青ひげ
作:西田三郎
「第8話」

 

■ 吸血鬼

 ベッドの上に腹ばいになったわたしの背中を、お尻を、太股の裏を、脹脛の裏を、青山の指が這い回った。

 「あうっ……ぐっ…………く、くううっ………」

 シーツを握り締め、口からとめどなくあふれ出すよだれが枕を濡らす。
  全身が痺れる。ベッドから身体が浮き上がって……ベッドの上空15センチを浮遊しているような気分だった。
  青山の指の感触はあの“グリグリ棒”とはまったく違う。
  指先は冷たくて、わたしの肌にめり込んでくるようだった。
 
  「気持ちいいですか……?とっても良さそうですねえ……ええ、いいんですよ。そのまま気持ちよくなってくれたら……はい、もっと声出してもいいですよ。ほら、誰も聞いてませんから……もっと声出してください」
  「だ、だ、だめだって……と、隣の人に聞かれちゃうよ……」
  「いいじゃないですか。別にいやらしい事しているわけじゃないんだから。僕は川辺さんにマッサージしているだけですよ。ほら、このへん……このへんは特に疲れが溜まる場所なんです。ほれ、どうですか?」
  「ああああんっ!!!」

 膝の裏のリンパ腺の辺りを激しく責められた。
  バチバチと頭の中で火花が散る。
 
  ええ、正直に言うけど、これまでしてきたどんなセックスよりも気持ちよかったよ。

  みっともないくらい、自分が濡れているのを感じた。おそらく青山のベッドのシーツをえげつなく濡らしてしまっているのだろう。わたしはとんでもなくいやらしい女だ。しかしそれを認識すればするほど、わたしは自分を抑えられなくなっていった。
 
  「ね、も、もういいから……もう、身体の裏面はいいから……」
  わたしは肩越しに青山を睨みながら言った。
  よほど物欲しげな表情だったに違いない。一瞬、青山がわたしを見てまた笑う。少し嘲るような笑みだったような気もするが、わたしの思い違いかも知れない。
  「……なんですか?」
  「仰向けになるから………身体の前面もしてよ」
  「……でもそうすると……普通のマッサージじゃなくなっちゃいますよ。それじゃ完全にわいせつ行為になっちゃいます。それでもいいんですか?……いや、どうしてもって言うならその……僕もやぶさかではないですが」
  「ど、どうでもいいからしてよ……お願い」
 
  わたしはくるり、とベッドの上で反転すると仰向けになった。
  恥かしいくらいに乳首は固く尖っていて、全身が汗ばんでいる。すり合わせた太股はもうしっかりと滑りを帯びている。ああもう、どうでもいいや。

 「……さ、さ、触って……触って……………青山君」
  「わかりました……しょうがないですねえ………」

 青山の指が鳩尾の辺りに触れた。
 
  「うんっ!!!」それだけでわたしの身体はくの字に折れ曲がった。
  「……ここを押すとね、目と肩にいいんですよ……ほうら……」
  「……あっ………うっ………くうううっ………め、目と肩なんてどうでもいいよ……んんっ」

 自分の指を噛んで、声を堪える。
  目と肩にいいかどうかは知らないが、確かに頭がおかしくなるくらい気持ちがいい。脇腹に、おへその横に、太股の付け根に、次々と青山の指が触れる。全身が激しく痙攣して、ベッドのスプリングが弾けそうなくらいに自分の身体が跳ね回るのが判る。
 
  ああ、もう、もうだめだった。

 「あ、あ、青山くんっっ…………」わたしは青山の首に手を回した。
  「何ですか?」青山が薄笑いを浮かべて囁く。
  「もっと………ちゃんと触って………その……おっぱいとか、いっぱい揉んで……乳首とか、くりくりしてよ。それから……それから………そ、それから……あ、あそこにも指入れて……指入れてから………中もぐりぐりして……お、お願いだからそうして。そうされないとおかしくなっちゃう……」
  「………しょうがないなあ………川辺さんっていやらしいんですね
  「い、いやらしいわよ!!いやらしくて悪かったね!!!
 
  思わず青山の肩に噛み付く。

 「いてっ………」青山がまたヘラヘラと笑う「……痛いなあ……もう」

 そして……青山の手がわたしの胸に触れた。
  念入りで慎重な愛撫だった。たんに揉まれているというのではなくて……胸の脂肪の中の固い芯をほぐしていくような、事務的な動きだった。しかしわたしはこんなふうに胸を揉まれたことがない。単に胸を揉まれているだけだというのに、日々の暮らしのわだかまりの全てが、そこで消化されていくかのようだった。乳首を青山の指が攻めだしたときは、青山の背中に爪を立てていた。

  「………し、下もして………」
 
  ああもう、わたし何を言ってるんだろう?
 
  「はいはい、待ってくださいね………」
  「んんんっっ!!!」

 指が入ってきた。
  青山が指先で何かを探していることは明らかだった。わたしははっきり言って、他人からその部分を正確に責められたことがない。しかし、いとも簡単に青山はその部分を探り当てた。
 
  「くあっ…………」
 
  いきなり激しく責めるようなことはしなかった。
  やさしく、様子を見ながら……その致命的なポイントがじっくりと捏ね上げられていく。腰から下が、だんだんドロドロの液体になっていくような気分だった。気がつくと、腰が数センチほどベッドから浮いている。左右に腰を振ろうとすると、青山の左手がそっとその腰の動きを止めた。逃げ道を失ったわたしの腰は、じんわりと与えられるその刺激に身を任せ、青山の思うがままに高められていくしかなかった。指はゆっくり確実に、わたしの感覚を高めていく。

 し、死ぬ。こ、このままじゃ死んじゃう。

 イってしまうのは時間の問題だった。
  そうなった結果、もとの精神状態に戻ってくることができるかどうか、正直言って自信がない。

 「あ、あ、あ、あ、…………あ?」

 青山の指がぴたりと止まった。
 
  「な、な、何?………何でやめるの?」わたしは泣き声で言った。
  「あの……このままでいいですか?それとも……ええっと………その………なんていうか………あっちの方を………その………」
 
  言いにくそうに口ごもる青山。

 「………い、挿れて」わたしは言った「青山君の……欲しい

 青山はそそくさと体勢を変えると、わたしの脚を大きく開かせて………先端をわたしの中に挿入した。
  わたしは部屋のすべての窓とすべてのガラス食器全てを割ってしまいそうなくらいの高い声を出して……そのまま気を失った。

 意識が戻ったとき、青山はシャワーに行っているようだった。
  水の流れる音と、彼の鼻歌が聞こえてくる。
 
  わたしのお腹の上に、青山の精液が飛び散っていた。
  その生ぬるさを感じる。
  全身に鳥肌が立って……むき出しの後悔と罪悪感がわたしに襲い掛かってきた。

 

<つづく>



 
 

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