詳しいことは知りませんが
作:西田三郎■マッド・フィンガーズ
「や、や、や…いや……いや………やめて……おね………おねっ……が…い………ひいっ!!」
画面の中では、何かとんでもないことが起こってるらしい。
「いやあああああああっっ!!」
女の狂ったような悲鳴が、劇場内に響き渡った。デジタル・ドルビーっての?あの音が後ろからも前からも聞こえるやつ。アレみたいだった。左の後からは、例のぴちゃぴちゃ、フーフー言う音。
右前からは女の悲鳴と泣き声。
あたしは、何度アイマスクを外そうとしたかわからない。でも外さなかった。
そういう約束でお金を貰ってたってのもあるけど、正直言って怖かったんだよね。
なんか、アイマスクを外すと、絶対観てはいけないものを観てしまいそうで。
それを観ちゃうと、もう二度とこっちには帰ってこられないような気がして。
「あっ………あっ……いやっ……………い、いやあっ………あ、あ、あ………ああ……」
不思議と女の悲鳴は落ち着いて……非常にゆっくり…なんだか色っぽいトーンに、戻っていった。
うん、やっぱり聞いたことのある声だ、とあたしは確信したね。
それに、現実の世界に居るこっちもなんか妙な雰囲気だった。
右隣に座ってる奴があたしの右太ももを、左側に座ってる奴が左の太ももを、そろそろとなで上げていた。そして、スカートを捲り上げようとする。
「え…なんですか、これ…ちょっと……あっ」
後の席から伸びてきた手が、ブラウスの上から胸を掴んだ。そしてゆっくりと捏ねた。
「え……やだ…ちょっと………」映画の中の女と同じような声を、あたしも出していた。
気がつくと、あたしはたくさんの吐息の音と匂いに囲まれていた。あたしが居眠りでもしてたのか、この劇場の絨毯があまりにふかふかで音がしないからか、おそらく劇場中に居る人間全員が、あたしの周りに集まってたんじゃないかな。そう思うと、背筋がゾクゾクした…ふつうだったら、めちゃくちゃ怖いとこなんだろうけど…今思い出しても怖くなるけどさ、そのときは何故か、怖くなかった。不安はあったけどね。これから何されるんだろう…って。でも、いろいろ飲まされたり、吸わされたりしたせいだろうね、パニックになって、逃げ出そうと思ったり、目隠しを外そうとは思わなかった。多分飲まされたものもタバコも、あたしがそういう気分になるように特別に調合されてたんじゃない?…よく知んないけどさ。
「やあああっ………あっ……いやっ…………………あ、あ、あ………ああ……」
声を上げてるのはまだあたしじゃない。映画の中の女だった。でもあたしにとっては映画の中も外も変わりはない。躰に触れる指はそれぞれ別物だけど、それぞれが統一された意思を持っているかのように、あたしをなで回した。連携プレイってのかな?いや、そんなんじゃなくて、ほんとにたくさんの手を持った一匹の生き物に全身を撫でられてるってのかな。とにかくそんな感じだった。
最初は服の上からあたしのおっぱいや太ももやお尻をなで回してた手たちは、合図をしたみたいに別の動きに移った。一斉に…あたしの着ていた服を脱がせはじめたんだ。
このあたりが思い出したら一番やらしいね。
なんか、…ああ、脱がされてる…ってのは頭で判ってんだけど、心は落ち着いてて、脱がされる自分を客観的に観てる、みたいな。
スーツのジャケットがするりと肩を外れて、皮を剥かれるみたいにパンストが脱がされて。あっという間にスカートも脱がされちゃってさ、太ももや脹ら脛やら、そこにまた指がたくさん集中してくるわけ。
あ、やばい、このままじゃ全部脱がされちゃう、って思ってたら、ほんとにそうなってさ。ブラウスなんか、前をバリッと引き裂かれるわけ。
「あっ…」ってそのときはじめてそんな声だしちゃった。
ボタンも飛ぶ飛ぶ。ふつうだったら怖くなるよね。でもそのときはあたしもなんか暢気になっちゃって、まあバーゲンで買ったやつだしいいか、この一晩で50万円貰えるわけだし、とか思ってんの。…いや、それだけじゃないかな。なんかそんなふうに、プレゼントの包みを一枚一枚剥がすみたいに服を脱がされていくことに、かなり亢奮してたよね、実際。
ブラウスも剥がされてどっかに行っちゃった。
ブラも外されたよ。一体何人がかりっで後のホック外したのかね。あっ、外れた、と思った途端にすぽっと腕から抜かれて、またこれもどっかに行っちゃった。
周りから「おお」ってなんか感嘆のこえが聞こえるわけ。
ほら、あたし、乳大きいから。
残るはパンツだけだよね。ああ、今あたし、沢山の男の人に取り囲まれてる中でパンイチなんだ、っと思ったら、なんか全身熱くなっちゃってさ。自分でも息が荒くなってんの。ヘンだよね。
