百目
作:西田三郎「第4話」 ■いろいろある
そんなこんなで、鳴門さんの部屋に僕が度々訪れるようになってから3ヶ月になる。
僕が部屋に来て、なんだかあやしいムードになる度に、鳴門さんはいつも鏡やテレビを覆う、あの“儀式”を繰り返す……じゃあ、ずっとそのままにしとけばいいじゃないか、と思わないでもないが、まあ鳴門さんがそうしたいなら別に僕がそれに文句を言う筋合いはない。
「一体、誰が見てるってんですか?」ある日、なんとなく鳴門さんに僕は聞いた。
「……うーん……“誰”っていうか………」鳴門さんは言葉を濁した。
「……普段は、見てないんですか?」
「うん、あたしがエッチしてるときだけ見に来るの」
「へーえ」
僕は高校の頃つきあっていた子のことを思い出した。
その子は、鳴門さんに負けないくらい助平だったが、何故か左耳たぶを甘噛みすると、烈火のように怒り狂った。まさに“逆鱗に触れた”という感じで。
それまでどんなにいいムードになっていようと、どんなに気分が乗っていようと、その子は耳たぶに触れると怒り狂うのだ。理由を聞いたらますます怒り狂い、結局その子とは別れてしまった。
なんで彼女が耳たぶに触れられるとイヤなのかは、結局わからず仕舞いだった。
まあそんなに僕も人生経験が長いわけではないので偉そうなことは言えないが、人間誰しもそう言う部分のひとつやふたつ持っているものなのだろう。他人がみんな、自分と同じように考え、感じ、好ましいことを好ましいと思い、イヤなことをイヤがるなんて思うのは、大きな間違いだ。
ある人にとって大変好ましいことは、ある人にとって大変イヤな事だったりする。
まあ、僕は自分でも自分のことをデリカシーのある人間だと思っているから、そのへんは大いに自覚しているつもりだ。
「ねえ、鳴門さん。怒らないで聞いてくれますか」またある日、僕は鳴門さんに聞いた。「僕以外の人とする時も、こんなふうにそこら中を覆いまくるんですか?」
「……今は君以外だれともしないよ」鳴門さんは別に怒ったふうでもなく言った「なんか、あたしすっごいインランと思われてんの?」
「そういう訳じゃないですが………」思わず“そのとおりだよ”と言いそうになったが、僕は口ごもった。
「うん。これまでもずっとこうしてきたよ」
「……これまでの人、なんか言いませんでしたか?」
「……なんか言う人には、やらせてあげないもん」
「はあ」
どうなんだろう。一見不可解で不気味なこの儀式を黙認して、そのままやらせてもらうことと、そのことに関してとやかく文句を言ってやらせてもらわないこと……いわゆる“普通の男”はどっちを選ぶのだろうか。僕なら一も二もなく実を取るが……。
「どうなんです?こんなことをしはじめると、他の男の人たちはどんな反応をするんですか?」
「うーん……そりゃまあ、最初はヘンな顔をするね」
「なんでそんなことをするんだ?って、聞かれたことないですか?」
「そういや君は、一回もあたしに聞いたことないね」
「なんだか、聞いちゃいけないような気がしまして」僕は正直に答えた。
「そういうとこが、君の好きなとこだよ」そう言うと、また鳴門さんは少しいやらしい目になった「……やっぱ、気になる?」
「正直言って、全然気にならないってわけではありませんね」
「……確かに、前の男は聞いたよ。一体、これ、何なんだって。……だから言ったげたの。“じゃあ、いっぺんアノ最中に鏡の覆い取ってみたら?……そしたらわかるよ”って」
「……で、その人は覆いを取ったんですか?」思わず僕は乗り出していた。
「……ううん。取る勇気がなかった。そのままなんとなく別れちゃった。」
「……はあ」
なんだかこの話は、僕の好奇心をますます増進させた。
ほんとうのところセックスの最中に鏡があろうとなかろうと、僕にとっては何の不都合もないし、はっきり言ってどーでもいい事なんだが……それを聞いたからと言って鳴門さんは別段怒る様子もない。もう少しくらいなら聞いてみてもいいかな、と僕は思った。
「……いつから、こんなことをしてるんですか?」
「……うーん……セックスはじめてからずっと」そう言うと鳴門さんは少し恥ずかしそうに笑った。
「それって、いくつの時からですか」
「……そんな事聞いてどうすんのよ、スケベ」何故かこの会話は、鳴門さんをスケベ・モードに導いていくらしい「ええっと………中学2年のときからだから、確か14か」
「14って……ちょっと早いですね」正直驚いた。
「……そうかな。まあ、人生いろいろだから」
「相手は誰だったんですか?」
「うーん…………身近な人」それ以上は聞くな、という雰囲気がした。
「その時、鏡から誰かが覗いていたんですか?」
「……うーん………っていうか……」そういいながらますます鳴門さんはエロい視線になって……僕に機嫌のいい猫のようにしなだれ掛かってきた「……そのね、その時、はじめてだったんだけどね。相手が……その、あたしを膝に抱えるようにしてね、鏡の前でヤられちゃったの」
勃つような話だった。つまり、こういうことか。それが鳴門さんのトラウマになったとか。
「……どんな風にされたんですか」もはや僕の興味は別のことに移っていた。
「こんなふうに膝の上に乗せられてね……」そういって鳴門さんはお尻を僕の膝に乗せてきた。そして背中をくたっ、と僕の胸にもたせかける「脚をぐいっと開かれて……で、目の前に鏡。」
「それは恥ずかしいですね」鳴門さんの髪の香りが、僕の鼻孔をくすぐった。
「うん、すっごく恥ずかしかった」振り返る鳴門さんの目は、すでにウルウルしている「……でも、そん時まだ14じゃん?……あんまりセックスにも詳しくなかったからね。みんな、こんなもんなのかなって思ってたから……相手の好きにさしてた」
「……感じましたか?」そう言いながら、僕な鳴門さんの胸をTシャツの上から撫でた。
「……まあ初めてだから、それなりに必死だったからね。あんまりそんな余裕無かったなあ……」
僕は鳴門さんの胸をゆっくりと捏ねた。ノーブラだった。揉めば揉むほど、鳴門さんの乳房は柔らかくなり、それとは逆に固くなった乳首がTシャツの布地に浮き上がってくる。鳴門さんの背中がくねり、息が荒くなってくるのが判る。
ああ、この人はほんとうにスケベなんだなあ、と僕は思った。
「で、その時に見えたんですか?」僕は鳴門さんの耳元で囁く「鏡の中に何か?」
「………ううん、あたしは見なかった」そう言うと鳴門さんは、悪戯っぽく笑った「目かくしされてたから」
ああ、なんてやらしいんだ。
「……で、相手の男の人が見たんですね?」僕は鳴門さんのジーンズの前ボタンに指を掛けながら言った。
「うん」鳴門さんは別に抵抗なく、僕がジーンズの前を開かせるに任せた。
「何を見たんです?」
「知らない」鳴門さんはお尻をゆっくりと揺すり、僕の股間刺激する。
「でも、何かを見たんだ」
「うん」
「で、どうなったんです?」
鳴門さんの手が僕の股間に伸びてきた……僕ももう、痛いくらいに勃起していた。
「“見てる、見てる”って言いながらすっごい悲鳴を上げて……………」鳴門さんは僕に振り向き、口を半開きにした。恐いくらいにいやらしかった。「そのまま、おかしくなって精神病院に入っちゃったよ」
人生いろいろある。
<つづく>
NEXT/BACK TOP