愛の這ったあと
ある寝取られ男の記憶の系譜作:西田三郎
■13 『男はいかに妻を犯したかを語りながら、溶けていった』
わたしも当然、見間違いかと思った。
でも男がゆっくりと指を開くと……その間をくもの巣の糸のような粘液がつないでいる。
いかがわしく、汚らわしい。まさにそうだ。
「ええ、あなたです。あなたの前で、あいつがどんなふうになったのか、それをわたしはそれを必死で再現しようとしたんです。もちろん、あなたがあいつをどんなふうにヤッたのかなんて、知ったこっちゃない。あいつに聞き出すようなこともしませんでした。とにかく、やれることのすべてをやって、あいつの身体が溶けちまうまで、徹底的にいたぶり抜くつもりでしたよ。指を2本入れました。3本入れました。めちゃくちゃにあいつの中を指でかき回して、かき回して、かき回して……それでも、どんどん液があふれてくるんです。ほとんどあいつは泣き叫ぶみたいに喘ぎながら、わたしの頭をかきむしりました。わたしはあふれてくる液を、全部吸い上げてやりました。わたしの涎とあいつの液が渾然一体となって、わたしの顔とあいつの太股を濡らしました。途中であいつが『だめっ!だめっ!だめっ!』っていいながら頭を振りたくり、ソファの上でもんどりうちました。『お願い!だめっ!だめっ!』ってね。……そしたら、どうなったと思います……?あいつのあそこから、ドバッと大量の液体があふれ出したんです。ええ、あんなのははじめてこの目で見ましたよ。あいつ、噴出しやがったんです。ソファもわたしの顔も、わたしのシャツまでもビチョビチョに濡れちまいました。ええ??……どうなってんだてめえ、と思いました……これまで一度も、わたしの前でこんなことになったことねえじゃねえかよ……あの野郎の前ではいつもこうなのかよ……いやすいません、『あの野郎』ってのはあなたのことです。」
男は一旦下げた手をまた突き出し、またわたしに指を突き出した……と、思ったがどういうことだろう。
男の人差し指は第二関節あたりまでが無くなっていた。その断裂部分はどろどろのクリーム色をしており、地面に汁を滴らせている。わたしは声を失った。その場に棒立ちになり、男の顔を見る……男は、尋常ではない量の汗をかいていた……薄い髪から、額から、頬から、たるんだ顎から、滝のように汗が噴き出している。その汗は、男の顔から流れ出て、そのポロシャツをどんどん濡らしていく。なんと、モスグリーンだったポロシャツの色がどんどん落ちて真っ白になっていく。
男は汗をかいているのではない。自ら溶け出しているのだ。
信じられなかったが、わたしにはそれを見守るしかなかった。「……ええ、もうあいつがそんな液を噴き出した、ってのがそのときのわたしには許せなかったんです。次にわたしは、あいつのあそこに、自分の人差し指と中指を突き立てました。」男が溶けた人差し指を納めて、中指をわたしに突き出してみせようとしたが、中指はもう、根元まで溶けていた。「……よくAVでやるみたいに……あるでしょう?それまでは、あいつも痛がるだろうと思って、そんなことはしたことがありませんでした。わたしはずっと……あいつの身体に気を遣いすぎていたんですね。一気に臍の裏あたりを持ち上げるようにして、グリグリをその部分を攻め立ててやりましたよ……ええ、あの、Gスポットってやつですか?……もっとも、そこがそのGスポットかどうかなんか知りませんけどね、あいつ『いやあっっ!!!』ってまた身体を仰け反らせました、わたしの身体にすがりつくようにしてね。『お願い、やめ、や、やめ、て……お、おね、お願い……も、もう……もうっ……』って息も絶え絶えですよ。やめませんでした。もっと激しく指を動かしてやりました。腹を突き破らんばかりの勢いで………そしたら『ああっっ!!!い、いやっ………ま、また………んんんっ!!!』って声を挙げて、ぎゅうううっっってわたしの指を食いちぎらんばかりに締め付けましてね。『んはっ!!』ってばかりに、また噴き出しやがったんです。さっきと同じくらい……いや、さっきよりもっと多い量の液をね。わたしの手も、ズボンも、ソファも、床のフローリングも、いたるところがベチョベチョですよ」
