大男

〜あるいは、わたしのレイプ妄想が生むメタファー〜



作:西田三郎


「子供時代の最悪の思い出は?」
 〜ハンニバル・レクター


■1■ 喫煙所にて

 その男のイメージは顔ではなく、視界を覆うほどの大きな体と、息苦しくなるくらいの獣じみた体臭だった。
 わたしはその男の顔をはっきり見たことがない。その男の顔はわたしの身長よりもずっと、ずっと、ずっと高いところにあり、まるで曇りの日の東京スカイツ リーのてっぺんのように、霞んで見えないのだ。
 比喩や喩えで言ってるんじゃない。ほんとうに男の顔を見上げても、霞んでいて見えない。
 だから男がどんな顔をしているのか、わたしを犯す時にどんな表情をしているのか、怒っているのかニヤけているのか、それとも無表情なのか、それさえ知ら ない。
 そしてわたしは、男の声を聞いたこともない。

 あいつはこれまでに、わたしの人生に3度現れている。
 一番最近現れたのは、先週末のことだ。
 大学のキャンパスのはずれにある喫煙所で、わたしはいつも煙草を吸っている。
 人のいないときを選んで、この申し訳程度の雨よけの下にある、一台の設置式灰皿の前に通っている。
 もともとわたしは人と話すのが得意ではない。だから大学には友達はいない。
 先週末、もう遅い時間だった。6コマ目の授業が終わって、キャンパスの中庭の街頭にも火が灯り、人影もまばらだった。わたしはそのまま下宿に帰っても何 もやることがないので、喫煙所にいった。
 こんな時間だし、もともと学内の喫煙率はどんどん下がっている。
 学生の間でもそうだし、先生たちも煙草を次々とやめてるみたいだ。
 さらに言うなら女子学生がこの場所で喫煙しているのを、わたしは見たことがない。
 まあどうでもいい。人は人、わたしはわたしだ。

 わたしは辺りを見回し、虫の声以外何も聞こえないその静けさの中で、何か重荷でも下ろすように大きなため息をついた。そして首をぐるり、と回す。
 ゴキッ といい音がした。まるでおっさんだ。
 そして、トートバックからキャスターマイルドを取り出す。吸っているタバコも、おっさんみたいだ。
 わたしは今年で二十 歳になったばかりだが、いろいろとおっさん臭いところが多かった。
 一本取り出して100円ライターの腹でトントンとフィルターを叩き(ほんと、おっさんだ)、それを咥える。ライターで火を点け、煙を深く、深く、ふ かーーーーく吸い込んで、一気に鼻から吹き出す。
 後ろから誰かが見ていたら、わたしの顔の両脇からひゅーっと、煙が飛び出す様が滑稽だったろう。
 とても落ち着いた。
 もう一服吸って、灰を弾き落とそうと、灰皿の方を振り返ったときだった。
 目の前に、あの男が立っていた。
 ちょうど目の前におとこのへそのあたりがある。
「あっ…………」わたしは声を失い、煙草を地面に落としてしまった。「……な、なによ」
「……………」男は無言だった。これまでのように。
 わたしは、一歩下がって、男の顔を見てやろうとした。
 しかし、まるで野球のグローブのような大きな手が、わたしの両肩をガッシリと掴む。
「いたっ……」
 その手はまるで石のように固くて、冷たかった。
 そして身体ごと、前に引き寄せられる。
「ちょっと……」
 わたしは恐怖より、怒りのせいで男に抗議していた。
 この前、この男に犯されたのは4年前、16歳のときだった。最初はその8年前で、12歳のとき。
 あたりまえだが、わたしはこの『大男』を恐れていた。恐れながら、憎んでいた。
 いまに至るまで、わたしに恋人はいない。友達もいない。
 わたしは人がキライだ。男も、女も。とくに男は。
 キライなのではなく、怖いのだ。それらはすべ て、この『大男』に植えつけられたものだ。
 というか、身体に、心に、刻みこまれたものだ。これまでの2回では、わたしは恐怖でこの男に抗えなかった。罵声 のひとつも浴びせることもできず、ただ男に自由に弄ばれ、無残に犯された。
 でも、この前犯されてから4年。わたしもタバコを吸える歳になった。
 わたしは成長したのだ。大人になったのだ。
 もう、この男にただ黙って犯されるような、かよわい少女ではない。
 
 ずっと決めていた。16歳のときに犯されてからずっと。
 今度あいつが現れたときは……たとえ最終的に力でねじ伏せられ、結局は犯されることになったとしても、男がわたしを犯す前に、しっかりと罵ってやろう、 と。

