監禁の追憶
作:西田三郎「第4話」 ■担任より
その日の放課後、わたしは佐伯比奈子と二人きりで、向かい合って座っていた。
窓から入ってくるいやに色の強い夕陽が、比奈子の美しい顔の造詣をさらに際立てているようだった。
比奈子の目の色は薄く、真っ直ぐ見据えられていても、わたしのことなど眼中にないようだ。
わたしは12年、この学校で教師をやっている。
そして、そのキャリアの中で最大の難関を目前にしていた。
これまでの教え子の中に、佐伯比奈子のような児童はいなかった。そして当然、彼女のようなひどい・経験をした児童も。わたしはそれから逃げるわけにはいかなかった。
だからその日、意を決して佐伯比奈子に声を掛けた…………あくまで、教師としての職業意識から。
「いつも、一人でいて、あまりクラスの誰とも話をしてみないようだけど……」まず口火を切ったのはわたしのほうだった「……少し心配になってね」
「……キヨちゃんとは話をしてますよ」と比奈子。どこかだるそうな、上の空といった話し方だ。
あの事件が起こる前からこうだったのか、それともあの事件以来こうなったのかはよく判らない。
「どんな話をするんだい……?」
「どんな話って……」そう言って比奈子は目を伏せ、拗ねたような表情を浮かべた「べつに……なんにも。ふつうの話です」
「家に帰ったら、ご両親ともお話してる?」
「……ええ、ふつうに」比奈子はしきりに髪に手をやる……いかにも退屈そうに。
「どんな話をしてるんだい?」わたしは出来る限り平静を装って離した。額から汗が滲みだしていた。「……よく、話合えてるかい?」
「………」比奈子は答えなかった。そして、何か様子を伺うように、わたしの目を覗き見る。「……何を?」
一瞬、薄い比奈子の目の中に、何かの影が過ぎった気がした。恐らく気のせいだとは思うのだが。
暫くの間、沈黙が続いた。恐ろしく気まずい沈黙だ。わたしにしてみれば、それは拷問だった。
何かこの沈黙を破るために言葉を発したかったが、頭の中にひしめく思いは、上手く論理的な言葉としてまとまらない。比奈子は薄く笑っていた……いや、これは本当だ。わたしの態度から、息づかいから、額に浮いた汗から……彼女は確かに何かをつかみ取ったのだ。
「……あの……先生?」比奈子が机に身を乗り出して囁いた「やっぱ先生も、聞きたいの?わたしがあいつに何されたか」
「……え……」あまりに意外な比奈子の言葉に、わたしは言葉を失った。
「……聞きたいんでしょ?どんなこと、あいつがわたしににしたか」
「ば……」わたしはしわがれ声を出していた「馬鹿なことを言うんじゃない……」
比奈子はそのまま大きく机の背もたれに身を投げ出して、伸びをした。丈の短いTシャツから、比奈子のへそが見えた………へそくらいなんだ。どうってことない。最近の女子のTシャツは丈が短い。へそくらい、毎日いやというほど見ている………しかし……比奈子のへそは違った。そう、その他の児童が無意識に見せるそれとは、まったく違う代物だった。比奈子は、わたしにわざとへそを見せたのである。
比奈子の頭の中で、わたしはどうしようもなく安っぽい男として見積もられはじめていた。
「……あのさ、あいつ、わたしの服を全部脱がすと、こんな風に手と脚を縛ったんだ。」そういって比奈子は左右の手と脚を挙げそれぞれの足首を掴んだ。「たぶん、ずーっと、そういうことがしたかったんだろうね。わたし、そのまま抱きかかえられて、大きな鏡の前につれてかれたの。その前で、あいつの膝の上に乗っけられる格好でね」
「……やめなさい………そんな話。無理に話す必要はないよ」
