監禁の追憶
作:西田三郎

「第3話」

親友より

 比奈ちゃんはあたしと2年のときからの大親友だ。
 
 だから比奈ちゃんの事件を聞いたときはほんとうにショックだった。
 でも……とにかく比奈ちゃんが無事でよかったと思っている。
 犯人は死んで当然だと思う。うちのお父さんお母さんもそう言っている。
 世の中には、死んで当然のやつもいるのだ。
 そんなのはテレビの中だけの話だと思ってたけど、そうじゃないことを知った。 

 あの事件以来、クラスで比奈ちゃんに話しかけるものは誰ひとりとして居ない……あたしを除いて。

 たぶん、みんなどういう風に声を掛けていいのかわからないのだと思う。
 あたしだってわからないけど……こんな時のために、友達ははいるのだと思う。だからあたしはできるだけ比奈ちゃんに声を掛け、一緒にお昼を食べ、一緒に学校から帰っている。
 比奈ちゃんは、あたしの大切な親友だからだ。

 比奈ちゃんは……事件の前と少しも変わらない。
 あたしに冗談を言って、笑って、歌を歌い、あたしも一緒に歌う。あたしは事件のことは、一切口にしないように心がけていた。だから、比奈ちゃんがなんでもないように振る舞えば振る舞うほど、あたしは胸がつぶれるような、苦しい気持ちを味わうことになった。あたしは無理して笑い、歌っている。
 
 比奈ちゃんも無理しているのだろうか?

 あたしに心配を掛けないように、無理して明るく振る舞っているのだろうか?
 ……だとするととても悲しい。
 あたしは嘘つきで、悪い子で、悪い友達だと思う。あたしは比奈ちゃんに話しかけながら、笑いながら、一緒に歌を歌いながら、いつも心の中では別のことを考えている。

 比奈ちゃんはあの3日間の間、あの犯人に何をされたのだろう…………?
 
 クラスの女子のうちの何人かが、比奈ちゃんの居ないところで、そのことについて好き勝手な噂をしているのを何度も聞いた。あたしは心の底からそいつらを軽蔑したし、つまらない噂には耳を塞いだ。
 ……でも結局、あたしもそいつらと同類なのだ。
 比奈ちゃんの明るい素振りを見れば見るほど……あたしの中でへんな空想がどんどん広がってゆく。
 
 比奈ちゃんはとても可愛い子だ。
 美人といってもいい。男子にも人気がある。
 あたしとはぜんぜん違って、背も高く、手脚はすらっと長く、服装もおしゃれだ。
 それに何というか……とても、大人っぽい。おっぱいも少し大きいし(あたしはまだぺったんこだ)、お尻も柔らかそうだ。たまにほんとうに大人の女の人みたいな色っぽい表情をするときがあって……あたしもどきどきすることがある……それは事件の前からそうだった。
 
 あたしは………ほんとにこんなことを言うと自分でも最低だと思うけれど……。
 
 比奈ちゃんが3日間、あの男にされていたことを想像すると亢奮してしまう。
 
 あたしは、最低なうえにすけべえだ。
 眠れない夜にパジャマのズボンに手を突っ込んで、パンツの中にまで手を入れて、いけないことをしはじめたのは確か4年生くらいの頃だったろうか。
 このことは誰にも言ったことがない。
 あたしの一番の秘密だった。
 他の子はこんなことをしているのだろうか?……聞いたことがないからよくわからない。
 