 怖かった。怖かったけど、わたしはとりあえず息を吸い込んで、男に挑むことにした。
 キッと怖い顔を作った……それがどれだけ男にとって恐ろしかったのか、と言われれば自信がないけど、とりあえずそのとき、わたしは精いっぱいがんばっ て顔面に怒りを集中させた。大きく深呼吸する。
 そして、“グッ”っと男を見上げる……やはり顔は見えない。丸坊主らしい男の大きな頭が見えたが、薄暗い闇に隠されてその顔がどんなのか、確認すること ができない。
「久しぶりだね……」わたしは毅然と言ってやった。声は震えていたが、意志で言い通す。「……あんた、一体なんなのよ……また、わたしとヤリにきたの?ム リヤリ、犯そうと思ってるわけ?……バッカじゃねーの?……あたし、もう今年でハタチだよ???あんたが知ってる、かわいい少女じゃねーの よ。もう、オトナな んだよ。これまでみたいに、わたしがあんたの思い通りになると思ってんの?……ねえ、聞こえてる?……聞いてる?……それにここ、大学だよ?……ここ、勉 強するとこだよ?……あんたみたいなムリヤリ、女をヤるしか能のないケダモノは、入ってきちゃいけないとこなんだよ?……それをわかって………きゃっ!」
 ふわり、とわたしの身体が浮いた。
 ほんとうに1mくらい、軽く持ち上げられた。
「ち、ちょっと……や、やめてって……言ってるでしょ?……あんた、いったい………ひえっ!」
 そのまま、肩に担ぎ上げられる。
 男のブロック塀のような背中が見えた。わたしは男の肩の上……馬の鞍くらいあるだろう(馬に乗ったことないけど)……にお腹を載せる形で、軽く3メートルは 上空にいた……大げさに言ってるんじゃない。実際、大学とその外を隔てている塀よりも、男の肩の上は高かった。大げさに言ってるんじゃない。ほんと、落ち たら命に関わりそ うな高さだったのだ。
「な、なにすんのよっ!!」わたしはそのときになってようやく、恐怖を感じた。「……危ないじゃない!!降ろしてよ!……ってか、降ろせ!!
 わたしは脚をバタバタさせて、男の背中を叩いた。
 湿っていて、固くて、びくともしない。
 男の顔がちょうど脇腹くらいに来ているはずなのに、息づかいも聞こえてこない。
 大きさも人間離れしているけれど……その男から人間らしさはまったく感じられなかった。
「きゃっ……ちょ、ちょっと!!」
 グローブ大の手がスカートの中に入り込んできた。その手が、パンツを脱がそうとしていることは明らかだった。
 う、うそでしょ……こんなとこで……ま さか……。
「やめてっ!!……ってか、やめろ!!何考えてんだよ!!こんなのと こで……あっ……」
 ズルリ、とパンツが脱がされ、膝の後ろくらいまで下ろされる。
「やだっ!!」
 男はわたしを肩に担いだまま、ゆっくりと腰を下ろす……また、ふわりと持ち上げられた……これからされることを考えると……まわりに人がい ないことを確かめる必要があった……いや、人に見られるとか見られないとか、そういう問題ではないけど……。
 肩から下ろされると、わたしはまるで赤ちゃんが“高い高い”されるように、男に持ち上げられたその一瞬に、男の顔を見てやろうと思ったが、上空でく るり、と身体全体を裏返される。
 恐る恐る……真下を見た。
 そこにそれがあった……まっすぐ、天を目指して直立している、メタリックに光った巨 大な亀頭が。
 その大きさは……成人男性の握りこぶし分二つくらいある。それが男の毛むくじゃらの股間から隆起している。
 長さは……上空からの目視による とだいたい五〇センチはありそうだ。
 おかしい。前回よりそれは、確実に巨大になっている。
「……う、うそでしょ……」わたしは言った。「そ、そんなのムリ……だって……ねえ……ちょっと……あっ!」
 ゆっくり身体が下降する……そして……スカートの中ですっかり怯えきっていたわたしの入口に、その禍々しい凶器の先端が触れた。

「だ……だめ……やめ…………てっ………んんんんんっ!!!
 ぎゅうう。その先端の上に座っている感じだ。大男が、右手でわたしの肩を、左手でわたしの腰をしっかりと掴み、わたしをねじ込もうとする。
 あまりの激痛 と衝撃に、気が遠くなる。
「あっ……かっ……はっ……む……ムリムリムリムリ……ムリっ!!…… はああっっ!!」
 信じがたいことだが、その凶悪な物体は非常に柔軟性があるのか、それともわたしの入口のサイズギリギリ一杯まで収縮するようになっているのか……だとし たらとても器用 なことだけど……入口を精一杯押し広げながら、中に侵入してきた……息が止まった。もう、人が来たらどうしようとか、余計なことは考えないようになった。
 “こ、こ、殺される……し、し、死んじゃう……”
 それしか頭になかった。でも、わたしの身体は、ぐいぐいとその肉塊を飲み込んでいく。
 そして、これ以上進めない、というところまでくると、男は掴んでいた肩と腰の力を緩めた。
 そのせいで……わたしは自分の全体重をこの身体の奥で受け止 めることになった。
うああああああっっ!!」大きな声を出してしまい、思わず自分の口 を自分の手で塞いだ。
 ぎゅ、ぎゅぎゅぎゅ、と身体の奥で肉が軋むのが聞こえる。
 身体が凶悪な侵入者に対抗するため、わたしの意思とは関係なく、当てずっぼうにそれぞれの器官を活性化させて問題に対処しようと試みている。
 思考は乱れる……あまりにも非現実的な ことが起こっているということは知っている……しかし、わたしが今、全身で感じているこの感覚は何なんだ。
 現実じゃないか。
「あうっ……うあっ!……あっ!!
 男に揺さぶられ始めて、わたしは声を上げていた。
 突き上げられるものすごい圧迫感。わたしの膣の奥に男の先端が押し付けられ、そこにわたしに全体重が掛かっている。
 もう逃げようがない。身体は逃げられないので、感覚はすべて声になって唇から出て行こうとする。
 さっき、声を出してしまった。でも、一度出てしまった声を引っ込めることはできない。
 これ以上は……これ以上は、絶対声を出すまいとくっと歯を食いしばる。
 そして男の顔を睨みつけようとする……しかし、さっきよりは近いはずなのに、男の顔は見えない……そこには黒い靄が掛かっている。
 男は自分で腰を動かさずに、ゆっくり、ゆっくりとわたしを揺さぶり続けた。
「うっ……くっ………あうっ………あっ…………くううっっ……!」
 男の胸に顔をうずめて、自分でしがみついていた。
 男には体臭がない。
 わたしは声をあげていた……そして、涙を流していた。
 上からも下からも。
 
 ちょっと下品だっただろうか?
 
 わたしは揺さぶられ続けながら、この大男との出会いを思い出していた。


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