わるいおまわりさん
作:西田三郎

 

「第7話」

■ジャッジ・ドレッド

 気がつくと、あたしはその速水と名乗った刑事さんと一緒に、三島のマンションの前に停めた車の中に居た。

 「……あそこに住んでんの?そのクズは」速水がフロントグラスからそのワンルームの小奇麗な概観を覗き込む。「へええ……大学生かなんか?結構いいとこに住んでんじゃん」
  「……はあ……」あたしは助手席で速水の奢ってくれた缶ジュースを飲みながら言った。「……なんか、実家がお金持ちらしいんです」
  「はあ……親の金でいい暮らしして、しかも女の子にレイプか……いやあ、なんだかますますムカついてきたなあ……」

 速水はそう言うとどこかのレバーを捻って、トランクを開けた。
 
  「さて、行くか……」そう言いながら出し抜けに速水は車から出た。
  「……え、その……行くって……」あたしも続いて車を出る。
  「……これも警察の仕事なんだよ。まあこれはおれがボランティアでやってるんだけどね」

 車の後ろに回りこんだ速水がトランクを開ける。
  中には小さなナップサックが入っていた。

 「これは……?」あたしが聞くと、速見が中を開けて見せる。

 黒い目だし帽に……手錠。それに透明な液体が入った……500ミリ入りのコーラのペットボトルと、デジカメが入っていた。あと“チャッカマン”も。

  「なんなんですか……これ」
  「……いやまあ、その、おしおき道具だよ……あと、これも。」速水がさらにナップサックの中に手を突っ込む。
  次の瞬間現れたのは……あたしもそんなのははじめて見たが、いわゆる“大人のおもちゃ”だった。あの……バイブってやつ?鮮やかなオレンジ色をしていて、禍々しいまでに大きくて……しかも反り返っている。

  「よし、行くか」速水は目だし帽をスーツのポケットにねじ込むと、リュックを肩にかけ、ペットボトルを手に、マンションへ足を向けた。
  「………」あたしが付いて行こうと、速見は手で制した。
  「あ、君は車で待ってて。……ええっと……大事なこと聞くの忘れてたな……そいつ、何号室だっけ?」
  「2階の203号室ですけど……」
  「オッケー

 そのまま軽い足取りで速水はマンションに向かった。
  心なしかスキップでもしているかのような足取りだった。あたしは何が起こるのかさっぱり予想できず、そのまま車の中に戻ると……フロントグラス越しに目を凝らし、事の成り行きを見守っていた。

 相変わらず軽い足取りで、速見がマンションの階段を上っていく。
  顔は生き生きとしていた……鼻歌でも歌ってるんだろうか?

 速水は三島の部屋の前でポケットから目だし帽を出すと、周りをキョロキョロ見ながらそれを被った。一気に風景がなにかものすごく……犯罪的な雰囲気になった。
  やばいなあ……と思ったけど、あたしはそれを黙って見ていた。
 
  速水が呼び鈴を押す……インターフォンになにやら喋りながら、ペットボトルの栓を開ける。

 やがて……ドアの隙間からひょっこり三島が顔を出した。
  いきなり速水がドアを押さえ、速見の下半身に向けてペットボトルの中身を引っ掛ける。……????………呆然としている三島を、速見が部屋に押し込んだ。

  ドアが閉まる………数十秒前と何も変わらない、平和なワンルームマンションの風景が戻ってきた。

 それからあたしは車の中で40分くらい、ずっと待たされた。

 退屈なので、ラジオを掛けた。
  いろんな曲が流れた……どれもラブソングばっかりだった。
  これまで不思議に思ったことはなかったが……この世界に流れる歌のほとんどはラブソングだ。いい曲もあれば、そうではない薄っぺらい曲もある。あたしはそれまで、歌の歌詞に関してこんなに注意を傾けたことがなかった。どの曲も、あたしの今の気分にぴったりくるものはない。当然そうだろう……誰もあたしのために歌を作ってるわけじゃないんだから。
 
