インベーダー・フロム・過去
作:西田三郎

「第14話」

■はずかしい夢の続き

 奇跡的なことに、わたしは昨日の朝、会社に電話を入れてズル休みしていた。
 体調が悪いとかなんとか言って。多分それからどこかでお酒を飲み始めたのだろうけど、それにしても自分がそんなにも律儀だとはおもわなかった。一昨々日もわたしは同様の理由で会社を休んでいたので、上司からいい顔はされなかったが、へんに疑われることも無かった。
 まあ、他人がどんな理由で休もうとわたしだって気にしないが。
 二日酔いで頭も痛かったけれど、頑張って定時まで仕事をした。
 帰りの電車の中で、公一のことを思った。

 いま、どこに居るのだろうか。
 今晩は帰ってくるのだろうか。
 
 ひとりの部屋に帰る。いつもわたしのほうが帰ってくるのは早くて、公一が居ないのは普段どおりなのだが、何故か今日は灯りのついていない部屋と公一の不在が、よりはっきりと伝わってくるようだった。部屋の中はいつもより暗く、静けさはわたしの全身を刺すほど研ぎ澄まされていた。
 そういえば。
 鞄の中を探った。記憶どおり、写真が入っていた。
 記憶どおりに、表にはまだ髪を短くしていた頃のむかしのわたしが、上半身裸で胸を隠して立っている姿が映っている。そして裏にはこれまた記憶どおりに、赤のボールペンでこう書かれていた。
 
  “1997年8月15日 またあおう かこより”
  
 “侵略者”からのメッセージだった。
 やってくれるじゃないの、とわたしは思って、自嘲的に笑った。
 確かに、ほんとうにめちゃくちゃに侵略されちゃった
 公一の目の前で辱められて、久しぶりにべろべろになるまで酔っぱらって…そして、誰だかわからない相手(“侵略者”=「島原」氏?)とやってしまった。そしてわたしはそれをまるで覚えていない。
 残ったのはふたつの謎“シラハマシマハラ”と公一のネクタイ
 
 
 恐ろしいことだけども、またお酒に手が伸びた。帰り途の駅前のコンビニで、スーパーニッカの安いウイスキーを買っていたのだ。フタを外して、流しにあったコップに注ぐ。ウイスキーは期待どおりの色をしていて、期待どおりの匂いがした。口に含む。期待どおりの味と、予想外の喉への刺激。少しむせた。そういえば声が枯れていたんだっけ。会社ではほとんど誰とも口を効かなかった。 
 気を取り直してもう一口。強いアルコールに口の粘膜が麻痺して、さっきはしびれた喉も容易くそれが流れ込むのを受け入れた。
 まったく不思議なことに…一口飲むたびに、やるせない気持ちや悲しい気分、どうしようもない不安が塗りつぶされるように解けていった。公一のことも考えなくなった。気がつくと、眠っていた。
 
 わたしは夢を見た。いつも見る、あの恥ずかしい夢の続きを
 
 蒸し暑い小屋の中。わたしはとてもみっともない格好で壁に手をついてお尻を突き出している。
 ブラジャーとTシャツは胸の上までたくし上げられ、ジーンズとズボンは足首まで降ろされている。男の手が下向きになったわたしの胸を揉みこみ、前に回ったもう片方の手は、探り当てたクリトリスを転がしている。
 あたしは声を押し殺している。狂ったみたいに叫びだしたい気分。
 子どもの頃、かくれんぼをして、物陰で鬼が自分を探しているのを待っている気分。
 「んんっ…」わたしはさらに腰を高くあげる。
 「いいか?」男が聞く。夢の中の声は、あの“侵略者”の声である。
 「入れて…」わたしは夢の中でもう何度も何度も繰り返したセリフを絞り出す。
 男の先端が、ちょん、と触れる。全身に鳥肌が立って、お尻はさらに高く持ち上がる。
 男がぐいっと熱い先端を押しつける。…わたしはそれを迎え入れるように男の先端にお尻を押しつける。
 
