百目
作:西田三郎「第5話」 ■百目
そのままセックスになだれ込みたいところだったが、セックスする前には例の儀式がある。
さっきまでもうノリノリだった鳴門さんは、さっと素に戻ると、せっせとガムテープと新聞紙とタオルで部屋中を覆いはじめた。
鳴門さんはとても嬉しそうだった。
頭がおかしくなってしまった「身近な人」にしてみれば大変気の毒だが……鳴門さんのしてくれた話は、奇妙なことに僕を物凄く興奮させている。ヘンだろうか?……いや、ヘンであることは自分でもよくわかっていた。しかし、この不気味で奇妙な話には、麻薬みたいな奇妙な作用がある。
だいたい、14歳だった鳴門さんが目かくしをされて鏡の前で不埒なことをされた、というエピソードは、そのまま僕の下半身を直撃した。
世の中にはとんでもなくいやらしいことを思いつくやつが居て、しかもそれを実行に移すやつがいる。僕は頭の中で、見慣れた鳴門さんの裸身から、14歳だった頃の鳴門さんの裸身を思い浮かべてみた。多分鳴門さんは今以上にやせっぽちで、あのお尻にも柔らかい脂肪はついていなかったのだろう。胸もまだ、かすかに膨らみかけはじめた程度だ。髪型はどんな感じだったのだろうか。お下げ髪?おかっぱ?ショートカット?まあ、何でもいい。とにかくそんな少女が、目かくしをされて鏡の前で大きく脚を開かされている……ああ、なんていやらしいんだ。
その男がどんな恐ろしいものを見たのか知らないが……まあ頭がおかしくなってしまったとしても、多分後悔はしていないだろう。
いつものようにバスルームの鏡をタオルで塞ぎ終えた鳴門さんが、僕の待つベッドに帰ってくる。
上気した顔が、いつもより激しい彼女の興奮を物語っていた。
いきなり抱きつかれ、そのままベッドの上にもつれ合って倒れ込む。
キスもなんだかいつもより情熱的な感じがした。
二人の涎が混ざり合って、お互いの顎まで垂れる。
さっきの“告白”のせいで、鳴門さんはものすごく興奮している様子だ。
前々から感じていた事だけれど……こんな奇妙な“儀式”も、それにまつわるいかがわしい思い出を再現するための、一種の舞台装置なんじゃないだろうか。僕はそんなふうに感じはじめていた。
誰にとっても……という訳では決してないけれども、初体験というのはその後のセックスライフにある程度の影響を与える。
それまでの鳴門さんがどんな少女だったのかは知らないし、多分その年頃の女の子なりの性的欲求を抱えていたのだろうけど……初体験を機に彼女のいやらしさが少し奇妙な形に歪められてしまったのは確かなようだ。
セックスする相手の女の子の過去にはこだわらない主義の僕だけど、少なからず精神病院に入ってしまったというその「身近な男」にはうらやましさと嫉妬を感じた。
その男が目と、耳と、鼻と、手で味わった享楽のことを思えば、僕も精神病院に入っていいかな、とさえ思った。
「……今日はめちゃくちゃにしていいよ」鳴門さんが耳元で囁いた。
お望みならば、と、いつもより少し乱暴に鳴門さんの服をはぎ取る。
鳴門さんはくねくねと躰をくねらせながら、僕の手が衣服をはぎ取っていくのに任せていた。
瞬く間に全裸にした鳴門さんを、ベッドの上に転がす。
どういう訳かその時の僕はいつもとは違っていた。
少々バイオレンスモードに入っていたというか……まあ、誰だってそういうことはたまにあるだろう?
