インベーダー・フロム・過去
作:西田三郎

「第8話」

■過去より

 「んっ…」冷気がつーっと背中を下り降り、逆にが下半身から登ってきた「…やめてよ」
 「無理しなくていいって…」男が舌をわたしの耳の中に挿れる「すぐ良くしてやるから…」
 セーターの中で戒めを失った胸が、大きく息づいていた。さらに侵入してきた男のつめたい手が、わたしの右胸を激しく揉みしだく。乳頭は男の指で挟まれているけど、男はそこを刺激しない。
 わざと焦らすように、捏ね回される。
 「…や…」セーターの下に、蠢く男の手が見えた。セーターが伸びそうだった
 あっという間に乳頭が固くなるのを感じた。
 すかさず男の手が、それを転がす。
 「…ひゃ…」氷のような指先だ。わたしは思わず飛び上がった。
 「…感じてるでしょ。ほんとは。やらしいなあ、美佐恵ちゃんは。乱暴なのも好きなの?
 「…ん…」わたしは男の手から逃れようと藻掻いた。
 しかし、周りの人に気づかれることの恥ずかしさが先立って、具体的な行動を起こすことができない。
 そうこうしているうちに、左側の乳房に指が伸びる。
 「…ほら、左の乳首も固くなってるもの。触ってほしいんでしょ?」
 「…へ…変態…」必死で男の方を向こうとしたが、窮屈な車内で躰が思うように動かない。
 「…ふーん。そういう事いうわけ。じゃあ自分は何なんだよ、奥さん。…ほら、左の乳首もぴんぴんに立ってるよ…。まだ触ってもいないのに…やらしいねえ。やらしい女だねえ、伊佐美ちゃん。昔と全然変わってないね。感じやすいとこも…」
 「…ん…やっ!」わたしは身を固くした。男の左手が、降ろしかけていたストレッチパンツを、まるで皮を剥くようにグイッと引き下ろしたのだ。
 まさか、こんな人混みの中でこんなこと…。
 焦りを感じたけど、それ以上に亢ぶっている自分も感じた。こんな状況下で、いやらしいことをされているということ。いやらしい言葉で辱められているということ。信じられないけど、その新鮮さを全身で感じていた。馬鹿と思われるかも知れない。思われて当然だけど、事実わたしはいいようにされていた
 「…さーて、下のほうはどうかな…」男のせっかちな左手がパンツの前から侵入しょうとする。
 「やめて、お願い。ほんとうに」わたしは何とか自分の右手で男の手を押さえた。
 と、するり、と男の右手がセーターから滑り出て、わたしの右手首を掴んだ。
 「…え…?…あっ
 手を導かれた先は、男のズボン前だった。ズボンの上からでも…それがぎんぎんに固くなっているのがわかった。よせばいいのに、指先に神経を集中させると…それが脈打つのも感じることができそうだった。
 わたしの顔はかっと熱くなった。
 「…ほら、おれもしてあげるから、伊佐美ちゃんもしてくれよ。」
 「…や……」男のズボン前が、わたしの右手の平にこすり付けられる。
 「…いくよ」
 「んっ」男の手が、前からパンツの中に侵入してくる。
 わたしは脚をぎゅっと閉じたけど…男の指の一本が陰毛をかき分け、あっという間に中心部にたどり着く。それは昨日よりも迷いなく、確実にわたしの陰核をとらえた。
 「……んんんっ…」
 「なあんだ、やっぱりもうべちょべちょじゃん」朝の電車で口にする言葉ではない。「…こんなふうにさ、イメチェンしたり、電車の乗車位置変えたりさ、携帯の電源切ってたりしてもさ、ほんとのとこいうと、おれに会いたかったんじゃないの?おれに見つけて欲しかったんじゃないの?」
 「……ふざけ…ないで…よ……んんっ!」指を動かされた「くっ…や…やめ…て」
 「やめてとか言って腰振ってるじゃん」男に言われて、はっとした。それは自分でも意識してなかった。「…もっとしてほしいって、躰は言ってるよ
 「……やあ……おね…」男の指が激しくなる。「…おね…がい…や………めて」
 腰を振っていたかも知れない。それどころか、男の指に陰核を押し当てるように、腰を出したり引いたりしていたかも知れない。わたしは耳まで熱くなって、何かを堪えようとしていた。ひっつめにした前髪の生え際に、じっとり汗をかいているのを感じた。
 いつの間にか、眼鏡も曇りはじめてていた。
 わたしの右手は相変わらず男のズボン前に押しつけられている…それは、ますます勢いを増している。へんだ。いけない。わたしはへんだ。気が付くと、押し当てられた手の指を、自分でゆっくり動かしてさえいた。
 「…ダンナさんも、ヒドいよねえ。きのうは本番ナシだったもんねえ。イかせりゃいいってもんじゃないでしょ。ねえ?あんだけいじくっといて、挿れてくんないんだもの。ダンナさん、判ってないね」
 「…な…」激しく擦られながら、わたしは虫の息で男に聞いた「なんで…そんなこと…」
