜あるいは、わたしのレイプ妄想が生むメタファー〜



作:西田三郎


■5■ 羊女

「……それから……つまり、あなたはその『大男』に……いわゆる“クニリングス”を受けた、ということですか?……逆さ吊りになっ たままで?」
 今度はテーブルはなかった。
 わたしとその女カウンセラー……歳は五〇すぎくらいだろうか?……は、向かい合う形で一人掛け用のソファに座っていた。部屋にはブラインドが掛かってい て、壁紙は薄いグリーンだ。壁にはちょっとモダンアート入ったかんじの、小さな女の子と羊の絵が掛かっている。窓辺には花もあった。ブルーのあじさい。部 屋にはかすかに、オルゴールのビートルズが流れている。「ヘイ・ジュード」から、今さっき「ノルウェイの森」に曲が変わった。
「……まあ……その……」わたしは座り心地のいいソファの上で身をよじった。「そうですね。そうそう……いわゆるクニリングス。はい、ひらたく言って、ク ンニです
「ふうん……」女は温和な顔をして、太っている。「クンニ、ねえ……」
 白いシャツを黒いレギンスにオーバースタイルで着ているが、シャツの中はぱんぱんになっている。髪は白髪で、(おそらく)天然パーマ。
 わたしはその女が、羊に見えて仕方がなかった。
「あの、続けていいですか?……とっとと言っちゃいたいんです」わたしはまた、いらいらしていた。
「ああ、どうぞ」

 亀男の診療所を飛び出してきて4年後、わたしは別のカウンセリングルームを訪れていた。
 なぜなら昨日、またあの『大男』が現れたからだ。わたしは大学を卒業して、今は会社員。まあまあ大きな物流会社で営業をしている。
 昨日、あの『大男』が、わたしが通っているスポーツグジムに現れて……シャワー室で……いや、この話は後 回しにしよう。
 とにかく、わたしは再びカウンセリングを受ける気になった。今この羊女のカウンセラーに話しているのは、16歳のときにあの大男に公園で犯されたときの話 だった。さっき、12歳のときのことを語り終えて、新たな話に入ったところ。
 ああ、カウンセリングになんか来なけりゃよかった、と思い初めて いる。
 だって、また一から話さなきゃならないんだから。
「……とにかく、そいつは……その『大男』は……そのまま、わたしのあそこを……ものすごい勢いでなめ続けました……ときどき、じゅるるっ、と男がわたし のあそこに口をつけて……吸い上げたんです」
何を?」羊女が首をかしげる。ええい、いちいち言わなきゃなんないのか。
「その……あれですよアレ。女のあそこから、あふれてくるアレ」
バルトリン腺液?……いわゆる、愛液?……その……ラブジュース?
「ええそうです。ラブジュースです」

 そうだよ。まん汁だよ。本気汁だよ。
 16歳だったわたしは、逆さづりのまま、男にあそこを舐められまくった。
 もちろん、そんなことをされたのはあの日が初めてだった。当時にはまだ彼氏もいなかった。
 しかし、16歳で彼氏がいたって、あんなにしつこく、はげしく、 あそこを舐めまくられたことのある女の子なんて、この日本でわたし一人だろう。
 しかも、逆さづりになった状態で。そんなの、世界にも例がないに違いない。
 ……気持ちよかったか、って?
 そんな言葉では、とても表現できない。
 男の舌は熱かった。ぶ厚かった。そして長かった。直接目にしたわけじゃないけれど、自分のあそこでその舌の執拗かつ敏捷で、それに……狡猾な舌の 動きを受け止めなければならなかった。逆さ吊りで、脚はがっちりと肩に抱え上げられ、どこにも逃げ場所はない。
 男の舌先、はウミウシのように収縮したり、大きく なったりする。
 細くすぼまっては、うすい皮の、ひだのすきまを掃除でもするかのように這い回る。
 そして、感覚の核心を覆う皮をまくりあげては、その敏感な表 面に直接触れるか触れないかの微妙な接触で、わたしの反射的な快感をたくみに探り当て、晒し、いたぶる。
  わたしはそのたびに、『大男』が技巧……そんなふうに言うのは、まったく不本意だけど、そう言うほかはない……をこらすたびに、わたしはしゃくりあげ、腹 筋を使って上半身を起こそうとしたり、あるいは頭に男の固く、熱く、湿った腹の感触を感じながら、背中を弓なりにしてのけぞった。
 さらに、舌はぎゅっ、と太くなっては、一気にわたしの中心部から太もものつけ根あたりをびらん、びらん、と舐め上げる。
 そうされるとわたしの身体ははぐ らかさられて、意思や理性をまったく無視して、太腿で男の丸太のような首を締め上げた。
 