  待っている間に、学校帰りの小学生が先生に引率されて車の脇をすり抜けて言った。
  みんな笑っていて、女の子たちは可愛かった。この子たちの何人かが、いずれ大きくなって、そのうちのさらに何人が、不幸にも、あたしと同じような目に遭うんだろう。それを思っても、あたしは何も感じなかった。運が悪いとかそうじゃないとかそういうもんではなく……偉そうに言うなら、それもやっぱり人生なのだ。

 やがて……速水が三島の部屋から飛び出てきて、小走りに階段を駆け下り、車に走り寄ってくる……当然、目だし帽はもう被っていなかった。手にしているペットボトルは空になっていた。

 「いやあ、もう大成功」へらへら笑いながら、速見が運転席に乗り込んでるくる。
 
  速水の体からは、なんいうか……冬を思い出させる匂いがした。
 
  「……それ、そのボトルに入ってるの……何ですか?」
  「……ああこれ?灯油だよ」速水が答える。
  「……灯油?
  「うん、まあこれをぶっかけられて、“火をつけるぞ”って言われたら、どんな奴でもいう事を聞くもんだよ………ほら」

 速水があたしにデジタルカメラを手渡す。
  スイッチを入れて、再生してみた。

 「……あ………」
 
  1枚目に収められていたのは、手錠を掛けられて、半泣きの顔をしている三島の姿だった。跪き、まるで許しでも乞うているような様子だったが……三島はその“灯油”を頭からぶっかけられた様子でずぶ濡れで……何より驚いたことに、しかも下半身は全裸だった

 「……いやあもう、見せたかったなあ……しょんべんちびりそうな勢いだったよ……どんな泣き言並べたのか聞かせてあげたいくらいだねえ……」

 次の画像、部屋のシングルベット……その上であたしたちは、何回となくセックスをした……に腹ばいになり、裸の尻をこちらに向けている三島。
  当然お尻の穴も丸見えだった。

  「…………」あたしは自分も気づかぬうちに、頬が緩んでいることに気がついた。

 三枚目の画像店……三島の肛門に、あのオレンジ色のバイブがねじ込まれていた。 ずっぷりと根元まで。

  4枚目も、5枚目も、6枚目も、7枚目も………その画像だった。

  続けて見てみると、三島の尻が飛んだり跳ねたりしているのが判る。
  そのまま飛んだり跳ねたりが続いて、しばらく見ていくと、十数枚目の画像は、三島の顔のアップだった。
  鼻水と涎を垂らして、必死に許しを乞うている。
 
  あっはっは……あたしは思わず声を出して笑っていた。

 「……いやあ、いい表情撮れてるだろ?」と速見。「“ああん、ダメ、もう、そんな……許して……”とかなんとか、あいつ最後にはもう完全に女言葉だったよ。案外気に入ったのかなあ……?それじゃあ罰になんないんだけどなあ……」

 あっはっは……あたしは笑い続けた。

 「これを期に、君の彼氏がそっちの方面に目覚めたら……それはそれで、彼にとってはいいかもな……ああ、ケーサツに言ったら、その画像ネットにばらまくって言っといたけど……どうする?その画像、君にあげるよ。ネットにばらまいたり、プリントアウトして近所中に貼りまくったりする?

 あっはっは……あたしは笑いながら首を振った。もう充分だった。

 散々笑って、お腹がよじれた。
  ああもう、あのままあの警察署の廊下に残らなくて、本当に良かった。
  この刑事さんについてきて良かった。
  三島に関してはちょっとかわいそうになったけど……まあ、こういうのも世の報いのひとつなのだろう。

 「……ねえ、刑事さん……あの……」あたしは速水に言った「……今日、これからちょっと時間あります?」
  「……うん?……まあその……」速水はタバコに火をつけながら言った。灯油の匂いをぷんぷんさせて。「……ないこともないけど?何?」

 「あたしとちょっと、おもしろいとこ行きません?」
  あたしはそう言ってから……またひとしきり笑った。


 

<つづく>

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