インベーダー・フロム・過去
作:西田三郎「第9話」 ■頭の中がぐるぐる
ちゃんと会社には行った。まじめに仕事をした。
だて眼鏡とヘアスタイルのことを何人かに聞かれたけど、どう相槌を打ったのかは覚えていない。
お昼には、同僚の女の子2人と、近くの店でかきフライ定食を食べた。ご飯も残さなかった。午後もちゃんと仕事をした。こんなに真剣に仕事したのは何年ぶりだろう。確かに昨日休んだぶんの仕事がたまっていたこともあったけど…意識して真剣に仕事に集中しないと、頭が勝手に今朝の電車であったことと、渡されたあの写真のことを考えはじめる。それで恥ずかしいけれども…おなかの下あたりがぼんやりと熱くなった。慌てて目の前の仕事をこなすことに打ち込み、いまわしい考えも、いかがわしい躰の感覚も、脇に追いやる。…仕事を進める…また考える…仕事を進める…また考える…その連続で、定時までにはほとんど明日の分の仕事まで片づいていた。
どうしよう。明日は気を紛らわせる仕事がない。
そしてあの男はまた、明日の電車に現れるのだろうか?
無性に煙草が吸いたくなって仕方がなかった。
日常のすき間のほんのひととき、頭の中から余計な考えを追い出してひたすらぼんやりする為にも…煙草は必要だった。煙草は有害無益といわれているけども…起きている間に何も考えない時間を一度も設けられないというのは…煙草を吸うよりも、もっと健康に悪い気がする。
帰り途、煙草の自販機ばかりが目に付いた。
わたしは禁煙を破るために都合のよい理由を探しているのだろうか?
カバンには、あの写真が入っている。
あの写真はなんだ。わたしは、あの写真を撮られたときのことをまったく覚えていない。
しかし写真に写っているのは、紛れもなく二十歳前後のわたしである。
それに他人にあんな写真を撮らせるなんて…いかにもその頃のわたしがやりそうなことだ。
あの写真に関して、わたしはこんな仮説を立てた。
仮説その1…あの写真は合成写真かなにかである。
仮説その2…あの写真はわたしが結婚前に始末し損ねたもので、それが外部に流出した。
仮説その3…あの写真はその撮影者が保存し、わたしはその撮影者のことを覚えていない。
仮説その4…あの写真はわたしの夢を撮影したものである。
…仮説その2と3は仮説4と同じくらい現実性が高い。
一番その可能性の低いのは仮説その1だろう。
とにかく、当時のわたしはあのような恥知らずなことをよくやっていたし、そのほとんどを覚えていない。そりゃ、あのような恥ずかしい写真の1枚や2枚、もしくは6枚か7枚は撮られていても不思議ではない。
いや、現実に撮られていた。
酔っぱらってべろべろになって、ホテルのベッドの上でピースしているような写真は実際に結構あって、わたしは結婚前にそれらをすべて焼却した…わたしの覚えている限りでは、一枚残らず。
しかし…だいたい、撮影されたこと自体ほとんど覚えていないのだから、それらをどこに保管しているかなんて、ますますはっきり覚えているはずがない。燃やし忘れがあったことは大いにあり得る。
また、わたし自身が保管してはいなかったにしても、撮影者がそれを後生大事に保管していた、ということも大いにあり得る。男というものは、そういうのを残しておきたがるものだ。そして時折思い出しては、過去の戦利品であるそういった写真を引っ張り出し、それを眺めながら……。
いったい何を考えているのだ、わたしは。気が付くと、自宅のドアの前に立っていた。わたしはほとんど無意識のうちに電車に乗り、道を歩いて、家に帰ってきたらしい。
ドアのカギを開け、灯りのついていない、薄暗くなった部屋に入る。
夕飯の用意に何か買ってくることすらしなかった。
わたしは靴を脱ぎ散らかすと…そのままの格好で居間のソファに直行し、倒れ込んだ。
だて眼鏡を外して放り投げ、アップにしていた髪を解いた。
躰が、無性に熱くなり、汗が滲んでいた。
そのままわたしはソファの布地のつめたい感触を頬や首筋で味わいながら、ストレッチパンツの前ホックを外し、ジッパーを下げた。左手は汗ばむセーターの中に忍び込んで……ブラジャーのホックを外していた。
右手を下着の中に突っ込む。
「…んっ」
恥ずかしいくらい濡れていた。ストレッチパンツの布地にも染みだしそうだったので、そのまま脱皮するように脱ぐ。ソファの上で這い蹲るような格好で、わたしは指を動かした。一も二もなく、クリトリスを刺激する。
「…んあっ」自分でしているのに、情けないくらいの声が出た。
半日解放されなかったその部分は、いつもより腫れ上がっているように思えた。
指を乱暴なくらいに激しく動かす。セーターに突っ込んだ手は固くなっている乳頭をひねるようにつねる。めちゃくちゃ乱暴な触り肩だった。マウスのスクロールボタンを転がすように、激しくクリトリスを振動させる。乳頭をさらにひねり上げて、乳房が千切れそうなほどそれを握りしめ、こね上げた。
「…あっ……うっ……んんっ…」
いつもは自分でするときは声なんか出さない。
でも、あたしは自分の躰が壊れそうなくらいに、激しく自分の手で自分を弄んでいた。
“今日はちょっと乱暴にしてあげる”男はわたしにそう言った。わたしはそう言われて、躰を熱くした。
“やらしいなあ、伊佐美ちゃんは。乱暴なのも好きなの?”