 口が裂けても言えないことだけど、最近あたしは、比奈ちゃんがあの犯人にいやらしいことをされているところを想像して、布団の中でパンツに手を入れている。
 
 毎晩、あたしの頭の中では、比奈ちゃんはあの男に後ろ手に手錠を填められ、カッターナイフでゆっくりと……Tシャツを切り裂かれてゆく。比奈ちゃんは身をよじって抵抗するけれども、カッターナイフの刃が恐くて、躰を動かすことができない。男のカッターナイフが、比奈ちゃんのTシャツの前を完全に切り開いてしまう。男は比奈ちゃんの胸を見て溜息をつく。比奈ちゃんは後ろでに手錠をされているので、男の視線から胸を隠すことができない。比奈ちゃんは固く目を閉じて男のいやらしい視線に耐える……もちろん、男はそんなことで満足するはずがない。男は比奈ちゃんのジーンズに手を掛ける。「いやっ……」比奈ちゃんが小さく声を上げる。男はその声でますますこうふんする。 男は比奈ちゃんのジーンズの前ボタンを外すと、ゆっくり、ゆっくり時間をかけて比奈ちゃんのジーンズのジッパーを降ろしていく。あたしが体育の着替えのときに何回か見かけた、比奈ちゃんの(ちょっと大人っぽいやつだ)水色のパンツがすこしずつ覗いてくる。男はさらにこうふんする。男はすっかりジッパーを降ろした比奈ちゃんのジーンズに手を掛けて、一気に皮を剥くみたいにそれをはぎ取る。「いやあっ……」もう比奈ちゃんの下半身にはブルーのパンツと、スニーカー用の短いソックスしか残っていない。比奈ちゃんの長くてきれいな脚が剥き出しになる。比奈ちゃんは恥ずかしくて、腰をよじって男の視線から逃れようとする。そんな比奈ちゃんのしぐさに、男はますますこうふんしていく。男はそんな姿になった比奈ちゃんを、満足そうに見下ろし、一呼吸置いてから、比奈ちゃんのパンツに手を掛ける。「……いやあっ……それだけは止めて……」比奈ちゃんが弱々しく男に抵抗する。しかし男は比奈ちゃんのパンツの横の布地を引っ張り、カッターで切り裂く。そしてもう片方の布地も。男がぼろ切れになった比奈ちゃんのパンツを引き抜き……比奈ちゃんは両肩にTシャツの残骸を、そして脚には短いスニーカー用の靴下だけの恥ずかしい格好のまま、男の前に投げ出される。……男の手が、比奈ちゃんの躰をなで回しはじめる……やがて男は手でさわるだけではなく、比奈ちゃんのおっぱいやおへそや、太股に舌を這わせはじめる………………あたしはその妄想で、何度いったかわからない。 
 
 ほんとうに、ほんとうにあたしは最低の友達で、変態だと思う
 夜はそんなことをしながら、昼顔を合わせれば親友みたいに振る舞っているのだ。
  
 昨日のことだった。あたしはいつものように、昨日のテレビの歌番組の話をしながら、比奈ちゃんと一緒に学校から家までの道のりを歩いていた。比奈ちゃんは相変わらず楽しそうに笑っている。わたしも吊られて笑っていたけど……不意に、意味もなく涙をこぼしてしまった。
 あたしは比奈ちゃんに抱きついていた。
 比奈ちゃんはあたしを優しく抱きしめてくれた。
 「ごめんね……ごめんね……」あたしはわけもなくそう繰り返した。
 比奈ちゃんはあたしを黙ったまま抱きしめてくれた。
 多分、比奈ちゃんにはあたしの心の中はお見通しだったのだろう。
 「やっぱり、知りたいよねえ……」比奈ちゃんはあたしの頭を撫でながら言った。
 あたしと比奈ちゃんは頭ひとつ身長が違う。あたしは比奈ちゃんの顔を見上げた。
 「え?」
 「やっぱ、知りたいんだ。キヨちゃん(あたしの名前だ)も」
 「………」
 「あたしがあいつに何されたか、知りたいんでしょ?」比奈ちゃんの目はあたしの顔に向いていたが、そこにはあたしの顔は映っていなかった「……そりゃそうよねえ……」
 「ごめん!!」あたしはまた比奈ちゃんにしっかり抱きついた「……ごめん……ごめん……」
 「いいよ、気にしないから。ちょっと公園で休んでく?」
 あたしはべそをかきながら、まるで比奈ちゃんの妹みたいに手を引かれて公園のベンチまで歩いた。
 泣きやまないあたしを、比奈ちゃんは何も言わず黙って見ていた。
 「ごめん……ごめんね……」もっとましな何かを言いたかったけど、言葉が出てこなかった。
 しばらく比奈ちゃんは黙っていたが、やがてあたしの手の上に自分の手を重ねて、話しはじめた。
 
