詳しいことは知りませんが
作:西田三郎

タッチ・オブ・ザ・ナイト
 
 映画の音声の女の声が、フェードアウトして消えた。
 あたしは数人に抱え上げられて、一団高いところに挙げられた。多分、さっきまで映画のスクリーンがあった、ステージの上なんじゃないかな。え…と思ったけど、もうあたし、躰のほうがえらいことになってたからさ、特に恐怖とか不安とか、逃げなきゃって思いは完全になくしてたね。
 
 さっきの静かな声の男が、マイクで話しはじめる。
 
 「………………さて、皆様。お待たせいたしました。皆様のおかげで、今日この余興にご参加いただいた彼女も…………その全身で”を受け入れる準備ができたようです。……………………さあ、今宵はクリスマス。…………………これからは皆様にこの“ショー”をご覧いただくわけですが……………………これは本日、クリスマス・イヴにお集まりいただいた皆様にだけお見せする特別版です……………………これまでに皆様は、様々なお集まりの場で…………日の光の元で暮らす人々が想像もつかないような様々な淫靡を、ご覧になってきたことかと思われます……………しかし……………大変失礼ながら……………皆様のうちどなた様ひとりとして…これ以上いかがわしく淫らな見せ物をご覧になられた方はいらっしゃらないでしょう。………………昨年度は一匹…いや、ひとりだった主演俳優の彼にも、兄弟ができ…………(会場から、“おお”と声)、本日の舞台を飾りますのは彼ら2匹……………いや2人と……………………そして先ほど皆さんからの心のこもった愛撫を全身に受け、その身体にうっすらと脂のぬめりを乗せた、このお嬢さんです!!彼らと彼女が渾然一体となって絡み合い、快楽を紡ぎ出す様を、心ゆくまで愉しもうではありませんか!!!」
 
 拍手と歓声。余興?…最高に淫ら?…一匹?…ひとり?…今年は2匹?…絡み合う…何のこっちゃ?
 からだがふっと暖かくなったような気がした。多分スポットライトでも当てられたんじゃないかな。
 
 これからあたしは何をされるんだろう?
 それでどうなっちゃうんだろう?
 
 あたしはどきどきしていた。殺されちゃうんだろうか?とも思ったけど、なんかもうどうでもいいような気がした。すごいね、クスリって。そこまで投げやりにさせちゃうんだから。
 やがてあたしは手と足をそれぞれ別の男(両方ともすごくごつごつした手をしていた)に持ち上げられて…何かの箱みたいなものの中に入れられた。…多分、ガラスで出来た、水槽みたいなもんじゃないかな。見えなかったから確かなことは言えないけど、そうだな、電話ボックスくらいの広さで、高さはその半分って感じ。あの、手品とかで人を箱に入れて、外から刀をつぎつぎと刺してくやつがあるじゃん。たぶん、あんな感じの箱で、それがガラスでできてる感じだったんじゃない?底にぺったりお尻をつけて座り込んでると、頭のすぐ上が天井になってるくらい狭くてさ。裸のお尻や背中に当たったガラスが、冷たかったのをよく覚えてる。
 
 間違いなく透明で、劇場の連中全員があたしを観ることができるようにしてあったんだろうね。
 でも、もうあたしさんざん触りまくられて、突然やめられて、とんでもない状態だったからさ、恥ずかしいとかは特になかったよ。
 
 さて、あたしはどきどきしながら何かが起こるのを待ってた。
 会場はしん、と静まりかえっていたけど…やがて…何か押し車が近づいてくるような音がした。
 会場から「おお」とも「ああ」ともいえない感嘆の声が聞こえた。あたしは視覚以外の全神経を集中して、何が起ころうとしてるのかを感じとろうとしていた。まず一番研ぎ澄まされたのは、聴覚だったね。
 
 遠く…遠くから、でも確かに、フー…、フー…、フー…、フー…と、辛そうに呼吸する音が聞こえた。
 これは吐息だ。そう、さっき、映画の中でも聞こえた音。そう、溜息のようなあの声だった。
 そしてぴちゃぴちゃ、ぴちゃぴちゃと水槽の中の魚がはぜるような音。
 
 と、会場がどよめいた。何だ?と思ったら、あたしひとりですでに満員状態のその水槽の箱に、それが落とされた。あたしはそれを、ひざで受けるような形になった。それはあたしのひざの上に、びちゃっと広がった
 
 「ひっ……?!」
 
 それはものすごく、生臭かった洗っていない金魚鉢の匂いだ。
 あたしは一瞬にして、ウッ、と気持ち悪くなった。
 何だろう、これは…?
 大きさは、ビジネスホテルの部屋に置いてあるくらい。全身がヌメヌメと濡れていた。
 そして何よりもそれは、…呼吸して息づいている。。
 
 フー…、フー…、フー…、フー…、

 と一定間隔に生臭い息を吐き、その度にひざの上のそいつの全身が、伸び縮みする。

 「…や……」あたしは声も無かった。何なんだ、これは。っていうか、これ生きてるよ!!