 「おれは何でも知ってんだよ」男がまた耳たぶを軽く囓る「伊佐美ちゃんのことはぜんぶ。昨日何をしたか、いま何考えてるか、結婚するまでどんなだったか、どれだけお酒が好きか、どれだけ煙草を我慢してるか、どんなことをされたいかどんなふうにされたいか、どこをどう責めてほしいか、どういう体位が好きか、なにをされたら本性がでちゃうか…それに、いま何が一番大切か、も」
 「……ん……」男に耳元でさんざん囁かれる。わたしを辱めるための呪文を。
 「…伊佐美ちゃん、ダンナさんのこと愛してるもんねえ。おれは、ダンナさんじゃないから、伊佐美ちゃんには愛されない。そんなこと判ってる。おれも、伊佐美ちゃんのことは愛してない。大好きだけど、愛してない。わかる?これ。…だっておれ、ダンナさんじゃないからね。でも、伊佐美ちゃんのことは大好きだから…こうしておもちゃにすることはできる。愛して無くても、それはできるんだ。わかる?…ところで、脚、開いてるよ
 「…あっ!……んん…」閉じる間はなかった。ぐいっと男の手が脚の間に入ってくる。
 「あーあ、もう手がふやけそう」そういって男は器用に、2本の指でわたしの切れ目を開いた
 「くはっ…!やっ……!」思わず声が出た。
 しかし男は2本の指で入り口を開けたまま、容赦なくその間の指をわたしに突き入れた。
 「……んんっ!!」
 「…ほら、いくよ」
 「……くうううっ……」
 わたしは歯をむき出して下唇を噛んだ。
 男の指が小刻みな動きでわたしの中にはいったり出たりした。滅茶苦茶な動きだった。
 でもわたしの入り口は充分すぎるほど潤っていて、その振動から痛みを感じることはなかった。
 そして、快楽が襲ってきた。穴に激しく出し入れされる湿った音が、聞こえてくるようだった。
 「…ほら、ほら、溢れてる。溢れてるよ…」
 「…あっ…くっ……うっ………………う…………う、う、う…」
 眼鏡はもはや完全に曇っていた。
 バカみたいと思われるだろう。なんてやらしい女なんだと思われるだろう。まるでAVに出てくる女みたいだとも、思われるかも知れない。しかし、わたしは満員電車の中で、激しく指を出し入れされて、いきそうになっている。信じられなかった。だんだん頭がぼんやりしてきた…まるで、一昨日、昨日と続けて見た夢を見ているみたいだった。いや、これは夢なのかも知れない。夢でないとこんなことはおかしい。夢なんだ。夢なら…愉しんでもいいかも知れない、なんて恐ろしいことを考えはじめていた。
 「…ああ………………あ、あ…あ……」
 「イきそう?イきやすいもんね、伊佐美ちゃんは」
 男の言葉で、我に返った。いや、夢じゃない。夢よりもずっと気持ちいい。いや、バカ。何を考えているのだ。しかし男の指はますます激しくなる一方で、わたしの息は上がっていく。でも、イっちゃいけない。そこまで堕ちるわけにはいかない。やもすれば、あっという間に肉欲にさらわれそうな、一握りの理性で、わたしは公一の顔を思い出した。公一に悪いと思わないの?…わたしは自分に言った。
 しかし、それは逆効果だった。心に浮かんだ公一の顔はあっという間に消えて、昨夜わたしをイかしてくれた指の感覚が鮮明に思い出された。もうダメだった。
 「………あ…………ん?」
 男の手がするりとわたしの下着の中から逃げ出すと、もう大惨事になっているわたしのあの部分の上に、ストレッチパンツが引き上げられた。ご丁寧に男は、ブラジャーのホックまではめ直した
 電車が駅に着いて、人々が一斉に降車する。
 男はわたしのパンツの尻ポケットに、何か紙のようなものを入れる。
 わたしも、男も、電車の外に流れ出した。服は元通りだが、わたしの顔は真っ赤に上気していただろう。眼鏡も曇っている。さっきまで、絶頂寸前まで追い立てられていたのだから。
 わたしは、はっとして自分の背後に男の姿を探した。
 逃げ足の速い男の、後ろ姿が見えた。
 身長はわたしよりちょっと高いくらい(もっと大男だと思っていた)多分年の頃も同じくらい。黒いカジュアルなジャケットを着て、チノクロスのパンツを履いている。男はまさに逃げるように…駅の階段に消えていった。わたしも追いかける気も湧かず…ぼんやりとそこに立ちつくした。
 
 と、尻ポケットに入れられた何かのことを思い出した。

 ひっぱり出して見る…それは、一枚の写真だった。
 まだショートカットにしていた頃…二十歳前後のわたしが映っていた。
 場所は何度も夢に見た、あの狭い小屋
 写真の中のわたしは、ちょっと拗ねたような、でも本気では怒っていない目で、こちらを見つめていた。
 愛おしい者にしか見せない、わたし自身も知らないような表情だった。
 写真に写っているのはわたしの上半身で、その上半身は裸だった。腕を組んで胸を隠している。
 

 写真を裏返すと、赤いボールペンでこう書いてあった。
 
 “1997年8月15日 またあおう かこより”
 
 <つづく>


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