……うん、もちろん、恥ずかしすぎる反応だったと、今でも思っている。

 でも、そんな体験をした人、ほかにいる?
 このことがあったずっと後に、トマス・ハリスの『羊たちの沈黙』を読んだ。
 ハンニバル・レクター博士がはじめて登場する、あの有名なサイコ・サスペンス だ。その中で、レクター博士がFBI研修生のクラリス・スターリングにいろいろとアドバイスをする。クラリスは、女性を殺した後にその皮をはぐ、“バッ ファロー・ビル”という殺人犯の意図がわからない。レクターは“バッファロー・ビル”はサディストではないと推理する。なぜなら、その連続殺人犯は女性を 殺してから皮を剥いでいるからだ。そして、クラリスにこんなことを言う。

“彼がサディストなら、被害者を生かしたままで皮を剥ぐだろう。逆さ吊りにして、ゆっくり皮を剥ぐんだよ。そうすれば、脳に血液が絶え間なく供給されるの で、被害者は最後まで意識を失うことはない。しっかり被害者の苦痛を楽しめるからね”

 ……ぞっとるす話でしょ。でも、わたしがそのときに味わったのは、それに近い感覚だった。

「んんんっっ!……くっ……はっ……あ、あ、あああっ……ああああああっっ!」わたしの口の端からは、涎が垂れていた。涙も、鼻水も垂れて、おでこで合流 する。ひどい状態だった。「……い、いや、いやいやいやいや……もういやっ……ゆ、ゆ、ゆるし……っ……ってっ………うっ、あっ……うあああああっっ!」
 許してくれなかった。わたしが息も絶え絶えになって、泣いて、許しを乞うほど、『大男』の舌は激しくなる一方だ。
 わたしは、全身のつっぱらせて、腹 筋で体を支えて、何度も、何度も、イった。
 ああ、はっきり言うよ……イッて、イッて、イきまくったよ。
 もう、いったい何分、何十分そんなことをされてたのかわからない。
 ひょっとしたら、数時間絶っていたのかも知れない。
 でも、最後のほうは……ほとんどイきっぱなしだった。
 『大男』は、わたしを一瞬も休ませてくれなかった。
 逆さづりのせいで、意識を失うこともできない。
 それどころか、頭に血がいきっぱなしなので、たぶんふつうよりもずっと意識ははっきりしていた。
 その拷問のような快感から逃れようと思っても、どこにも たどり着くことができない……まるで溺れているみたいだった。

溺れてるみたい?」羊女が、突然口を挟んだ。
「え?」わたしは、不意を突かれた。調子よくしゃべっていたのに。「何ですか?」
「さっき、“溺れているみたい”と、おっしゃいましたよね?」
「はあ……」
 羊女は自分の手元のリング式メモ帳に目を落としながら、ふん、ふん、ふん、と鼻をヒクつかせた。
 ほんとうに羊に見えてきた。
「……きのう、あなたがその……『大男』に……レイプされたのは、確か、“スポーツジムのシャワー室”でしたよね?」
「はあ……ええと……」その話は後で詳しくする、つってるだろ。「それが何か?」
「あなたは、スポーツジムでどんな運動をされてたんでしたっけ?」
「ええと……」
水泳」羊女が上目遣いにわたしを見る。「水泳、でしたよね」
「はあ……スイミングです。中学のときから、水泳部でしたから……」
「ふうん……」女は何か言いたげだ。
「あの……続けていいですか?」
「はい、どうぞ」
 わたしは咳払いをして、高校時代の体験をまた語りはじめた。