 …は虫類か何か…?ヘビとか、トカゲとか?
 あたしは結構そういうのは平気なほうだが……ああいう生き物はこんなにヌメってはいない
 そいつはあたしの膝の上からおへその上を這って、あたしのお腹を登りはじめた
 「…いっ……?!……い、いや!!」あたしはさすがに…そいつを引き剥がそうとした。
 その表面はぶよぶよしている。ゆっくりと這い上がる動きはまるで蛞蝓のようだ。
 賭けてもいいけど、そいつの躰には骨というものがない
 …タコ……?
 多分違うだろう。生きたタコを膝の上に載せたことがないから分かんないけど。
 タコみたいに、そいつの体はぬるぬるとヌメっていた。全身を、ぬるぬるした体液に覆われている。全体的に冷たかったので、さっきまで水を張った水槽かなんかに入れられてたんじゃないかな。でも、タコはこんなに大きくないし枕のような形はしていない。イカでもなさそうだ。
 じゃあ、なんだ?
 でかい蛞蝓ウミウシとか…?
 そうなるとあたしは自分の目でそれを見たことすらない。だから、そいつがウミウシとかそのへんの生き物の一種である可能性は捨てきれないね。多分、ウミウシにお腹を這い上がられたことのある人ならわかるかも知れないけど、本当にそれは鳥肌が立つくらい気持ち悪かった。
 
 でも…多分だけど、それはウミウシではないと思う。
 
 では何なのかって……? さあ……?あたしにも未だにそれが何なのか判らない
 
 とにかくそいつから逃れようと、あたしはガラスケースの天井に這い上がった。でも…手で天井を探ったけど、いつの間にかフタをされてたみたい。ところどころ空気穴らしいものの開いた上蓋がぴったり天井に填っていて、とても出られそうにない。あたしが泣きそうになった。こりゃ、いくら一晩50万でもひどいよ!!
 

 すると…そいつの体がくにゃっ、と伸びた。
 「ひっ…?
 そいつの一部が、あたしの右の乳首に吸い付いた。
 それだけじゃない。胴体(?)部分はお腹のところにくっついたままだけど、その下のほうからまた触覚か口か脚みたいなものが伸びて…あたしの脚の間に入ってきた。
 「な……なに?…………や、いや」
 何なんだろうさっぱりわからない。でも乳首にくっついた部分には小さなヒダがいっぱいあって、もぞもぞと蠢きはじめる。それで、脚の間に入ってきたやつは、信じられないけどあたしのあそこを這い回りはじめた。そっちにも、なんかヒダヒダのいっぱいついた…口みたいなものがあった。
 「……あっ………いっ………やっ………んっ…
 どうやらこの水槽の中にはマイクが仕込んであるらしくて、あたしの出した声が場内いっぱいに響き渡ってるみたいだった。それに気付いてはっとして声を抑えようとしたけど、一度出たものは、なかなか抑えられなかった。だって…なんだか知らないけど、それが出した触覚みたいなものが、あれよあれよという間にいっぱい伸びて…あたしの躰のいたるところに吸い付きはじめたから。
 「やあああっ……いやっ………ちょっと……これ、何?………やっ………んっんっ……んんっ…」
 そいつはあたしの躰の上で、倍以上の長さに伸びていた。

 いつの間にか、左の乳首も吸われていた。首筋にも、にもそのヌメヌメした触覚が当たった。左の耳は耳たぶをそれに吸われて、右の耳の穴にはそれが直接入ってきた。脇の下にも、脇腹にも……それに脚の間に入ってきたのは一本じゃないみたいだった。一本は器用にあたしのクリトリスに吸い付いて、2,3本はあたしのあそこの中に、…そしてさらに伸びた細い一本は、なんとあたしのお尻の穴を狙ってきた。
 あたし、箱の中でどんな格好してたんだろう。
 中腰になって、おっぱいを正面の壁に押しつけるような格好だったっけ。
 おっぱいを押しつけてるのが観客席側の壁だったかも知れないけど、もうそんなこと気にしてられなかった。
 ほんとうにわけもわからないうちに…そいつはあたしのいたるところをり、攻めてくる。
 
 「……いやっ……やっ………やめ………って…………ちょっっ…と……あ、あ、ああ…あっ…!
 
 信じられないでしょ?
 そいつが何だかはさっぱりわからないけど、そいつがあたしを気持ちよくしようとしてるのだけははっきりと感じだね。そのヌメヌメ・ブヨブヨした奴に知能があるとはとても思えない…でも、なぜかそいつはその方法を知ってて、しかもねっとりといやらしかった。……でもほんと不思議。それで一気にクスリもタバコの効果も醒めるかと思ったけど、全然そんなことはなかった。むしろ、だんだん頭が輪を掛けてぼーっとしてくる感じ。
 あたしはその、何だかわからないやつに体中を嘗め回され、吸われ、いじり回されて…実際に気持ちよくなりはじめてた
 
 「……………くっ……ん」出てくる声を堪えようとしたけど、無駄な努力だった。「……くっ………あ………んんっ……あっ……くっ……いやっ……あ、ああ…………」
 
 情けないけど、馬鹿みたいに喘いじゃった。胸は破裂しそうなほどどきどきしていたし。
 そいつはさっきと同じで、フー…、フー…、フー…、フー…、と息をするばかり。
 どこが口で、どこから息してんのかも判らなかったけど。
 
 するとさっきマイクでしゃべってた男が、“観客の皆さん”に言った。
 
 「…さて、今夜のお嬢さんのことを、“”はたいへん気に入った様子です(場内から笑い)…………どうやら彼女のほうも同じく……皆様お聴きのとおり……たいへん美しい囀りを漏らし…その悦びを表しています………今夜の二人はいつになく相性が良いようです(場内から笑い)………………それでは皆さんお待ちかね…………………………………ここからは新しくできた“彼”の兄弟が登場します…兄弟の大きさは何と“彼”の2倍!!おお、とざわめき)…………2匹の…いや、二人の“彼”の真心からの愛撫に、果たして彼女は生還できるでしょうか……?!
 
 拍手と歓声、口笛…。

 え…?そんな……。

 あたしはめちゃくちゃにされながら、思った。
 これがもう一匹?……そんな、おかしくなって死んじゃうよ。
 

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