男の頭はどんどん溶け、ほとんど脳が剥き出しになっていた。ぼろり、と右の目玉が落ちて、生垣の上を転がり、わたしの家の庭の上でべしゃ、と潰れた。氷が溶けるように、後には水溜りしか残らなかった。
「……『なんだよ、テメエは潮吹きマシンかよ!!このド淫乱が!!』って罵りながら、わたしも立ち上がって自分のズボンを脱ぎましたよ。もう、パンツを突き破りそうなくらいにチンポはビンビンでしたよ。あんたの奥さんをハメ倒した直後だった、ってのにね!!!……いやあ、見事に反り返ってて、あんたの奥さんを突きまくったとき以上にカチカチで、ドス黒く染まってましたよ。よく見ると、あんたの奥さんのアレがこってりと表面にこびりついて、白く固まってる。となるともう、これしかないでしょう。女房の肩をつかんで、目の前に突きつけてやりました。『さあ、しゃぶれよ!!あいつにいつもしてたみたいに、しゃぶるんだよ!!……いつもおれにしてるみたいにしゃぶったのか??それともあいつが好きなやり方で、あいつに合わせてしゃぶったのかあ???……ほらみろよ。あいつの女房のまんこを散々かき回してやったチンポだよ。あいつの女房のアレでベトベトに汚れたチンポだよ!!ええ!?!?ほらしゃぶれよ!!!お前の口できれいにしてみろよ!!!』って言いながらね。……あいつは悲しそうに、上目遣いでわたしを見ると、目をと閉じて観念したようにしゃぶりはじめました。まず最初に、ちゅっと亀頭にキスしてから、唇を全体に這わせるようにして、亀頭全体を口に含んで、舌でレロレロしはじめるのが、あいつのいつものやり方で、その日も同じでした……ねえ、ご主人。あなたのをしゃぶる時も、あいつ、そんな感じだったでしょう?……そういうやり方じゃなかったですか?」
さらに脳がどんどん溶け出していくのが見える。脳が溶けているというのに、男は同じ調子でしゃべり続けている。 溶けていく組織はすべて、透明のさらさらした液体になって溢れていく。まるで雪だるまが溶けていくようだった。わたしは腹をくくった……ここんとこ、ずっとヘンなことが続いてんだがら、これぐらい何だ、と。
しっかり、ことの成り行きを見届けてやろう、と。「……しかしまあ、ご主人、あんたにはほんと、感謝しなけりゃなりません。あいつのフェラチオの上達具合といったら!!……あんた、いったいどうやってあいつにあれほどの技を仕込んだんです??……すっかり歯も当てずに、玉の裏も丹念になめ上げて、側面もハミハミしてくれるんですよ。ときどき、口を離して亀頭を手のひらでローリングしたりしてね。いやあ、すごいですよ。見事な進歩です。そして、ときどき、上目遣いにわたしのことを見るんです。ひどく悲しそうな顔してね。そりゃあちんぽはものすごくビンビンで、あいつのフェラチオは最高でしたよ。これまで味わったことがないくらいにね……いや、まさに!!……これまで味わったことがないくらいに!!……それがわたしの繊細な神経をさらに逆撫でしました……ようするに、わたしの妻は、丹念にフェラチオをすることでわたしの傷ついた心を癒し、怒りを静めようとしているのです……それも、ほかでもない間男、つまりあんたです……あんたに教え込まれたテクニックを使ってね!!!」
男の肩の先にわずかに残っている腕の残りが、わたしを指した。
もう男は人間の形をしていなかった。男はぬらぬらした灰色の氷山だった。
目の前でうごめく巨大なウジ虫だった。でも声は聞こえてくる。
