義父と暮らせば
作:西田三郎

「第4話」

■お義父さんはお前を愛しているんだよ。

 あたしの突発的暴力衝動が発露したのは、後にも先にもそれっきりだった。
 産みのお父さんはあたしの記憶にあまり残っていないが、そんなに感情を露わにするような人では無かったように思う。あたしの中にこんなに衝動的で暴力的な性格があったことには自分でも気が付かなかったけれども、それは多分、死んだ母から受け継いだものだったのだろう。
 
 駆けつけてきた教師3人掛かりで室田から引き離されたけれど……あたしは自分のやったことを少しも後悔していなかった。それに、“怒りに我を忘れていた”って感じでもなかった。室田の頭を床に打ち付けながら、あたしの頭はどこまでも冴えていた。室田が泣くまで、止めるつもりはなかった。
 
彼女が泣き出したときに感じた爽快感を何と表現すればいいのだろう。
 とにかく、最高の気分だった。
 
 しかしあたしはちっとも自分のしたことを反省してはいなかったが、あたしが起こしてしまった問題はそれで収まる筈はない。学校側の連絡を受けて、室田の母親が飛んできた。職場にいたあたしのお義父さんも、学校に呼び出された。
 学校に呼び出されたお義父さんは、本当に“取るものも取らず飛び出して来た”って感じで、真っ青な顔をしていた。あたしはそんな様子のお義父さんを見て、はじめて自分のしてしまったことの重大さに気づいた。

 「いったいお宅では………」室田の母親がお義父さんに言った。声が裏返っていた。「娘さんにどんな躾をしてらっしゃるの…………????………男の子みたいに、言葉ではなくて力で相手に思い知らせろって……そんな風にしつけてらっしゃるの………???………一」
 「申し訳ありません!!!!」
 
 いきなり、お義父さんはその場に土下座をした。
 
 あたしは正直言って、生まれてきてこの方、はじめて味わうようなショックを受けた。
 
 室田のお母さんも、先生たちも、呆気にとられていた。
 
 「申し訳ありません!!…………全ては……全てはわたしの責任です…………!!!!………お許しを………どうか……お許しください!!!!!!」
 
 そう言ってお義父さんはぐりぐりと額を職員室の床に擦り付け続けた。
 あたしははじめて、そこで泣きたくなった。……お義父さん、なんでそんなことすんの……?でもあたしの口からは、言葉は出て来なかった。言葉を失っていたのは、あたしだけじゃなかった。
 大袈裟に頭に包帯を巻かれた室田も、そのお母さんも、先生たちも、みんなが黙り込んでいた。
 
 「お許しください………どうかお許しくださいいいいいいいい……………」
 
 お義父さんの慟哭だけが、職員室に木霊した。あたしは泣きそうになったけど、泣かなかった。
 
 お義父さんの土下座が効いたのか、あたしは1週刊の停学というたいへん甘い処分を下された。
 その日はお義父さんと一緒に、早退することになたった。
 
 
 学校からの帰り道、あたしとお義父さんは無言で並んで歩いた。

 お義父さんは何も言わなかった。あたしも何も言わなかった。
 お義父さんを横目で見ると、床にすりつけたおでこが赤く擦りむけていた。あたしはすごく屈辱的な気分になった。お義父さんは、何であんなことをしたんだろう?あたしは悪いことなど何もしてないのに。室田は、卑怯にも取り巻きを使って、あたしとお義父さんの生活を侮辱した。だから、連中に当然の報いを与えただけだと、未だに思っていた。でも、あたしがしたことは、お義父さんにあのようなどうしようもなく自虐的で屈辱的な行動を取らせた……それは紛れもない事実だった。あたしが悪いの?いや……そうじゃない。
 間違っているのは、お義父さんだ。あたしは帰り道の道中、そればかり考えていた。
 
 家に着いても、お義父さんは悲しそうな顔をするばかりで何も言わなかった。
 「おでこ……消毒しなきゃね」あたしはお義父さんに言った。
 「ああ」お義父さんは消え入りそうな声で答えた。
 あたしはキッチンテーブルにぐったりと座り込んだお義父さんの前に薬箱を持ってきて、手当をはじめた。マキロンを吹き付けて、ティッシュで傷口を拭いながら……何かお義父さんに言うべきことがないか、頭の中の言語野をひっくり返して言葉を探していた。
 
 散々頭の中をかき回した結果、言うべき言葉はたったひとつしかないことに気づいた。
 始めからわかっいた結論だった。しかし……それを口にするのは余りにも不本意だったが。
 “お義父さん、ごめんなさい
 あたしの頭には、その言葉しか浮かんでこなかった。
 やはり、あたしはお義父さんのことが好きだし、この場で言うことと言えばそれしか見つからない。
 あたしは唾を飲み込んでから、ゆっくりと口を開いた。
 
 「お義父さん……」
 「今日のお義父さん、格好悪かったかい?」いきなり、お義父さんがあたしの言葉を遮った。
 「えっ……」
 「今日のお義父さん、とても格好悪かったよなあ………わかるよ。さゆりがお義父さんを軽蔑してるのは。……娘の前で土下座するお義父さんなんて、格好いいわけないよなあ……」
 「……そんな」
 「……ご免よ。お義父さん、さゆりにも恥かかせちゃって……さゆりが正しいのは判ってるんだ。でも。お義父さんは……お前を守りたいんだ。」
 「………」あたしはなんだか……ちょっと下品だけれど……それに“じゅん”ときた。
 「……お母さんが死んでから、お前には随分、辛い思いをさせてきたと思う。だから、今日さゆりがしちゃたことは、お義父さんの所為だと思ってる………ご免よ……ほんとにご免よ……
 「……お義父さん………」いきなり、お義父さんがあたしの手を握りしめた「……お義父さん??
 「……お義父さんは、お前を愛してるんだよ。だから、あんな格好悪いことをしたんだよ。わかってくれるかい?」
 お義父さんはあたしの手を握ったまま、立ち上がった。すごく強い力で、あたしはその場に引っ張り上げられた。……え?……なんだかすごく、ヤバい感じがした。
 「お義父さんはお前のことを、ものすごく愛してるんだよ。さゆりためなら、死んでもいい」
 「お……お義父さん………んっ」いきなり、お義父さんにキスされた。
 
 そのままお義父さんはあたしをソファのところまで押していくと、キスしたままあたしを押し倒した。お義父さんは真っ赤に目を充血させて、物凄い鼻息を立てていた。
 「……お前を、愛してるんだ……愛してるんだよおおお…………
 お義父さんは激しくあたしの首筋や耳たぶに、キスの集中爆撃をした。
 
 ええ?……って……愛しているからって………なんか違うんじゃない!?
 
 あたしはそう思ったけど、あんまり抵抗しなかった。実を言うと、あたしもすごく亢奮していた。
 
 
 

<つづく>

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