 「最初にね、『目の前で全部服を脱げ』って言われたの。……うん、ナイフをちらつかされてね。わたしも恐かったし、痛いのやだから、大人しく脱いだよ。わたしがTシャツから脱ごうとしたら、あいつ、裏返った声で言ったっけ『違う!!下からだ!ジーンズから!!』ってね。なんでだろ。まあ、どうせ脱ぐなら上からでも下からでも変わらないからね、あいつの言うとおりジーンズを先に脱いだよ。あいつ、目を真っ赤に充血させて、ものすごい鼻息だった。わたしも恥ずかしかったけど、それどろじゃなかったからね。あいつ、近寄ってきて刃物の切れないほうで、あたしのふとももとかふくらはぎとか、ツーーーっと撫でるわけ。ぞっとしたけど、大人しくしてた。……それでまた、『残りも脱げ』って言うから、今度もまたTシャツ脱ごうとしたのね。そしたらあいつ『違う!パンツからだ!!』って言うじゃない?……『ええ?上はTシャツ着たままで下はなんにもなしですかあ?』ってわたしも言ったんだけど『そうだ』って言うから仕方なく脱いだよ。やっぱ恥ずかしいから、後ろ向いて脱ごうとすると、『ちゃんと前向いて脱ぐんだ!!』って怒鳴るの。ほんと、わたし半泣きだったけど、脱いだよ。パンツも……そしたらあいつ、ものすっごく亢奮しちゃってさ、わたしが『あの、上も脱ぎましょうか』って気効かせて言ったら、『いや、おれが脱がしてやる』ってそのまま床に押し倒されちゃった。あっという間にTシャツもブラも取られてさ、ぜんぶ脱がされちゃった。それからあいつ……いきなりキスしてきたんだ。舌入れてくんの口の中に。気持ち悪くて吐きそうになったけど、あいつまだナイフ握ってるからさ、あたし大人しくしてると、調子に乗っちゃってさ、首筋とか、肩とか、物凄く強く吸うわけ。あたしの首筋、キスマークだらけになっちゃった」
 「キ……キスマーク?」あたしは多分……バカみたいに目を見開き、口をぽかんと開けて居たと思う。
 「うん、ほら。まだ少し跡になってるやつあるでしょ」
 そう言って比奈ちゃんはTシャツの首周りを少し覗かせてみせた。
 比奈ちゃんの首の付け根あたりに、確かに薄く、赤くなっている部分があった。
 それがキスマークなのかどうかはわからないが、あたしがポカンとしてそれを見ていると、比奈ちゃんは小さく笑った。
 「……それからさ、あいつ、あたしのおっぱいのさきっぽを小さく噛んでさ、もう片方のおっぱいを、思いっきり強く揉むわけ。すっごく痛かったけど、恐いから我慢してたら耳元で、『気持ちいいか…?』だってさ。冗談じゃないよ、って思ったけどさ、恐いから何も言わないで、目を閉じて我慢してたのね……そしてらあいつ、がばっと起きあがってわたしの両膝を掴んで、ぐいっと左右に開いたんだ……恥ずかしいよりも、ほんとびっくりしたよ……それから……」
 
 比奈ちゃんは延々と、詳細に喋り続けた。あたしは頭がくらくらして、お尻にむず痒さを感じた。

 

 その晩、あたしは比奈ちゃんが聞かせてくれたことを一語も漏らさずに、布団にもぐり込んだ。
 そして、頭の中では比奈ちゃんがあの男にされたことを再現し、指でいやらしいことをした。
 いつの間にか、想像のなかであの犯人に弄ばれているのは、比奈ちゃんではなくあたしになっている……。
 あたしはそれから、毎晩のように布団の中で同じことを妄想しては、いった。
 そして毎晩、死にたくなるくらい虚しくなって、自分のしてしまったことにたいして後悔する。
 
 たぶん今夜も同じことをするだろうし、明日もするだろう。 

<つづく>

NEXT/BACK

TOP