ヴァージン・ホミサイズ
作:西田三郎「第9話」 ■ことの次第
教師と生徒が肛門で繋がって校舎の屋上から落ちて死んだのである。
学校は大騒ぎになった。
あたしの学校は結構なお嬢さん学校で有名だったので、学校側としては何とかこの事件を隠蔽するのに躍起だった。理事長だかなんだかが大物で、警察にもマスコミにも顔が効いたらしく、この事件が派手に報道されることはなかった。結構な大事件だと思うのだが、まあ世間ではそういうものなのだろう。とにかく学校側はこの事件を手っ取り早く片づけたかったようなので、伊東と藤田は飛び降り心中をしたか(肛門でつながったままで?)、もしくは誤って屋上から落下したのではないか、というたいへんおざなりな結論で纏められてしまった。
殺人だなんて、誰も考えなかったらしい。
あたしは何だか拍子抜けしていた。宮本も同じだったようだ。
しかし、こういう件は学校がそれを隠そうとすればするほど、生徒達の間ではあっという間に根も葉もない噂が広がっていく。教師が生徒と性交渉中に、しかも肛門性交中に屋上から落ちた。それだけで随分笑える話ではないだろうか。
あたしはクラスメイトたちがいろんな噂をしているのを耳にした。
地面に激突した瞬間、伊東の性器がポキンと折れたという話。
藤田の肛門には伊東の性器ではなく大人の玩具が入っていたという話。
二人とも全裸で死んでいたという話。
司法解剖の際、あまりにも二人がしっかり結合していたため、引き離すのに苦労したという話。
最後の噂は本当かも知れない。
一応、学校の礼拝堂で伊東と藤田の追悼集会のようなものも行われた。
うちのクラスの学級委員長が、涙ながらに藤田への別れの言葉を読み上げた。
「藤田さん……聞いていますか。あなたの居なくなったわたしたちのクラスは、まるで明かりが消えてしまったみたいです。耳を澄ませば、あなたのあの明るい笑い声が聞こえてきそうな気がします……誰も、あなたのように笑うことはできませんでした。誰も、あなたのように笑い声だけで周囲を明るくすることは出来ませんでした。……もう2度とわたしたちは……あなたの笑い声を聞くことができないのですね……天国の藤田さん……今、あなたは天国で笑っていますか?多分あなたのことですし、天国に居る伊東先生やその他いろいろな人々を、あの笑い声で楽しい気分にさせていることでしょうね。藤田さん、寂しいですけどお別れです。さようなら。あなたのことは絶対忘れません」
読み終わると同時に、学級委員長はその場に泣き崩れた。
「ねえ」隣に座っていた宮本があたしに耳打ちした「あいつが藤田と話してるとこ、見たことある?」
「……ないよね」あたしは答えた。
「で、どう考えても伊東も藤田も、天国にはいないよね」
「……さあ、どうだか」
わたしたちは笑いを堪えるのに必死だった。
礼拝堂をぐるっと見回すと……いたるところであたしたちのように笑いを堪えている生徒が目についた。先生たちは皆、ぐったりしていた。あのお爺ちゃんの歴史の先生だけが、いつもと同じだった。
学校はこの事件があたしたち生徒の精神に悪影響を与えることを怖れて(PTSDとか、そういうやつ?)医務室にスクールカウンセラーを常駐させた。スクールカウンセラーは女優の中谷美紀に似た美人で、話も面白かった。だから授業をサボりたい奴は、みんな彼女の部屋を訪れるようになった。
そしてしばしカウンセラー女史と雑談をするのだ。
あたしも宮本も、別々にだけどカウンセラーのところに行って授業をサボった。
あたしは結構楽しかったけど、宮本はなんか不満げだった。
「なんか、ああいうカウンセラーとかって、人をカタに填めたがるのよね」
宮本はそう言った。
宮本が彼女を殺さないか、心配になった。彼女ならやりかねない。
しかし幸い、そんなことは起こらなかった。
<つづく>
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