ヴァージン・ホミサイズ
作:西田三郎

「第7話」

■殺しちゃおっか

 次の月曜、あたしは教室でまともに宮本の顔を見ることができなかった。
 
 宮本はいつものように話しかけてきた。あたしはうつむいて、それに相づちを打つだけだった。
 
 「どしたの?今田、今日暗いじゃん」
 「……いつも暗いよ」あたしはボソボソとつぶやいた。
 「……なんで?あたしが土曜日いじめたから?
 「……そ……そんなこと学校で言わないでよ」
 「………でも、すっごく良かったでしょ?」宮本があたしに顔を近づけて言う。また、宮本の匂いがした……あたしは意味もなく、胸がどきどきした「……今田だって、楽しそうだったじゃん」
 「………いやらしい………」あたしはほとんど聞きとれないような小さな声で言った「……あたしの寝込みを襲って、犯したくせに。この変態
 「……すけべは今田じゃん。あんなにイくなんて……ちょっと普通じゃないよ」
 「………あのさ……」あたしは怖々、宮本の目を見て言った。そこに真実などかいま見られるわけではないことは、判っていたのだが。「………昔から、誰かほかの子にあんなことしてんの?」
 宮本はニンマリと笑った。
 「だったらどうする?……嫉妬する?」
 「……そ、そんな…だって宮本が無理矢理あたしに……」
 「……人聞きが悪いこと言わないでよ。今田だって楽しかったでしょ?」
 「……あんなこと、ほかの誰かにもしたことがあんの……?」
 「………」宮本はまた、あの意味不明の笑みを浮かべた「ないよ。今田がはじめてだよ
 
 へんな気分だった。今は昼休みで、クラスメイトたちはいつものように数個のグループに分かれて、主にセックス関係の話題を中心に盛り上がっている。馬鹿な奴らだな、とこれまでは思っていた。でも、今あたしが宮本としている会話はなんなのだ。それよりずっと生々しくて、いやらしい話だ。
 あたしは何故か赤面していた。
 多分、あんな気持ちの良さを知っているのは、このクラスでは……いや、この学校では……いやいやこの地域全般では、このあたしたった一人かも知れない。
 
 ますます、自分と宮本が特別な存在であるように思えた。
 
 セックス関係の話題で盛り上がっている彼女らは、ほとんどが処女だろう。
 セックスへの憧れと、期待と、興味だけで話し、笑いあっている。
 でも彼女らは、あたしが先週末知ったような超ド級の快楽を知らないのだ。
 それがいかに人を圧倒し、支配するものなのかは知らない。
 
 あの晩、朝方になるころには、あたしは涙を流して、宮本に“もう許して”と懇願した。
 しかし宮本は許してくれなかった。正直、人間があれほどの回数、イけるとは知らなかった。
 あのまま宮本があたしをイかし続けていたら、ほんとうに殺されていたかもしれない。
 それはそれで……素晴らしい死に方じゃないか。
 
 快楽に死す。
 
 そんなことを考えていると……ますますクラスメイトたちの存在が、低く、小さく感じられた。

 もしクラス旅行などをして、そのバスが横転事故を起こし、あたしと宮本を含む全員が死んだとしても……それらの死は平等ではない。あたしは、宮本と一緒に死ねるなら本望だ。
 あたしと、宮本の死だけが意味を持ち得る……あとは、40人ほど世界から女子がいなくなるだけ。
 
 と、また教室の隅からけたたましい笑い声が響いた。
 藤田だった。
 また大袈裟に手を叩いて、楽しさを人に見せつけている。
 
 「あいつ、殺したいな」宮本が呟いた。「あいつと、伊東、殺しちゃいたいと思わない?
 
 最初は、冗談だと思った。しかし、宮本の目を見ると真剣そのものだった。
 
 「だって……あいつらが生きててなんかいいことある?汚らしいし、見てるだけで不快じゃん。そう思わない?
 あたしは一応頷いたが……だからと言って藤田や伊東を殺そうとまで思うことはできなかった。
 「あたし、なんか耐えられないんだよ……どうしても。あーいうのと同じ空気を吸って生きてると思うと。なんか、吐きそうになってくんの。今田もわかるでしょ?
 「……うん」あたしは、一応正直に答えた。
 「伊東が悪い?それとも藤田が悪い?……いや、どっちも悪いよ。生きる価値無いよ」
 「……『人を裁くな、自分が裁かれないためである』」あたしは呟いた。
 
 ふと、宮本があたしの顔を見た。口は笑っていた。でも目は笑っていなかった。
 
 「……あたしは、いつでも裁かれるよ。裁かれることなんて恐くない
 「………」
 「………ねえ、神様の裁きを代行しない?」そのままの表情で、宮本が言った。
 「……なんの事?」
 「………殺っちゃうのよ、二人とも。あ、ヤるは“殺る”と書いてヤるだからね。」
 
 宮本は、本気だった。そのときに、あたしははっきり判った。
 

<つづく>

NEXT/BACK

TOP