そんな言葉で、男にからかわれた。事実、わたしは自分でも信じられないくらいやらしかった。
「んんんっ…」
いつもひとりでするときはそんなことは絶対にしない…のだけど…下着の中で人差し指を立てて、深く穴の中に突っ込んだ。ぺちょっと、いやな音がした。
「……あ…やあ……やあっ……」何を言ってるのだろう。
でもわたしは頭の中で、いや全身で、今朝の電車で受けた辱めを忠実に再現していた。
乳房を握りしめていたその手をべとべとに汗ばんだセーターから抜き出して…目の前にあるテーブルのスチールの脚を握りしめた。固かった。今朝、握らされた男のものと同じくらい、固かった。でも辺り前だけど、テーブルの脚には、熱も脈もない。
“ギブ・アンド・テイクだよ…”むかつくあの男に言われた。
わたしはそんな風に言われて、そして、信じられないけど…自分で手を動かした。
「……ああっ………あっ……やっ……」
わたしはそんな声を出しながら、何の反応もないテーブルの脚を上下に扱いていた。テーブルがぎしぎし揺れて、上に置いてあったペン立てが倒れた。
わたしは今、ソファに這い蹲って、下半身はパンツ一枚で、それに右手を突っ込んで指を出し入れしている。もう片方の手は、テーブルの脚を扱いている。
なんて馬鹿みたいなことをしてるんだろうか。
とても人には見せられない姿だった。
あの男…男の話によると、わたしのすべてを知っている男には、今のわたしのこんな姿も見えるのだろうか。そう思うと、わたしのあそこがきゅうっと締まって、わたしの指を締め付けた。
「……ああ……んっ…」
“…でも、伊佐美ちゃんをこうしておもちゃにすることはできる。愛して無くても、それはできるんだ。…”男に言われた言葉を頭の中で反芻する。
“あーあ、もう手がふやけそう”
しっかりと人差し指をくわえこんだそこは、涎を溢れさせ、わたしの掌を濡らしていた。すごい濡れかただった。パンツはあっという間にべちょべちょになったので、脱ぎ捨てた。内股を伝った液が膝まで垂れて、ソファを濡らしそうだった。掌はふやけていた。わたしはおかしくなったのかも知れない。
“…ほら、ほら、溢れてる。溢れてるよ…”
ほんとうに溢れていた。男にされたみたいに、指を小刻みに出し入れした。湿った音が部屋中に響いている。わたしはほとんど泣き声に近い声を出していた。
“イきそう?イきやすいもんね、伊佐美ちゃんは”
「……やっ……違う……っ……うっ……ちが……っ……うんっ!!」
何が違うの?わたしは何をしているんだろう?
公一に悪いと思わないの?
朝、思ったことをまた思い出す。それがまたわたしの躰を痺れさせた。
公一との生活、それが一体、わたしにとってどれくらい大切なものなんだろうか。
今、こうやってわたしを飲み込んでいく感覚と比較しても。
「……ああああっ…あ、あ、あ、あ、…」
イきそうだった。朝は、ここで手を止められたのだ。
そして今ようやく、わたしを半日苛み続けた渇望を、解放しようとしている。
さらにわたしの肉が、指を締め付けた。もう指を動かすことも出来なかった。
「………く、く…くううっ…」ソファの布地を噛んで、叫び声を堪えた。
全身で絶頂を受け止める…信じられないほどよかった。
でも、わたしの亢まりは、1回の絶頂くらいでは沈めることができなかった。
公一が帰ってくるまで、4回もした。部屋の中も暗くなっていたけど、灯りも点けないまま。
夜8時ごろ、公一が帰ってきた。
<つづく>NEXT / BACK TOP