「いいじゃん、別に。わたし、先生に話したいの。……それであいつ、言うわけ『ほら、恥ずかしいだろ。こんなふうに自分のアソコ、見たことあるか』ってさ。わたしもあんまり恥ずかしくてさ、顔を背けたんだけど、男がぐいっと鏡のほうに顔を向けさせたんだ。目を閉じようと思ったけど、鏡にうつってる自分の姿があんまり恥ずかしくていやらしいんで、思わず目を見開いて見ちゃった。そしたらかーーっと顔が熱くなってきてさ。なんか、頭がぼうっとしちゃたんだよね。あいつに少し、お酒を飲まされてたってのもあるかもね。あいつ、すっごく満足そうだったよ。そのまま、あたしの耳たぶとか、首筋に、ちょんちょんってくすぐるみたいに、キスしてきたんだ。くすぐったくて、すごくへんな感じだったなあ……」
「……やめるんだ。そんな……自分をわざわざ痛めつけるようなことはやめるんだ」わたしは声を荒げていた。額からはますます汗がほとばしる。「辛いだろう……?そんなことを人に話すのは」
「……別に」比奈子は薄笑いを浮かべながら言った「……警察で、刑事さんにあれこれ聞かれたからね。ふつう、ああいうのって婦人警官の人がが聞いてくれるんじゃなかったっけ?まあ、どうでもいいけど、婦人警官もいたけど、同じ部屋に2、3人、男の刑事さんもいたよ。なんか熱心に聞いてたけどね……ああ、男の人って、こういう話が好きなんだなあ……って思った」
「そんな……」わたしは愕然とせずにおれなかった。
「でさ、あたしの耳や唇にキスするのに飽きたら、なんか、へんなものをオッパイの先に塗られたわけ。最初はなんだかわからなかったんだけど、いやにスースーしてくるから、それがメンソレータムだって判った『やだ……』って言ったよ、わたし。でもあいつ、鼻息ヒューヒュー鳴らしながらさ、『ほら、だんだん気持ちよくなるから』とか言ってくんの。そんな訳ないじゃん?メンソレータムだよ?そしたらこんどはあいつ、ジョンソン&ジョンソンのベビーオイルを取り出して来てさ、肩といい胸といいお腹といい脇腹といい太股といい……とにかく新品のベビーオイル一本空にするまでわたしの躰に塗りたくるわけ。一体何考えてんの?こいつ……と思ってたんだけど………鏡を見るとさ、なんかすごいわけ。あたし、手首と足首を縛られて、アソコまるだしにしてるわけじゃん?その上に、全身にベビーオイル塗られてるから、なんか全身がヌメってるわけ。我ながら、なんていやらしいんだと思ったよ。ますます顔が赤くなっちゃた。するとあいつ、また耳元で囁くわけ『ほら、恥ずかしいだろ?』って……あったり前でしょ?あたし、あいつの膝の上で身をよじったんだけどさ、その様子も鏡に全部写ってて、自分の目から見てもなんかすごくやらしいわけ。あいつ、ローションにまみれたぬるぬるの手で、ゆっくり……あたしの脇腹のあたりをなで始めたんだ」
「もういい、もうたくさんだ!!」わたしは机を叩いた「なんでそんなに自分を苛めるんだ??」
「べつに……苛めてなんていませんよ。でもこうやって人に話すと、なんかすっきりするんです」
「……とは言っても……」わたしはまたも酷いしわがれ声を出した。
「先生、わたしの悩みを聞いてくれるんでしょ……じゃ、最後まで聞いてよ」
頭がずきずきした……それ以上に、ずきずきする部分があったが……わたしは必死でそれを精神力で抑えようとした……わたしは教師だ。教師なんだ。