 そう、わたしは何度も何度も……ほんとに、認めたくないけれども……狂ってしまいそうな激しい快楽の反応のに巻き込まれ、狂乱状態にあった。
 最後には、『大 男』がわたしの太腿をしっかり肩に抱えている必要はなかったかもしれない。
 ほとんどわたしが……『大男』の首を太腿で締め上げてぶら下がっている状態だっ たからだ。
 ぴたりと、舌の動きが止んだ。
「ああああんっっっっ……」
 あのとき、あんなふうに……まるで猫が甘えるみたいな声を出したわたし自身を、わたしは今、殺してしまいたい。
 腹筋で起きて、なんとか男の顔を見ようとしたとき……わたしがどんなにもの欲しげで、呆けた顔をしていたのか想像するだけで、頭をかきむしって、自分の髪を 引きちぎりたくなる。
 男の顔は、かなり近くにあったはずなのに、それでも見えなかった。
 たぶん男は、わたしのそんな幼い媚態を見て、ニヤついていたんだろう。
 結局は見ることができなかったが。
「あっ……」男が自分の首に巻きついていたわたしの両脚をほどく。「ひゃあっ?」
 まるでバトンのように、軽く、わたしの身体が反転した。抱きしめられる……そう、一二歳のときとまったく同じ、あの獣じみた匂いのする、象の背中のよう な胸板。そこに、抱きすくめられるということはつまり……あのときとまったく同じ運命が、わたしを待ち受けている、ということだ。
 自分と男の身体の隙間から下を覗く……濡れて光った、お地蔵さんの頭のような『大男』のアレの先端が、そこでわたしが降りてくるのを待ちわびている。
「い、いや……」わたしの声はもうか細かった。「も、もう……こ、これで……これで……許して……」
 許されるはずがなかった。ぐん、とわたしの身体が下降する。
 ぎゅっ、と入り口に押し付けられる、まるい先端。
「んんんあああああああっっっ!」
 男の胸をかきむしり、声のかぎり叫んだ。信じられないけど、男の巨大な性器の外側を、スムーズにわたしの肉がどんどんすべっていく。
 身体を下に、下に落 とされれれば落とすほど、いったいどこから出てくるんだろう、と思えるくらいに、あとからあとから蜜が溢れ出した。
「ぐうっっ………んっ………は、はあっっ!」
 一番奥に、男の先端が到達した。その瞬間、わたしはあえなく、また絶頂を迎えた。
 そして、男がまたわたしのお尻を……一二歳のころにくらべて、少しは丸みを帯びて柔らかくなったお尻を、撫で回しながら、ゆっくり揺すり始めた。

「それで……また、オルガスムスに達してしまった、と?」羊女が口を挟む。「『渦潮のような』快楽に、飲み込まれて、まるで『溺れる』みたいに?」
「え?……わたし、“カイラクのウズシオ”とか、言いましたっけ?」
「はい、おっしゃいました。さっきの……ええと……」女がまた手元のメモに目をやる。「その『大男』に、逆さ吊りにされて、クニリングスを受けているとき に、『まるで、渦潮のような快楽』と仰ってました」
「はあ……」何なの、いったい。「それが、何か?」
「あなたは、水泳部だった……そうですね?……あと、きのう……その大男が現れたのは、あなたがプールで泳いだ後です……その日も、夏だったということで、当 然、部活はありましたよね?……そうではないですか?」
 羊女は……わたしの反応をちらちらと伺っている。ほんとうに草食の家畜のようだ。
「はい……確か……ええ、ぜったい。そうです」
「なぜ水泳を始めたのですか?ええと……」女がまたメモを見る。「確か、水泳を始めたのは、その『大男』がはじめて現れた……そうそう、小学校6年生のと き……なぜ、水泳をやろうと思ったんです?」
 はあ?……何でそんなこと、いま聞かれなきゃないわけ?
 理由?
 そんなこと、聞かないとわかんないの?このヒツジ。
「上手く泳げるようになりたかった……んですけど」
「それまでは……上手く泳げなかった?」
「……うん……はい……まあ……」確かに。「そうです……か……ね……?」
「では、どこかで上手く泳げなかった……溺れたことがある……ということはないですか?」
「…………」

 わたしはその瞬間、この羊女もダメだ、と思った。


NEXT / BACK
TOP