 いつもは、そこで目が覚める。
 しかし今日は覚めなかった。
 
 入ってきた。はちきれんばかりになった、男の熱い肉棒が。
 わたしの腰が一秒でも早くそれを味わおうと、さらに高く持ち上がる。そして自分で押しつけていく。
 押し広げられ、ねじこまれていく感触。思わず息が止まり、目をきつく閉じる。
 こめかみから汗がひとしずく、ふたしずく流れ落ちた。
 男は中ほどで止まっている。そのまま、動かそうとしない
 「……い……いれてよ」わたしは首を絞められているみたいな声を出す。「ね…ねえ。ねえったら……お……お願い」
 「…焦るなよ」男も押し殺した声でいう。そして意地悪に、中程まで入っていたものを入り口あたりまで引き抜く。
 「やあっ……」わたしは本当に泣きそうになって、慌ててお尻を押しつける。しかし男は逃げる
 「……やっぱさ、伊佐美ちゃん、飲んでるほうが感度上がるの?」
 「…ん……」その時のわたしには死ぬほどどうでもいい質問だった。「……入れてってば」
 「……しょうがないなあ……」男が胸を揉む手も、前をまさぐる手も休める「ほれ
 「ふはっ……………あ!!」フェイントをかけられて、わたしは悲鳴を上げた。
 一気に、根本まで突き入れられる。わたしの体内の肉が、反射的にそれを締め付けるのがわかった。
 「……す………すごい………よ、伊佐美ちゃん……すごく、締めてる」
 「……つ……突いて……」あたしは背中から腰、腰からお尻へと躰を波打たせた。
 男が動き始めた。いちいち根本あたりまで引き抜いて、奥まで突き入れる。その繰り返し
 男はだいぶ余裕があるのか、自信家なのか、じっくりといじましくわたしの躰で愉しむつもりらしい。わたしもおおいに愉しんでいた。引き抜かれるたびにお尻でそれを追い、押し込まれるたびにお尻で円を描いてその形、感触、熱を味わう。
 そう、そのときわたしは酔っていた。
 酔っぱらうと、自分でも信じられないくらいやらしくなった。
 こんなやらしさが自分の中で眠っていたのか、と自分でも呆れるくらいに。
 非常にスペクタクルかつ難解な夢を見てしまったときに、自分の中にそんな創造性と想像力があったことに驚くみたいに、わたしは自分のやらしさを求める本能に感服した。
 「…あっ……あっ……あああっ……んっ…んっ……んっ………くっ……あっ……」
 口の中に指を入れられた。昨日の朝の電車で“侵略者”にされたみたいに。
 いや“侵略者”がこの夢に倣って、そういうことをすのだろうか?
 その夢を見ている間は、そんな些末なことはどうでも良かった。
 わたしはその潮の味がする指を舐めた。そして突きまくられた
 「……ああんっ?!………やっ……」と、急に男は、わたしを後ろから突くのを止めて、引き抜いた。わたしはなかば殺気だって、男に追いすがった「やだ……抜いちゃ…」
 「そんなにガツガツするなよ」男がわたしを正面に向かせて、手を取った「ほら」
 「ひっ……やあっ……」
 びちょびちょに濡れて息づいている肉棒を握らされた。そしてそのまま上下に扱かされる。その表面を、わたしの掌が滑った。わたしの出した潤滑液でべとべとになっていたから、とても滑らかに手を動かすことができた。わたしの淫らさを糾弾するように、それはぴちゃぴちゃと派手な音を立てた。
 「ほら、こんなになってるよ」男が耳元で囁く「やらしいね、伊佐美ちゃん」
 「ん……」わたしはしっかり目を閉じて、勝手に手を動かしていた。「…や…」
 「……もっと欲しい?」男がまた囁く。
 わたしは声を出さずに大きく頷いた。
 「じゃあさ、おれのお願い聞いてくれる?」男が言った。

 わたしはまた大きく頷いた。
 どうせ、男はしゃぶってくれとかおっぱいで挟んでくれとか、そういうくだらないことを要求してくるのだろう。でも、何を求められても…例えば、今から小屋の外に出て、空き缶を10コ集めてこいといわれても、わたしはそれに応じたかも知れない。
 それほどまでにわたしは亢ぶり、追いつめられていた。でも男はとても意外なことを言った。
 「……おれのこと、忘れない?」男が言った。「酔いが醒めても、忘れない?
 「…え……」わたしははじめて目を開いて、間近に男の顔を見た。
 
 どうという特徴のない、薄い顔立ち。不抜けてはいないが、馬鹿正直そうな善良な男の顔。細面で、少し無精ひげが生えて、目はどろんとして何か悲しげだった。
 
 「……忘れないよ」わたしは言った。
 男は笑って、わたしの左足首を足首に絡まっていたジーンズから抜くと、そのまま足首をひょいと持ち上げた。
 「えっ?」わたしは躰が柔らかい
 男はわたしの左足の膝の裏を右腕で抱えて持ち上げ、大きく脚を開かせた。わたしはバランスを崩しそうになったが、背中を壁に押しつけられているので転ばずに済んだ。大きく開かれた脚の間に、男の左手の指が触れた。たやすく陰核をみつけた男は、それをやさしく擦る。
 「……や……いや……やだ…………こんなの…………………んんっ!!!」
 また入ってきた。今度は一気に根本まで。
 男はさっきみたいに意地悪に動きはしなかった。全力で叩きつけるようにして、わたしを攻め立てた。
 わたしは左脚を持ち上げられたまま、両腕を男の首の後に回して、すぐさま反対のことを言った。
 「…あっ…あっあっ……ああっ………あっ……いい………いい………もっと、ね、もっと……」
 「そ…んな……に声…出した……ら、外まで……聞こ…えちゃ…うよ」男が途切れとぎれに言う。
 「いいの、もう……あっ………もういいの………」わたしは本気だった。
 「……どうせだったら、この小屋のドア……開けちゃう?それで、みんなに……見て貰う?」男が耳元でまた囁く「……そのほうが、亢奮するでしょ、……伊佐美ちゃん」
 「ばか……だめ……そんなの……あっあっ………あっ…………あっ、あ、あ、あ、あ、あ……」
 わたしがさらに締めはじめたので、男は終わりが近いことを悟ったのだろう。めちゃくちゃに激しく、速く腰を叩きつけてくる。わたしは何も見えなくなって、男の首にしがみついていた。
 「……あ、あ、あ、…………………あ…」背骨が折れそうなくらい引きつりながら、わたしはいった。
 男は慌てて引き抜くと、わたしの内ももに、焼けそうに熱いのをかけた。
 「忘れないでね……」男が呟いた。
 わたしは壁にぐったりともたれたまま、声も出せず、頷いた。
 
 さて、どうすればこの男のことを忘れないようにできるだろうか。
 

 多分、酔いが醒めたら、このことをわたしはすっかり忘れてしまうだろう。
 でも、ものすごく良かったので……わたしとしても忘れたくなかった。
 何かを関連づけて、頭の中に入れなくては。
 
 シラハマシマハラ
 
 そう声に出した自分の声で、わたしは目を覚ました。
 もうすっかり夜も更けている。
 後で気がついたのだが、かなり濡れていた
 
 結局公一はその晩、帰ってこなかった。
 

 <つづく>

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