「それでさ、あいつ、あたしのぬるぬるの躰を、鏡の前で散々おもちゃにして、あたしも……なんだかだんだんくたくたになってきちゃった。なんか、もう恥ずかしいって思いもどっかにいっちゃっててさ、最初はあいつの膝で、脚を大きく開かされてたんだけど、いつのまにかあいつの膝の力が弱くなっても自分で脚開いてたよ。で、ふと鏡を見たわけ。そしたら、なんか………あたしのあそこから、なんか細い液の糸がつーっと垂れてんだ。ええっ??って思ったね。恥ずかしいよりもなによりも、自分の躰がそんな風に反応してるのが信じられなかった。そしたらあいつ、それに気づいたみたいでさ、それを指ですくい取って、あたしの目の前に突き出すの。親指と人差し指の間で、糸引かせるわけ。わたし、真っ赤になって思わず顔を背けたけど、あいつ耳元でこんなこと言うの『いやらしいねえ……比奈子ちゃん……大人の女のひとでも、こんなに液垂らさないよ』って。嘘だかほんとうだか知らないけどさ。『比奈子ちゃんは、いつもひとりエッチとかしてるの?』ってまた聞くわけ。『してないよ。してるわけないじゃん』って言うと、『嘘……ウソついちゃいけないよ。こんなふうにしてるんでしょ』って、あいつ、手をさらにアソコに伸ばしてきてさ、………その、指で、いじりはじめた訳。生まれてはじめて他人にそんなとこ触られたもんだからさ、わたし、はっきり言って痛かったよ。思わず腰をよじっちゃった。でも、そういうの見ると、あいつますます亢奮するみたいでさ……あたしのお尻押さえつけて、……もっとやさしい感じで、そろそろとそこ触ってくんの。ものっすごく、しつこく。……あたし、それでどうなったと思う?」
「………」わたしは何も言えなかった。
「………信じられないと思うけど、だんだん、ほんのちょっとずつだけど、気持ちよくなってきちゃってさ。あ、……多分、あたし、5年のころ、家の中に誰も居ないときに、すっぱだかになってさ、家の姿見の前に座ってさ、オナニーしたことがあったのね?先生もそんなことしたことあるでしょ?……まあ別にいいけど、なんかあれ、すごっくやらしい気分になるんだよね。だんだんとろんとなってくる自分の顔とか、いやらしい自分の手の動きとか見てるとさ、なんか、“ああ、あたしって変態なんだ……”って、いやにいけないことしてる気分になるわけ。……わかる?」
「……………」わたしの口の中はからからに乾き、上下の唇は張り付いていた。
「……それから、鏡の前で、どれくらいいじめられたかなあ………すっごく長い時間みたいだったけど、実際は1時間くらいだったかもね。わたしも、汗だくになっちゃってさ。あいつの躰も汗だく。もう何がなんだかわかんなくなってきちゃってさ、そしたらあいつ、いきなりわたしに目かくししたんだ。ネクタイかなんかじゃないかな。そのまま床に転がされちゃった。さっきまで鏡の前であんなことやこんなことされてすっごくへんな気分になってだけど、目かくしされたらそんなもんじゃなかったね。だって、自分が次に何されるのか、全然わかんないんだもの。どきどきして待ってたら、なんか変なモーター音みたいのなのがしてきてさ……あれ?大人のおもちゃってやつ?あれをオッパイのてっぺんに当てられて、飛びあがっちゃった。また新たにたっぷりローションは塗られるし、躰のあっちこっちにそのへんなおもちゃ押し当てられるしさ………あんなの、はじめてでびっくりしちゃった…………それから……」
チャイムが鳴り、児童の下校時間が訪れたことのアナウンスが流れた。
そこで比奈子の話が止まった。
わたしは何も言えず、目を伏せたまま黙って座っていた。
「あの……」しばらくして、比奈子が言った「もう、帰っていいですか?」
「………ああ」わたしは低い声で答えた。
比奈子がランドセルを肩に掛けて、椅子から立ち上がると、敏捷な小動物のように寄ってきて、わたしに耳打ちした。
「わたし、されてませんよ………あいつ、インポなんだって」
そのまま比奈子は軽やかな足取りで教室を出ていった。
夕陽に染まった教室の中で、わたしはひとり座っていた。
そして………心から恥ずべきことだが、股間の亢ぶりが収まるのを、静かに待ち続けた。
<つづく>
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