大男
〜あるいは、わたしのレイプ妄想が生むメタファー〜
作:西田三郎
■2■ ファースト・コンタクト
あの大男がはじめてわたしのところに現れたのは、わたしが12歳のとき。
わたしは一人っ子で、そのときにはもう自分の部屋を与えられていた。
その夜はとても寝苦しい夜だった。ちょうど季節も今くらい。
とかなんとか言うとまるで怪談話みたいだが、確かにあいつは、これまでのところ夏の周辺に現れている。
ただ、金縛りに遭ったとか、部屋の隅に髪の長い白い服の女が立っていた、とかいうような話とこの話は、まったく趣を異にする話だ。
なんせ、わた しはあ12歳であの男にレイプされてしまったのだから。
あの頃は寝る前には部屋のクーラーを切って、扇風機の風だけでも眠ることができるくらい、まだ地球の気温も高くなかった。
それでもその夜は寝付けなかっ た……当時のわたしはかなり寝つきのいいほうだったのだが。
何度も寝返りをうち、目を閉じて、眠気がやってくるに任せようとしても……思うとおり眠りはやってこない。全身にじっとりとかいていた汗が気持ち悪かっ た。ずっと遠くで、どこかのバカ犬が「ワンワンワン」と三回吠えては沈黙し、数分後にはまた「ワンワンワン、ワンワンワン」と吠えるのも……普段はまった く気にならないはずなのに、気になって仕方がなかった。
部屋の空気が、妙に熱っぽく、薄く感じられた。
何度目か、身体の向きを変えた。左の脇をベッドにつけて、壁のほうを向き、右の脇をベッドにつけて部屋のほうに向いた……それを何度か繰り返した。
それでも眠りはやってこない。
だからわたしは……その頃覚えたばかりだった、あの遊びを始めた。
まあその……ようするに、オナニーをはじめたわけ。
なんか文句ある?……これを聞いてるあんただってしてるでしょ、オナニー。
子どものころから、ずっとしてたんでしょ?……てか、わたしの話聞いて、オナニーしようとしてんでしょ?……いいよいいよ。
恥ずかしいことじゃないし、 誰だってやってることだからさ。
とにかくわたしは……一旦、タオルケットにくるまってパジャマのズボンをするすると脱いだ。
Tシャツの上から、まだ硬くて大きすぎるにきびみたいだったおっぱいをさわさわしながら……。
ズボンを脱いじゃって、パンツも脱いじゃってしまうと、すっごくいやらしい気分になれた。
それは日によって違うけど、その日はとってもむし暑かった、ってこともあって、ある程度おっぱいをほぐすと……Tシャツも脱いじゃおっかなかあ……って 気分になっていた。
おへそのあたりに指で触れてみると、そこが息づいているのがわかった。
その頃のやせっぽちの体型は(ありがたいことに)今も変わらない。
わたしはやはり、Tシャツも脱いじゃうことにした。
Tシャツの襟首に頭をくぐらせると、肘の上あたりまででTシャツが引っかかる。と、そこで頭にある情景が浮かんできた。
その頃、テレビで見たドラマのワ ンシーンだった。
場所は廃工場か何か。ヒロイン(当時は確か、芸能界一番セクシーで売ってた人だ)が悪い人に捕まって、手を万歳の格好で吊るされ、一枚一枚服を剥がれ て、いろいろといやらしいことをされる。悪役の役者は「ヒッヒッヒッ」とか笑いながら、言葉で(正確なセリフは覚えていない)ヒロインでいたぶりながら、 辱めていく。
わたしはしっかりと目を閉じて、辱められていくヒロインの気持ちに出来るだけ近づこうとした。
ベッドから上半身を起こし、壁にもたれて、両手首を揃えて上に上げる。
そして、太腿をすりあわせながら、自分の身体に這い回る男の手の感触を想像した。ものすごく、ぞくぞくしたのを今でもはっきりと思い出せる。
“もうこうなったら、パンツも脱いじゃおうかな……”
わたしはそのとおりにした。両手を下ろしてパンツをするすると下ろし、タオルケットとシーツのぐちゃぐちゃとした空間に、脱いだパンツを蹴りこむように 押し込んだ。
いたずらをたくらんでいるときのような、かくれんぼのときに鬼に見つかるのを待っているような、わくわく、そわそわする気持ち。もし今、この部屋に母親 とかがいきなり入ってきたらどうしよう……そんな気持ちがさらにわたしのぞくぞく、わくわく、そわそわ感を掻きたてる。
わたしは全裸のまま。ぴょん、ぴょんとベッドから床を跳ね、普段はめったに掛けない部屋のドアに鍵を掛けた。
こんな夜中だ……よほどのことがない限り、母親が部屋に入ってくるなんてことはない。
でも……わかるでしょ?これ聞いてるあんただったらわかるでしょ?
そーいう『密室』を作り出すことによって、『いけないことしてる感』がますます高まるじゃん?
