ヴァージン・ホミサイズ
作:西田三郎「第3話」 ■明日の世界を見下ろして
「ここのドアって、こうすれば開くんだよね。用務員のおっさんも知らないらしいけど」
宮本はモカシンの靴を脱ぐと、ガンガンとドアの鍵のあたりを叩いた。
何故あたしは今。今日初めて口を効いたばっかりの宮本につきあって、こんな時間に学校の屋上へ行こうとしているのだろう。一体何を見たかったのか……まあつまり、伊東と藤田のセックスを見たかったのだろうけど……。ほんとうにバカみたい、と思っている自分と、それでもやっぱり見てみたいと思う正直な自分があたしの中でせめぎ合っていた。
「ほら」宮本がドアを開ける。
辺りは薄暗くなっていて、屋上には涼しい風が吹いていた。
宮本はドアのボタン式の鍵を掛けると、またドアを閉めた。
あたしと宮本は、屋上でふたりきりになった。
4階建ての校舎の屋上は、思ったより見晴らしが良かった。
あたしたちの学校があるのは、住宅街の真ん中で、学校より背の高い建物はほとんどない。殆ど沈み掛けた日が照らす範囲だけ、立ち並ぶ家々の屋根が見え、遠くの家は、もう影法師になっていて見えない。
「……なんかいい感じでしょ、ここ」宮本が言った。
「うん……」
「今田ってあんまり喋んないよね」宮本があたしの顔を覗き込んで言う。
「……ってか、何を話せばいいかわかんないし」あたしは何故か赤くなっていた、らしい。後に宮本から聞いたことによると
「……じゃあ、聞くけど、何が好きなの?趣味は?」
「………」あたしは考えた………考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になった「……別に、何も…」
「……へえ」宮本が嬉しそうに笑う「あたしと一緒じゃん」
「……そうなの?」
「楽しいことなんて、何もないよね、ほんとに」
「……でも、宮本は時々、教室で本とか読んでるじゃん」
「……ああ」宮本はフェンスのない屋上の低い塀に座って、ポケットからタバコを取り出した「……あんなの、ただの暇つぶしだよ……あ、吸う?」
宮本がタバコの箱を差し出す。あたしはちょっと大袈裟に首を横に振って拒否した。
タバコの銘柄は確か……ピースライトだったと思う。
宮本は100円ライターでタバコに火を点けると、屋上から見える下界に煙を吹かした。煙はふわりと羽のように宮本の口から頭の上に浮かび、やがて風がそれを遠くに運んでいった。
「……あたしら、似てると思わない?」宮本が言う。「ほかの奴らと同じだよね。何にも楽しいことがなくて、死ぬほど退屈してて」
「………」宮本が自嘲的に笑ったのだが……あたしにはそんな芸当はまだ不可能だった。
「でも、あたしらと他の奴らの違うとこは、無理して楽しそうにしないって事かな」
「……はあ」あたしは相づちとも何ともつかない返事をした。
と、足音がした。
「あ、来た」宮本がタバコを校舎の下に投げ捨てる「……ほら、来たよ!隠れよ」
宮本に手を握られた。なぜかあたしは、必要以上にぎょっとした。しかしそんなあたしの衝撃などお構いなしに、宮本はあたしの手を引っ張って屋上の隅にある貯水タンクの裏に引きずり込んだ。
さっき宮本がしたようにドアをガンガンと叩く音がして、藤田に続き、伊東が姿を表した。
藤田は身長が低いが、おっぱいとお尻が妙に張り出している。同性の目から見ればあんまりうらやましくない体型だが、異性には……得に伊東のような性欲の権化にしてみれば理想的な体型なのだろう。伊東はいつもグレーのジャケットとチョークにまみれた黒いスラックスを穿いた、ひょろ長い男だ。顔が長く、その顔つきは馬を思わせる。あの顔が魅力的だと思う藤田をはじめとする生徒たちが理解できない。みんな飢えているのだ。
「……先生、なんか最近、こんなことばっかじゃん」藤田が拗ねたような口調で言う。
「しょうがないじゃん。おれも忙しいんだよ」伊東が同じように拗ねた口調でいう「こんな時間をとるのも大変なんだぜ。先生ってのは、おまえらが考えているより忙しいんだよ」
「……ていうか……」それだけ言って、藤田は黙ってしまった。
あたしと宮本は、それを影から眺めていたのだけどれも……藤田が本気で拗ねている訳ではないのは、このあたしの目からも明かだった。まあその……あれをはじめるための前戯の一部のようなものなのだろう。
「……どうしたの?今日はこれ、要らないの?」そう言って伊東が藤田を背後から抱きしめる。……だけならいいのだが、藤田のスカートの尻に押しつけられた伊東の腰が、ゆっくりと左右に振られているのが見えた……おぞましい眺めだった。
「……もう、すけべ」藤田がまた、必要以上に拗ねた声で言う。
「ほら」伊東が藤田を裏返して、肩を押さえて自分の腰の前に跪かせる。藤田は自然な流れでそれに従った。「……いつもの、たのむよ」