僕は脱がせた鳴門さんのTシャツを取り上げると、それで鳴門さんに目かくしをした。
「えっ……」鳴門さんはあまり戸惑った様子もなかったが、少しむずかってみせた「だめだよ」
「だめじゃありません」
さらに自分のTシャツをとりあげ、鳴門さんの手首を前で縛った。
「ええっ……君って、こんな趣味あったわけ?」そういいながらも鳴門さんは明らかに興奮している。「すけべえだってのは知ってたけど……」
「つべこべ言うんじゃありません」
僕はさっき聞いた話のとおり鳴門さんを膝の上に抱え上げた。そして後ろから首筋へむしゃぶりつく。いつもより強く吸った………跡が残るほどに。
「んっ………あっ………」鳴門さんが身をくねらせ、くすぐったさから逃れようとするが、当然僕は許さなかった。
そのまま前に手を伸ばし、太股の間に差し入れる……しっかり濡れている。
多分、思い出話をしているときからこうなっていたのだろう。
「だめ……だめだって……………ああんっ!」
「鳴門さんが悪いんですよ、あんな話するから……」
「……だって、君が先に聞いてきたんじゃん」
そういえばそうだが、まあ今更そんなことはどうでもいい。僕は覆いを掛けられた鏡の方に鳴門さんを向かせると、上半身を倒して四つん這いにさせた。
……そして……自分の脚を思いっきり伸ばして、鏡の覆いを脚の指で掴むと、引っ張る。
音もなくシーツが落ちて、鏡が僕等を映し出した。
「見てない……?……誰も見てない?」鳴門さんがいつものように聞く。
「誰も見てませんよ」僕はウソをついた。
僕はそのまま、鏡に映った四つん這いの鳴門さんを見ながら、コンドームを装着した。
自分の目からは突き出された鳴門さんのお尻と、濡れそぼった入り口が見え、鏡からは目かくしをされた鳴門さんの上気した顔と息づくおっぱいが見える。
成る程、こりゃいいわ、と僕は思った。
「んっ」
そのまま一気に挿入した。鳴門さんはいつもよりスムースに僕を受け入れてから、いつもよりきつく僕を締め上げた。挿入した瞬間、鳴門さんがきゅっと下唇を噛むのも鏡で確認した。鏡が映し出す世界はたとえようもなくいかがわしい……鏡を見ながらのセックスはこれがはじめてだった。もともと僕は、そういう嗜好はちょっと変態じみていて、自分には縁が無いものだと思っていた……しかしいざ実際にやってみるとどうだろう。
鏡を見ている自分は僕自身でありながら、鳴門さんと僕のセックスを引いた位置で見ている第三者だった。
まるで他人の情事を覗き見している気分だった。
実際に行為をすることと、それを自分で見ることは違う。
僕は鳴門さんの肩に手を掛けると、その躰をゆっくり起こしていった。
「そんな……だめ、だめだって……」
前にもこの体位で鳴門さんとしたことがある。しかし鳴門さんの“告白”を聞いた今では、この体位を取ることはまるで必須のことであるように思えた。どんなに鳴門さんが嫌がろうと、この体位を取ってそれを鏡で確認しない限りは収まらない。僕はそのまま自分の尻をベッドに沈めて、繋がったまま鳴門さんを膝の上に抱え上げた。
「だめだよう……」鳴門さんが首を振りながら言う「見てるよ……見られてるよ………」
「誰も見てませんって」そう言いながら、僕は自分の陰茎が鳴門さんに出たり入ったり、入ったり出たりするのを凝視していた。それはグロテスクであればある程、僕を亢ぶらせる……ああ、こりゃほんとにいやらしいわ、と僕は思った。この後、精神病院に入ることになろうがなるまいが、そんなことはどうでもいいように思える。そう、これにはそれだけの価値があった。人間として大切な何かを、無条件で手放していいと思える何かが。
「見てない?………ほんとに見てない?」鳴門さんは喘ぎながら叫ぶ「誰も見てない?」
「見てませんってば……」
と、いちおう確認するために鏡をもう一度見た。そのまま僕の視線は鏡に釘付けになった。
鏡に映る鳴門さんの裸身に、いくつもの裂け目が出来ていた。
どれもこれも、横一文字で幅は3〜4センチくらい。
鳴門さんへのピストン運動に必死だった僕ははじめ、それは何かの見間違いかと思った。
しかし、瞬きをしてもその無数の切れ目は消えない。
顔にも、胸にも、腹にも、太股にも、臑にも……その横一文字の切れ目はくっきりと見えている。
それだけではなかった。
その裂け目は、僕の躰にもいたるところに見られた。
僕の顔にも、胸にも、腹にも。
鏡に映し出されたその裂け目のひとつに、思わず僕は手を伸ばした。
ちょうど右胸のあたりに。
指に、裂け目の感触があった……つまり、それは鏡に映し出されているだけではなく、ほんとうに存在しているということだ。
信じがたいことだが、それでも僕の勃起は収まらず、僕は鳴門さんを突き続けていた。
「見てない……?……………誰も見てないよね?」鳴門さんが喘ぐ。
僕は答えなかった。
鏡の中に映る僕と、鳴門さんの体中に出来た横一文字の裂け目が、ムズムズと動きはじめる。
いっせいに、裂け目が縦に開いた。
僕と、鳴門さんの前進に開いた裂け目……それはずべて、人間の目だった。
その数百の目はどれも……赤黒く充血していた。
<つづく>
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