わかんない?……まあいいけど。
とにかくわたしは、真っ暗な部屋の中で素っぱだかで立ち、目を閉じた……そして、またあのエッチなドラマのシーンを思い出して……両手をまっすぐ頭の上 に挙げて、手首を重ねた。
そして、つま先に力を入れて、かかとを上げる……これで、天井から吊られているイメージはばっちりだ。
「あんっ……いやっ……」
小さな声を出して、手を上に挙げたまま、太腿をすり合わせる。
こんなところ、母親とか、近所の人とか、ありえないけど学校の友達とかに見られたりしたら、ほんとうにわたしはその場で舌を噛み切って死んじゃったかも 知れない。
でも、もしそんなことになったら……とか……もしこんなの人に見られたら……とか……わたし今、人に見られると死んじゃうくらい恥ずかしいことしてん だ……とか、そういうふうに考えれば考えるほど、エッチな気分になれた。
ぎゅっと背筋を伸ばして、“背伸びの体操”のポーズをとった。
うん、そのときには、はっきりと太腿がぬるぬるするくらい濡れてたと思う。
「だめ……やめて……」小声で呟きながら、もじもじ、もじもじとお尻を動かす。「いや……」
バカみたいと思うかも知れないが、いやまったく……バカっぽかったと言わざるをえない。
そろそろ自分の手で触っちゃってもいいかな……と思って、上げた手の片方……右手を、下に降ろそうとしたときだった。
大きな手が……まるでグローブのような手が、上に挙げていたわたしの両手首を掴んだ。
「えっ?」
目を開ける……目の前に、何か壁のようなものが立ちふさがっている。
「はっ……な、なに?」
突然、あの獣じみた体臭が鼻をついた。幼稚園のときに飼っていた犬のゴローが、雨にぬれたときみたいな匂い。
目の前にあるのが、男の下半身だということに は、なかなか気づけなかった。
当たり前だ。
わたしの目の前、ほんとうに、睫毛で触れられそうな位置にあったのは、男の固くなった陰茎の先端だった。
12歳のわたしに、男の固くなった陰茎の形が わかるはずもない。
それは、わたしの握りこぶしよりもずっと大きかった。薄闇の中でも、テラテラと輝くほど張り詰めていた。
見たことがないものの存在は、理解することが できない。ただ、わたしはショックで呆然としていた。なぜ目の前にこんなものが突き出されているのか、これは一体、何なのか。どうやら、生き物らしい。なぜならその物体が、息づいて、びくん、びくんと動い ているからだ。その形状や、それが蠢いている様に対して、恐怖を抱くまでにたぶん、10秒か20秒かかったと思う。とにかく、おぞましいものであるということ はわかった。そして、その物体の根元に、もじゃもじゃの剛毛が渦巻いていること、その毛が逆三角形になって、おへそに続いているのがわかった。それは人間 のお腹だった。目の前に突きつけられた先端から下に目をやると、ブルドッグのほっぺたのようにぶらさがる、二つの大きな肉の袋……これもまばらに剛毛に覆 われている……が見える。そして、その下には丸太のような2本の脚があった。男の身体はわたしの前方の視界すべてを覆うほど大きい。 それはあまりにも大きすぎて、そしてわたしの目の前に突きつけられていたものがあまりにも醜怪だったので、それが人間の身体の一部であると理解するのに、 たぶんプラス30秒くらいかかった。
「……えっ……なに?……」
ふわり、と身体が持ち上がった。床から、自分の素足が浮き上がる。
わたしは上を見上げた……自分をかるく、片手で持ち上げたその巨人の顔を。
しかし、何も見えなかった……まったく信じられないことだが、それほど高くないわたしの部屋の天井に、その男が直立して収まっているのが不思議なくらい だった。
いや、その瞬間、わたしの部屋の屋根は、男の背丈に合わせて、『高く』なっていた。
見上げれば、天井が見える。それはいつも感じられるよりも、もっとはるか上空だ。
そして、天井付近には、夕立ちが振り出す前の雲のように、暗闇がたちこめている。
男の胸の位置くらいまで持ち上げられても、男の顔は見えなかった。
「い、いや………」
ここにきてわたしの全身に、はっきりとした悪寒が駆け巡った。
これは、夢ではない。ありえないけれど、現実だ。わたしはすっぱだかで、部屋の真ん中で中でいやらしいことを考えながらオナニーしようと考えていた。
そこを、この『大男』につかまえられたのだ。
さらにぐいっと、男がわたしを上に持ち上げた。
「いやああっ……助けて……お、おかあ……」さん、と言おうとしたが、男に抱きしめられた。「む、む ぐっ……」
裸の胸板に顔を押し付けられる。鼻腔を犯すような獣の匂い。目が痛くなるくらいの悪臭。
小さかったお尻は、痛いくらいに握り締められている。
男の手はあまりにも大きく、その頃のわたしのお尻はあまりにも小さかったので、たぶん男の手にはわたし二人分のお尻が入っただろう。
両手が自由にされた。
そのかわり。腰を封じられる。
お尻を掴んでいた手が、らくらくと……その頃のわたしの、まるで小枝みたいだった両脚を開かせた。
「えええっ???」
これから何をされるのか、そのときは一瞬で理解できた。
下を見ると、あのおぞましい器官の先端……林檎のような大きさで、つやつやしている……が待ち構えている。「い、いや、いや、いやああ あっ……!!!………うううんっっ!!!」
先端がわたしの入り口に、押し込まれていった。
信じられないけど、十二歳のわたしは、その肉の塊を自分の下の入口で受け入れた。
そのあとは、意識がない。
NEXT / BACK TOP