百目
作:西田三郎

「第2話」

■塞がないと

 鳴門さんはバイト先の居酒屋での先輩だ。
 歳は僕より二つ上、僕が入った時点で既に、もう2年もその居酒屋でバイトしていた。
 決して美人というわけではないけれども、しなやかな動作と色白の肌がまず大好きになった。
 僕は同年代の友達からもよく変わっているといわれる。こと女性の趣味に関しては。
 
 僕ははっきり言って美人が嫌いだ。またあんまり可愛らしい子も好きではない。
 合コンなんかにもたまにつき合いで顔を出すけども、そういう時はいつも、いわゆる美人な子、可愛い子たちを見ていると何だかムカムカする。
 ああいう子たちは、男にちやほやされることに慣れすぎていて、態度の端々に現れるその自負が、なんだか僕をげんなりさせる。
 美人や、可愛く生まれついたことはその子の重要な個性だとは思うけども、だからと言って彼女らがそれだけの理由で根拠なくばかな男どもにもてはやされ、大事に扱われ、そして彼女ら自身がそれを当然のこととして受け止めているのを見ると……虫酸が走る。
 
 美人や可愛い子たちに群がる僕の友達たちは、ことごとくどうしようもない間抜けに見えてしまう。
 
 一体、相手が可愛いというだけで……美人というだけで……なんで男はああも卑屈にならなきゃならないんだろうか。その努力の意味が、僕にはわからない。
 
 そんなわけで鳴門さんもまた美人ではない。
 別に美人じゃないからつき合いはじめたわけではないが、どことなく掴みどころがなく、ぼんやりした鳴門さんのしぐさや表情は、僕にとって大変好ましいものだった。

 バイトをはじめて1ヶ月くらい経った頃だろうか。
 バイトが開けてから、終夜営業の居酒屋で二人っきりで朝まで呑んだ。僕が鳴門さんの部屋に行きたいと言ったのか、鳴門さんが僕を部屋に誘ったのかはっきり覚えていないけど、気が付くと僕はべろんべろんに酔った鳴門さんと一緒に彼女の部屋に居た。
 鳴門さんはいわゆるフリーターで、短大を卒業して以来、ずっとこの部屋に一人で暮らしているという。それまでに訪れたことのある女の子の部屋の数は知れているけど、どちらかというと鳴門さんの部屋は殺風景な感じだった。
 僕がその日訪れることはたぶん彼女にとって予想外なことだったと思うけど、部屋はとてもきれいに整理整頓されていた。しかし部屋には生活空間を飾る装飾品がひとつも見られない。小物類もないし、ポスターやカレンダーはもちろん、ポストカードの一枚もない。
 どことなく印象の薄い雰囲気の、鳴門さんらしいといえばらしい。
 鳴門さんは僕に部屋にかつぎ込まれると、そのままベッドの上に崩れ落ちた。
 
 「ねえ、今夜は……帰んないよねえ……?居てくれるよねえ………?」へろへろの声で、鳴門さんは言った。「……居てくれるよねえ?
 「もう朝ですけど」僕は言った。時間は確か4時半くらいだったと思う。
 「………帰んないでね……帰んないでねええ………」鳴門さんはそう言うと僕の首に手を回し、いきなりキスしてきた。
 いきなりだったので驚いたが、まあ僕も部屋までのこのこついて来たのだ。
 “そんなつもりじゃなかったのに”って訳ではない。
 
 僕はそのまま鳴門さんの舌に誘われるままに、自分も舌を使った。
 鳴門さんはとてもキスが上手かった。
 ああこりゃ、この人は見かけによらずこういう経験が多いんだな、と思いながら、Tシャツの上から胸をまさぐる。
「んん………っ」大きいという訳ではないけども、充分掴み甲斐のある胸の感触があった。
「………鳴門さん、好きですよ」僕は心にもないことを言う。
「……ウソばっかり
図星だったが、その時はそういう気分だったのだ。
僕はそのまま鳴門さんをベッドの上にゆっくりと押し倒して、彼女のジーンズの前をまさぐった。

「あっ………ちょっと、ちょっと待って」いきなり鳴門さんの声がに戻り、僕の手を制する。

 ええっ、そりゃないでしょう、と叫びそうになったが、僕は思わず手を止め、躰を離した。
 まさか、ここで終わりってんじゃないでしょうね。そうだとすると大変困った……ズボンの中はかなりせっぱ詰まっていたもので……何とかしてもらわないと物理的に困る
 「…………」僕はくぐもった声で鳴門さんに言った「……駄目なんですか?」
 「そうじゃないけど………ちょっと待って」
 
 そう言って鳴門さんは僕を押しやってベッドから立ち上がると、戸棚からガムテープと新聞紙、数枚のバスタオルやシーツを取り出した。そして最後に、コンドームの箱をそっと出すと、僕に向かって、
 「へへ」と恥ずかしそうに笑った。
 「………?」コンドームはわかるけど、一体何をはじめるつもりなんだろうか?
 
 さっぱり訳がわからないでいると、鳴門さんはまず、すでに閉じられているカーテンの合わせ目をガムテープで張り合わせはじめた。
 「………????」僕はいささか戸惑ったが、何も言わなかった。
 それだけではなく、カーテンの四隅までも、床や壁としっかりと張り合わせる。
 「………覗きでも出るんですか?」僕はなんとなく鳴門さんに声を掛けた。
 「……うーん、まあ……そんなもんかな」鳴門さんは僕の顔を見ずに答えた。
 
 そして姿見にシーツをすっぽりと被せ、テレビの前にバスタオルを掛けて、ガムテープで固定する。そして新聞紙で食器棚のガラス戸をすっかり覆ってしまう……まるで引っ越し屋さんのように慣れた手つきだった。
 そしてキョロキョロと部屋を見回すと、壁掛け時計に目を留め、それも新聞で覆ってガムテープで固定した。
 あっけにとられている僕を尻目に、鳴門さんはユニットバスに入ると、やがて出てきた。
 そして僕が腰掛けているベッドに近づくと、いきなり向かい合う形で僕の膝に飛び乗ってくる。

 「さあ………しよ」また鳴門さんに熱っぽい目が戻っていた。そして僕にまた、巧みなキスをする。
 
 僕はあまり、深く考えないことにした。
 

 

<つづく>

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