ヴァージン・ホミサイズ
作:西田三郎

「第5話」

■お泊まり
  
 案外母からはあっさりOKが出たので、あたしはその週の土曜日、宮本と一緒に宮本と下校した。
 ナップサックには、簡単な着替えやお泊まりセットが入っていた。こんなふうに友達に誘われて、その子の家に遊びに行くなんていったいいつ以来だろうか………っていうか、これが初めてだ
 あたしの内向的性格は子どもの頃から変わらない。
 
 宮本の家は大きな川の堤防沿いにあるらしい。
 宮本はあたしの3歩ほど前をスタスタと歩きながら、鼻歌を歌っていた。何の曲かさっぱり判らなかった。
 向かい風が吹いていて、宮本のいい香りがあたしにただよってくる。何だかあたしはぼうっとしてきた。変な話だけど、こんな気持ちになったのは生まれて初めてだった。
 何故か、胸が高鳴った……スタスタ歩く彼女のすらっとした後ろ姿は、奇妙なまでに凛々しかった。
 
 宮本の家は一戸建ての白い壁の家だった。
 そんなに見栄えは悪くないけども、それほど豊かな感じにも見えない。
 
 「ほら、上がって」宮本が玄関で靴を脱いで言う。
 「お邪魔します……」わたしは宮本に倣った。
 「あ、言い忘れてたけど、ウチ、母子家庭なんだ。で、今日はお母さんパート先の慰安旅行で居ないの。だから思いっ切りくつろいでね」
 「……はあ」

 ということは、あたしと宮本、二人きりで一夜を過ごすということだ……。
 あたしは思わず無口になってしまった。胸がどきんどきんと高鳴った。……これじゃあ、あたし、ほんとにレズビアンじゃないか。あたしはその気持ちの悪い感覚を必死で頭から振り払おうとした。
 
 家の中は涼しかった。清潔で、すみずみまで掃除がなされ、塵ひとつ見あたらなかった。
 宮本はあたしを部屋に案内してくれた。彼女の部屋は2階にある。
 
 「どうぞ」招き入れられて、少しびっくりした。
 壁一面に、気味の悪い絵が貼ってあったからだ。……どれも濃厚なタッチで描かれ、絵の中の人物は皆、苦痛か、もしくは快楽かで歪み、もはや人間の形を留めていなかった。
 「……これ………自分で描いたの?」あたしはおずおず聞いた。
 「半分くらいはね、残りはフランシス・ベーコンの絵だよ」
 わたしはあっけに取られてその名も知らぬ画家の絵と宮本の絵を暫く見ていたが……よくもまあ毎晩こんな部屋で眠れるものだと思った。
 「……着替えなよ」宮本がいいながら、制服のスカートのファスナーを下ろした。
 スカートがふわりと床に落ちる……あたしは何故か、それから目が離せなかった。
 宮本は痩せていて、そのお尻はまるで少年のようだった。
 いや、その、当時はあたしも少年のお尻を見たことはなかったのだが。
 その小さく固そうなお尻を、光沢のあるパンツが覆っている。結構値が張りそうな品物だった。
 あたしは急に、宮本の前で服を脱ぐのが恥ずかしくなった。
 その日あたしが安物のゴムの伸びた綿のパンツを履いていたからだろうか。
 あれよ、という間に宮本はブラウスと肌着を脱いで、パンツとセットになった光沢あるブラジャーを見せた。
 痩せた躰にしては、その胸はやや目立った。
 あたしは下着一枚になった宮本を見ながら……というか出来るだけ凝視しないように心がけながら……何もできずに突っ立っていた。
 
 「何?今田……着替えないの?」宮本がラフなジーンズに脚を通しながら言う。
 「……あ、うん…」
 
 わたしもスカートのファスナーを降ろして、それを下に落とした。安物のゴム伸び伸びパンツが露わになった。そんな筈はない……そんな筈はないのだけれど、何故か宮本から凝視されているような気がして、恐くて宮本の顔を見ることができなかった。
 次にブラウスを脱いだ……あたしは、自慢じゃないが胸の発育だけは良かった。良かったけど、そのことほどあたしにとって恥ずかしいことはなかった。
 一体、神様は何のためにあたしに、こんな大きな胸をお授けになったのだろうか。
 それでもやはり……宮本から凝視されているような気がして仕方がなかった。
 “へえ、今田って結構おっぱい大きいんだ”なんて今、宮本に言われたら……あたしは間違いなく家を飛び出していただろう。あたしは自分の妄想の中だけの宮本の視線を全身に感じながら、なんとか着替えに持ってきたカーゴパンツと水色のノースリーブに着替えた。
 