藤田が伊東の股間に手を伸ばす。藤田は目を閉じ、伊東の股間に頬ずりした。
「……忙しいってわりには、すっごくなってるじゃん」と藤田。
「……疲れてると余計にこうなるんだよ」と伊東。
やがて藤田は自分から伊東のズボンのジッパーを下げ、何かをそこから取り出した。
“おえっ……”あたしは口には出さなかったが、目の前で行われていることに驚嘆していた。宮本を見ると、まるで動物園のは虫類コーナーで気味の悪いトカゲでも見ているような、不快を感じつつも興味津々な顔でその様子を見ている。
藤田が目を閉じたまま顔を寄せ、その……いわゆるフェラチオをはじめた。
湿った音がここまで聞こえてきた。
あたしにしてみると大ショックだった。
当たり前だけど……こんなのは今までの人生で見たことがない。
子どもの頃に親に連れられて行った水族館で見た、鯨の巨大なペニスを見た時以来の衝撃だった。
しばらく、湿った音が続き、時折、藤田の口から「うん…」とか「ふん……」とか、そんな鼻に掛かった声が漏れた。伊東も微妙に腰の位置をあっちこっちに調節しては、それを存分に楽しんでいる。
「よし、そろそろいいかな」そう言って伊東は藤田を立たせ、フェンスのない屋上の縁まで藤田を連れていった。伊東の手が藤田のスカートの横ファスナーを開き、スカートが落ちる。伊東はそれが皺にならないように、慎重に床に置いた。藤田の薄いピンク色のパンツが見えた。
その薄い布っ切れは、藤田のはちきれんばかりの尻をぴったりと覆っている。
屋上の低い塀(それは屈んだ藤田の腹の高さくらいしかない)に両肘を置いて、藤田は伊東に向かって尻を突き出した。そして熱っぽい目で、伊東を省みる。
伊東はそのまま手を伸ばして、下着の上から伊東の股間に触れた。
「……染みてるよ」そう言って……まるでパソコンのキーを打つように指を動かす。
「……んっ……ダメだよ……パンツ汚れちゃうじゃん」
伊東は手を止め、藤田のパンツを足首まで降ろし、右足だけを抜くと、脚を広げさせた。
紺のソックスを穿いた藤田の足首に、ピンクのパンツが丸まって引っかかっている。
ウソっぽいまでに、いやらいい光景だった。
伊東はもはやなにも覆うものが無くなった藤田の股間にまた手を伸ばした。
「あんっ……」藤田がのけぞる。「だめだって……」
「……若いなあ、藤田。もうすぐ入れちゃうぞ」と上擦った声で伊東。
そのまま伊東はズボンを降ろすと、グリーン(これまた何という趣味だろう)のブリーフを降ろし、あたしたちの方に吹き出物だらけの汚い尻を見せた。
“おえっ……”あたしはまた思った。
ぐいっと、伊東が下半身を藤田の尻に押しつける。
「んんっっ……」伊東が上半身を屋上の縁に投げ出し、お尻を突き上げる。「………は………ん……なんだか、スゴいよ……先生」
伊東がゆっくり、ゆっくり、腰を動かし始めた。
その度に藤原はまるで背でウェーブを描いているようにわなないた。
伊東の動きは、実にゆっくりと……着実に早くなっていった。
その度に藤田がやや芝居がかった声を出す。
というか、思わず出そうになった声を押し殺しているかのような、そんな感じの声だ。
なるほど、男というのはああいうのに亢奮するんだな、とあたしは思った。
「……“先生”って言え」伊東がぜいぜい言いながら藤田に囁く「“先生、すごくいい”って言うんだ」
伊東は真面目だった。あたしはあっけに取られていたが、同時にそれはとても滑稽だった。
「………せ………せんせい………す、すごく…………すごくいい」
「も……もっと、先生って言え」
「……んっ……あっ………せ………せんせい………」
「もっと大きな声で!」
「ああっ……せんせい………んっ………せんせい………」
そのまま行為は続き、伊東はだしぬけに藤田の腰から離れると、屋上の地面に白いものをほとばしらせた。
“ひえっ……”あたしはそう思っただけのつもりだったが、思わず口に出してそう言っていた。
しばらく、藤田と伊東ははあはあ言いながらじっとしていた。
辺りは完全に暗くなり、見下ろす家々には明かりが灯っていた。
やがて藤田は、自分でパンツを上げ、伊東が床に置いたスカートを身につけた。伊東もパンツとズボンを上げ、お互いに何か意味ありげな笑みを交わしながら、そのまま階段ドアに消えた。
二人の足音が消えると、ずっと笑いを堪えていた宮本が、大笑いをはじめた。
「“すっごくなってるじゃん”だって……あはははは!!」
あたしもつられて笑っていた。
「……“パンツ汚れちゃうじゃん”だって……!!あはははは!」
「……“先生って言え”……“先生って言え”だよ??……信じらんないよ……あはあはは!!!」
あたしたちはそのまま笑い転げ続けた。
辺りはもう真っ暗だった。<つづく>
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