ヴァージン・ホミサイズ
作:西田三郎

「第4話」

■いやな予感がしたけれど

 それからあたしにとって宮本は、親友になった。
 宮本があたしのことをどう思っていたのかは知らない。
 しかしクラスであたしに話しかけてくるのは宮本だけだったし、あたしが話をするのは宮本だけだった。
 
 宮本は『単なる暇つぶし』だと言っていたけれど、彼女がかなりの読書家であることは確かだった。しかし宮本の読む本は、すこし偏っていて、風変わりなものだった。彼女はいつも、
 
 「これ面白いから、読んでみ」と言いつつ、あたしにいろいろな本を貸してくれた。
 
 ジャック・ケッチャムというアメリカの作家の本はほとんど読破した。アン・ライスも、スティーブン・キングも、そしてジム・トンプソンや、ジェイムズ・エルロイを。どれもこれも血なまぐさい本ばかりだった。……しかし、読んでいくうちに、宮本と共通の話題はだんだん増えていき、あたしは単純に嬉しかった。
 
 クラスでは毎日、藤田の顔を見る。
 その度にあたしは、いつも吹き出しそうになった。
 伊東と廊下などですれ違ったときもそうだ。二人ともお尻を剥き出しにして、発情期の犬よろしくセックスしているところがすぐ頭に浮かぶ。
 
 あたしは可笑しいだけだったが、宮本はそうではないようだった。

 二人のうちいずれかと顔を合わせたときは、いつも宮本と目配せをした。宮本は微笑を浮かべはするが、すぐ藤田か、もしくは伊東に視線を戻し、無感動な表情で彼らを見つめた。
 そんな時の彼女の横顔は、もともとの造りの綺麗さに伴って、少し恐いくらいだった。
 伊東が教壇に立っているときも同じだった。
 よく口を効く仲になったとは言え、宮本の考えていることはまるでわからなかった。
 
 「ねえ、今週末ウチに泊まりに来ない?」突然、宮本が言った。
 「……え……」あたしは戸惑った……そこまであたしたちは親密だったろうか。
 「……何か予定ある……?無かったらおいでよ」
 宮本は背を屈めて……またあの不思議な色の目であたしの目を覗き込む。
 
 “宮本はレズビアンらしい”というのはまかり通っている噂だ。もちろん、わたしもそうだと噂されている。だからだろうか?二つ返事でオッケーできなかったのは。いや、わたしに関してはそれは単なる根も葉もない噂に過ぎない。しかし宮本のほうはどうか……?
  100%違うって、言い切れるだろうか。
  学校でたまに雑談を交わし、本の貸し借り(っていうかほとんど宮本があたしに貸してくれたのだが)をするようになって……まだそんなに時間は経ってない。
  あたしは、宮本のことを殆ど知らないに等しい。

 果たして、宮本は何を思ってあたしを泊まりに誘っているのか……?
 
 宮本の目を見た。
 でもそこには何の答えもない。
  
  1秒、1秒、時間は過ぎていく……まあ、常識的な線で考えよう。
  ふつうの女の子同士のつきあいがどういうものなのかは判らないが、とりあえず宮本はあたしに好意を抱いていてくれていて、家に泊まりにきなよ、と言ってくれているのだ。
 
 「……うん……いちおう、お母さんに聞いてから決める」あたしは言った。
 宮本はにっこりと笑うと、足音をさせずに自分の席に戻っていった。
 
  ほんの少しだけど……何か嫌な予感がした。
  嫌な予感ほどよく当たるものだ。

<つづく>

NEXT/BACK

TOP