 はじめて宮本を見る。宮本はその脚の格好良さが際立つブーツカットのジーンズ。袖が短く、ぴったりしたTシャツはオレンジ色だった。宮本はしばらく無言で佇んでいた。
 

 窓からの逆光で、宮本のシルエットがくっきりと見える。宮本は見ていた。あたしの躰を見ていた。
 
 「へえ、お互いの普段着見んの、はじめてだよね」宮本が言った。
 「……え……うん」
 「結構可愛いじゃん、そのシャツ」
 「……えっ」宮本が手を伸ばしたので、わたしは一瞬身を固くした、
 しかし宮本はわたしのシャツの袖口に、ちょんと触れただけだった。
 「下でDVD観よ。なんか冷たいもの飲む?」
 「……うん……ああ、お構いなく」
 
 1階のリビングは結構広くて、大画面の液晶テレビがあっった。
 その前のソファで、あたしたちは麦茶を飲みながら宮本のコレクションのDVDを観た。
 「遊星からの物体X」や「ブレインデッド」、「死霊のえじき」や「死霊のしたたり」を観た。宮本はこの手の映画が大好きらしい。ふつう、友達の家でこんな偏ったラインナップの映画を見せられたら引くところだが、あたしもこういうのは苦手ではない。宮本みたいに詳しくはないけれども、ホラー映画の類はよくレンタルして観る。宮本はこれらの映画を何回も何回も何回も何回も繰り返して観ているらしく、セリフなども覚えていた。
 
 暗くなって、お腹が空いてきたのであたしたちは宅配ピザを注文した。
 ピザを頬張りながら、テレビ画面の中では血しぶきが飛び散っていた。しかしあれは、血ではなくシロップかなにかである。このピザのトマトソースみたいに、全く無害なものだ。作り物だと思って観る殺人は、それなりに楽しい。映画の中のラブシーンだって、俳優と女優は本気で愛し合っているわけではない。また、アダルトビデオなんかでは本当にセックスをするらしいけど、それは男優と女優の演技のひとつに過ぎない。
 あたしたちは作り物を愛する。そして現実には嫌悪する。
 
 いたって普通だった。
 
 「次、あたしの一番お気に入りを観ようね」そう言って宮本は新たにディスクを取り出した。
 少し眠くなっていたけど、あたしはつきあうことにした。
 
 始まった映画は「タクシー・ドライバー」だった。
 若い頃のロバート・デニーロが出ている映画で、あたしははじめてその映画を観た。デニーロは不眠症に悩む、ニューヨークのタクシー運転手。来る日も来る日も、うんざりするような単調な日々を送っている。ある日、デニーロは、選挙事務所に勤める若い女性に恋をし、デートの約束をとりつけるが、いきなり彼女をポルノ映画館に連れていき、彼女を怒らせてしまう。デニーロはますます孤独になる。そして、デニーロは凶暴なヒモに囲われている12歳の娼婦に出会う。そこからデニーロは、次から次へと訳のわからない行動をとりはじめる。大量に銃を買い込んで、射撃の練習をする。部屋で腕立てや懸垂をする。握り拳をコンロで焼く(これが一番わけがわからない)それで何をすろのかと言うと、頭をモヒカン刈りにして、上院議員だかなんだかを暗殺しようとして失敗する。そのままデニーロは、12歳の娼婦が売春をさせられている(というか、勝手にしているのだが)安ホテルに殴り込み、自分も撃たれながら銃を撃ちまくり、ホテルを血の海にする。……しかし何故か、デニーロは12歳の少女をこの世のダニどもから救ったヒーローとして、有名人になる。めでたし、めでたし。
 

 何だこりゃ??わたしは訳がわからなかった。
 でも宮本は、うっとりとして画面に魅入っていた。そして、こう呟いた。
 
 「ねえ、世の中って汚れてるよねえ……死んで当然の奴ばっかだと思わない?
 

<つづく>

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