もはや、口がどこにあるかもわからないのに。「思いっきり、あいつの顔にぶっかけてやりましたよ。『あついっ!!』って言ってあいつが顔を背けました。あいつの短い髪をひっつかんで、自分のほうに向かせましたが……いやあ、爽快なんてもんじゃなかったですね!!あんたの奥さんの中に出して、出して、出しまくってやった、ってのになんですかね??あの量と濃さは!!わたしが出したザーメンで、あいつの顔がぐちゃぐちゃなんです……薄く上気したほっぺたが、水銀みたいに濃厚なザーメンでべちゃべちゃですよ!!……それでもあいつは、イヤな顔しないんです。まだ、わたしのをしゃぶり倒してたときと同じ上目遣いで、わたしの顔を悲しそうに見上げたままなんです。信じられなかったですね。あんなに出したのに!!あんたの奥さんのまんこの中と、あいつの顔にぶちまけた、ってのに、わたしのちんぽは硬いままでした!!へそにぴったりくっつくくらいカッチカチだったんです!!……これは奇跡だと思いました……わたしはあいつの体を立たせて、裏返して、うつぶせにソファに突き飛ばしてやりましたよ!!『きゃんっ』って、あいつが子犬みたいな声を上げました……この耳に、はっきり残っています」
もちろん、もう耳はない。それを指差す指はおろか、腕もない。男の身長は50センチくらいになって、生垣にほとんど隠れていた。でもぴくぴくと溶けながら動く、先のとがった頭が見える。
「……そしてあいつの尻を高く引っ張りあげて、あいつの小さな、固いけつを握ったまま、一気にぶちこんでやりましたよ!!『はああああんんっっっ!』ってあいつが悲鳴を上げました。あいつの背中が、ぎゅうっと弓なりに反りました。煮えたぎるくらいにぐつぐつ言ってるあいつの肉が、わたしのちんこを締め上げました。あいつの肩甲骨が、まるで羽根でも生やすみたいに、くっきりと浮き上がりました!……あいつがべとべとになった頬をわたしのほうに向けて、熱っぽい目で振り返りながら『……す、すごいっ……』って言いました。わたしは正気を失いました。いやもう、どこからが正気でどこからが正気じゃないのか、自分でもよくわかりません。『ウソだろ?ウソつき!!』わたしは言いました……『ウソだろ?すごかねえだろ?あいつのほうがすげえんだろ??』ってね!!言ってやりましたよ!!……そして、あいつの内臓をえぐり出すみたいに、深く、ずしん、と突いてやりましたよ……『うあああっっ……』って、あいつの手がソファを握り締めます……ふん!!……わたしにはわかってるんですよ!!……そんなのは全部、わたしの怒りを鎮めるための演技だってね!!……『ウソやろ!!ウソやっちゅうてみい!!あいつのほうがええんやろ!!!どないや!!!どやいなんや!!』って、関西弁で叫びながら、あいつの入り口までちんこを引き抜いては、奥まで貫く、引き抜いては、貫くを繰り返してやりました。あいつのあそこが、さらに引き締まりましたよ!!!『……だめっ……すごいっ……すごすぎるっ……もうだめっ……許してっ……』とかなんとか、あいつは腰をくねらせながら、わたしの動きの負荷がもっとはっきり感じられるように、快楽を調整してやがるんです!!!……わたしはますます、バカにされた気分になりました……屈辱と怒りで、気が遠くなりそうでした……『誰でもええんと違うんか!!そやろ!!誰でもええんやろうがこの淫売が!!!男なんか、ちんぽだけでええんやろうが!!!どうせわしのことなんか、ちんぽ一本、くらいにしか思ってないんやろうが!!!』……わけのわからないことを叫びながら、わたしは突きまくりましたよ!!……突いて!!……引っこ抜いては突いて!!……突いて!!……引っこ抜いては突いて!!……突いて!!……引っこ抜いては突いて!!……………」
男はもう、それを永遠と繰り返し続けた。男の姿はもう見えない。
声はどんどん小さくなっていき……次第に聞こえなくなった。わたしはしばらく、呆然としてその場に立ち尽くしていた。そして、タバコがフィルターまで燃えたことで我に返った。……生垣から、男の立っていたところを恐る恐る除いてみる。
大きな水たまりができていて、そこに一粒、雨が落ちた。不意に雨が激しく振り出して……水たまりの水面を叩きはじめる。
しばらく、わたし自身も雨に激しく打たれながら、その水たまりを見ていた。
男が立っていたそのあとを。
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