義父と暮らせば
作:西田三郎

「第6話」

■パパ・ユー・アー・クレイジー・トゥー


 しばらくお義父さんに口を効いてやらなかった。
  行為の最中は物凄く亢奮していたけれど、醒めてみるとあたしたちがしてしまったことはとんでもなくいかがわしい行為だということが身に染みてきた。……まあそれは……世間並みに。あたしはしばらく自己嫌悪に陥って、学校を休んだ。学校側はあたしが室田へ暴力を震ったことについてあたしが悩んでいるんだろうと思っただろうけど、事実は全然違った。

 あたしはしばらくベッドで寝て過ごした。
 そしてリビングでお義父さんにされたことを思いだしては、恥ずかしいのと自己嫌悪で頭を掻きむしりたくなった。しかし当然、いやらしい気分にもなった。お義父さんは3日ほど、あたしを腫れ物にでも触るようにしていたけれど、3日目の晩、会社から戻って来てから、あたしの部屋のドアをノックした。


 「さゆり………さゆりちゃん?」
 「………」あたしは何も言わなかった。
 ベッドの上でタオルケットにくるまったまま、お義父さんが部屋に入ってくるに任せた。
 ちらりとお義父さんの顔を見ると、まるで叱られた犬みたいに、しょぼんとした顔をしている。
 ああ、あたしはあんなお義父さんの表情に弱いのだ。
 お義父さんは手に小さなケーキの箱を持っていた。
 「………梨のタルトを買ってきたよ……お前の好きな」お義父さんが立ったまま言う。
 「…………」あたしはこれが最後の意地悪だ、と思ってぷい、と横を向いた。
 「………食後に、一緒に食べないかい。今日は、さゆりの好きなうなぎの蒲焼きを買ってきたよ」
 
 うなぎ……確かに好きだったけど、お義父さん、食べ物であたしの機嫌を取る気なのだろうか?
 まあ、そんなところがお義父さんのいいところなんだけど。
 
 「アボガド食べたい」あたしは言った
 「アボガド?」お義父さんの声が気色ばむ「……アボガド?!丁度良かった……偶然だなあ、今日、うなぎと一緒にアボガドも買ってあるんだよ……いやあ、買っといて良かった」
 あたしはのろのろとパジャマのままベッドで半身を起こした。
 お義父さんをぶすっとした顔で見る。
 お義父さんはまだしょぼんとした顔で、まるで縋るようにあたしの顔を見た。
 「……変態」言いながらあたしが笑うと、お義父さんも笑った。
 その晩はうなぎの蒲焼きとアボガドの刺身とデザートの梨のタルトをふたりで食べて満腹して、その後、仲直りとしてじゃれ合っていると、なんとなく2回目のセックスになだれ込んでしまった。
 まだ痛かったけど、一回目よりは随分ましで……思っていたより、早く慣れることができそうだった。
 
 以来、あたしとお義父さんはヒマさえあればセックスばかりしてきた。
 
 お義父さんは、本当にあたしに夢中になったようだった。
 3年間の禁欲生活が、よっぽど堪えてたんだなあ、とあたしは感じていた。

 まあ夜ベッドに忍び込んで来たり、一緒にお風呂に入りながらいろいろしたり、時には朝、あたしの制服姿にいきなりお義父さんが劣情を催したらしくて飛びかかられた事があった。
 お陰でその日はあたしは学校を、お義父さんは会社を休んだ。

 あの暴力事件以来、クラスの誰もがあたしにビビって話しかけなくなった。
 室田はあたしから意識的に目を背ける。あんまり孤独感を感じることはことはなかった……かえって気楽というか……それどころか、いい気分だった。あたしに関しては、またろくでもない噂が飛び交ってるんだろうなあ、ってことは肌で感じていたけども、多分、あたしの私生活はどんな勝手な噂よりもえげつないものなのだろう。

 お義父さんは仕事から早く帰ってくるようになった。
 もともと、つき合い酒はあんまりしない人だったが、あたしとのセックスに溺れるようになってからは、ほとんど終業と同時に一直線に家に帰って来るようだった。
 お義父さんは料理が得意で、毎晩あたしに晩ご飯を作ってくれた。おかげであたしは未だにちゃんと料理ができない。お義父さんの作る料理はレパートリーに飛んでいた。とろろと麦飯とか、梅トンカツとか、ぶり大根とか、ラザニアとか、小芋といかの煮付けとか、もちろんあたしの大好きなうなぎの蒲焼きとか、アボガドとかも。

 おかげであたしは2キロくらい太ったかも知れない。
 心配していたおっぱいも、みるみる大きくなった。

 あたしは高校に進学し、まじめに勉強してよい成績を取り続けては、お義父さんとセックスばかりしていた。
 そんな訳で、高校でもまともな友達は誰一人として居なかった。別に自慢するわけではないけど、声を掛けてくる男子も何人かは居た。何かその……やっぱり雰囲気でわかるのかねえ?……あたしがセックスに対して前向きな喜びをすでに知ってる女だということが。でもそれらのことごとくをあたしは無視した。お陰であたしは“たいして可愛くもねえ癖にお高くとまってスカシたヤな女”であるともっぱらの評判だったようだけど……まあ、そんなことはどうでもいい。
 家に帰れば、お義父さんの美味しいご飯と、あたしが三度のご飯より好きなセックスが待っている。

 お義父さんははっきりいって、“さゆり中毒”に陥っていた。
 お義父さんにとっては、あたしとのセックスだけが生き甲斐なのだ。
 それはちょっと……マズいかなあ、と思うこともあった。そこまでお義父さんがあたしに拘ってくれるのは嬉しいけれども、逆にそこまで入れ込ませてしまったことに罪悪感を感じずにおれなかった。
 罪悪感って……誰に対しての罪悪感だったんだろう。
 死んだ母に?いやまさかそんな。

 事実、あたしも、お義父さんも、母のことはすっかり忘れていた。

 あたしとセックスしている時、お義父さんはまるで子どものように無邪気だった。
 男のひとは、みんなそうなんだろうか?あたしはお義父さんしか知らないし(親孝行にも)進学した県立大学にも、そんな話題を交わせるような同性の友人は居ない。あたしはお義父さんの無邪気な様子を見るのが好きだったし、実際セックスは飽きなかったし、お義父さんはあたしとの生活……無論、性生活も含めてだけども……を守るために必死で頑張り続けた。
 
 あたしは時折、あたしとお義父さんたった二人で、この家の中に籠城しているような気分がすることがあった。
 
 あたしは大学に通い、お義父さんは会社に勤めているけど、二人の心はいつもこの家の中にある。
 誰もそれを侵すことはできないし、誰にも侵させるつもりはない……あたしが大学を卒業し、就職もせずに家でぶらぶらするようになってからは……ますますそんな思いは強くなった。
 
 「ねえお義父さん、……今の生活、楽しい?」あたしはいつも、思い出したように同じ質問をする。
 「楽しいに決まってるじゃないか」お義父さんはいつも無邪気に同じ答えを返す。
 
 お義父さん、あたしもあんたも、おかしいわ。
 あたしはいつもそう思うけれども、それを口にすることはない。
 
 

<つづく>

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