ここで、なんか皆んなをさらに亢奮させてみたらどうなるかな?。
あたしはそんなヘンなことを思いついた。
「…いや…」わざとそんなしおらしい声出した。
あと胸、両腕で抱えるように隠して、座ってる座席に潜り込むようにして躰を隠したんだ。
まだ映画の中の女が、気が狂ったように喘いで、わめいていた。
「あああああああああああああああっ………あっ……ひいいいいっっ…………………あ、あ、あ………やああああっつ…ふっ、ふっ……いやああ…あ、あ、……いい…………いい………………おかしくなっちゃう……………あっ……やああああっ…………もっと…………そこ…………」
ホント、どっちなんだよって突っ込み入れたくなる感じ。
でもあたしが座席で身を丸めて躰隠してみたら、これがすっごい効果挙げたんだな。
あたし、ふつうにセックスするときもたまにこれやんの。相手、すっごく亢奮するよ〜…。なんか両手で隠してもあたしの乳、隠しきれないでしょ。そのへんに男の人、亢奮するみたい。
別に自慢してんじゃないよ。
もう手が、何十本、何百本……てのはちょっと大げさか。でも実際何十本もの手が、あたしの躰に殺到してきた。それぞれに、指が5本ずつついてるわけでしょ。
だから、ほんとに無数の指が、あたしの全身を這い回った。
「………あっ………やっ……やだ……」とか言ってみせたけどさ、それでまた亢奮させちゃった。
あっという間にパンツが脱がされたね。
そう何十人もの男に囲まれて、あたしはもうパンゼロ。全裸よ全裸。
目隠しされてるとさ、あたしが今、どんな状態かってのが、すっごく客観的に頭の中で思い描けるんだよね。何本かの手があたしの両手首をとって、万歳するみたいに頭の上でまとめてた。両側の膝はそれぞれ左右数人ずつに押さえられてさ、思いっきり左右に広げられてんの。
髪の中も、頬も、唇も、耳たぶも、首筋も、鎖骨も、乳房も、乳輪も、乳頭も、鳩尾も、脇腹も、おへそも、下腹も、太ももも、膝も、臑も、膝の裏も……とにかく、あそこ以外の部分全部に、誰かの指が触れて、それぞれ思い通りに動いてた……なんか躰も持ち上げられて、少し浮いてたみたい。なんか、魚がイソギンチャクに躰を掃除してもらってるみたいに…何百本の指があたしの躰中を這い回ってるわけ。それでさ…そこに一体何人いたのか知らないけど、全員がそう示し合わせてたんだろうね。誰も、あたしがその時一番触ってほしいとこには触ってくんないんだな、これが。
「………あああっ…ん……………あああっ……やっ…………んんんっ………あ、ああああっ…」
いつの間にかあたしも、映画の中の女に負けないくらいの声を出してた。
もう、本当に、おかしくなっちゃいそうだったね。あんなふうにされたこと、なかったもん。あたしの躰を這い回ってる指は、ますます露骨に動いた。顎をつかまれて、口を開けさせられると、何本かの指が口の中に入ってきた。あたしはそれにバカみたいに舌を絡めた。耳の中に入ってくる指もあった。脇の下をくすぐるみたいになぜられて、左の乳首は指で弾かれ、右の乳首はつねるようにして強く転がされる。それぞれほかの手が、両方の乳房をもみ上げてる。お腹をなでられて、おへそにも指が入ってくる。お尻の肉なんて何人がかりで揉まれてたかね。脇腹は擽られるし、脚の指はそれぞれ別の誰かに舐められてた。
本当によくぞここまでって感じで嬲られちゃった。
あたしまるでおしっこを漏らしたみたいに濡らして、口からも涎出してた。
あんなに自分がやらしくなれるなんて夢にも思ってなかったな。
「…………あ、あ、………おね……がい」あたしは言った「ねえ、……ちゃんと……触って…」何言ってるんだろうって思ったね。バカじゃないの、あたしって。
でも、それを合図にして、わたしを嬲りまわしてた数百本の指が、潮が引くみたいにさっとあたしから離れたんだ。あたしは、ふかふかの絨毯の上でぐったりと大の字に寝転がった。「……え……あの……何で…?」思わず声に出してそう言ってた。
辺りはしんと静まり返った…吐息も聞こえるし、数十人の男の視線が相変わらずあたしの全身に絡みついてくるのを感じたけど…あたしは汗まみれで火照りまくった躰のまま、そこに置いてけぼりにされた。
「……んんんっ………あ、あっ…………ああ…あっ…ん……………あああっ……やっ……」
喘いでいるのは映画の中の女。それでその声が誰の声なのか判った。
さっき、あたしが通された待合室に居た、あの訳知り女の声だった。亢奮した?…でも、こっから先は…さすがにちょっと信じらんないと思うな。
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