図書館ボーイ

作:西田三郎


■9■ 学校の先生にされたこと


「そう……です……」ぼくは、うそをついた。明らかなうそを。「好きな子の服……でした」
「うっひゃ〜……歪んだ青春だこと」仲馬さんはどこまでも楽しそうだった。


 ぼくは記録的なスピードで、ズボンを脱ぎ、ワイシャツを脱いで、Tシャツも脱いだ。
 パンツ一枚になって……棚の制服を手に取る。
 ほんとうに自分でも信じられないけど……ぼくはその布地に顔をうずめて、思いっきり息を吸い込んだ。

 その服が、誰のものであるかなんて、ほんとうは知らなかったし、誰のものでもよかった。
 服は甘い香りがした。たぶん、安物の制汗スプレーの香りだと思う。

 ぼくは夢中になって、その上着を頭から被った。
 サイズが少し大きかったので、すっぽりと被ることができた。
 脇のジッパーを閉める手間も惜しんで、今度はスカートを履き、何度か失敗してから、ホックを止めた。
 
 ぼくはその姿のまま、大きな鏡の前まで走っていった……。
 そして鏡の中に、自分の理想の少女が立っているのを見つけた。
 少し大きめのセーラー服を着た、ショートカットでボーイッシュな少女。
 少女は肩で息をして、頬を真っ赤に染め、少し長めの前髪を、汗で額に貼り付けている。
 
 それは、まぎれもなくぼくの姿だった。
 しかし、まぎれもなく、ぼくの知らないぼくの姿だった。
 そして、ぼくがずっと夢見てきた、理想の恋人の姿だった。

 そしてぼくは……スカートのポケットに手を突っ込むと……“ゴシゴシ”をはじめた。
 ほんの少しだけ……ほんの30秒ほど、そうするつもりだった……でも……。

「そこで何してるの!!!」

 回想の中のぼくと、今、現実にこの談話室にいるぼくの両方が、ショックで飛び上がる。
 
 振り向くと……講義室の入口に、仲馬さんのシルエットが見えた。

「……って後ろから声を掛けられたんだよね。学校の女の先生に」
「……………」仲馬さんは手ぶらだった。
 仲馬さんがスライド式のドアを閉めて、鍵をかける。
 そしてイヤフォンを外して、エプロンのポケットに入れると……ぼくに近づきながら、次はエプロンを外した。
「……………びっくりした?…………女子更衣室で先生に見つけられたときと……どっちがびっくりした?」
「………………」近づいてくる仲馬さんに、思わず後ずさりする……あの時もそうだった。




『何してるの?きみ、い……一体…………何してるの?こんなとこで?』
『あっ……あっ…………』
 ずんずん迫ってくる、現国の久保先生。
 年齢は30代半ばだけど、“脚が色っぽい”“お尻がナマナマしい”“おっぱいがすごい”などなどの理由で、男子生徒たちには
密かに人気の先生だった。 いつもは愛想がよく、怒った顔なんか見たことがない。ぼくは直接、先生と個人的な話をしたことがなかったし、先生には名前すら覚えられていないと思ってい た。
 
 でも、久保先生は知っていた。ぼくのクラスも、名前も。
 
 その場で、舌を噛み切るか、窓を突き破って飛び降りるか……どっちかを選んだほうがよかったかもしれない。
 ほんとうに、その場で灰になって散ってしまいたかった。
 久保先生の顔は怒っているという感じではなくて……青ざめていた。
『何してるの?……それ、女生徒の制服だよね?……それ着て……何してるの?きみ?』
『…………うっ』
 膝ががくがく震えていた。
 奥歯がカチカチ鳴っていた。
 気がつくと……涙がぽろぽろこぼれていた。
『なに泣いてるの?……泣いて済む問題じゃないでしょう!!』久保先生が声を荒げる。『自分のしてることがわかってるの……?……きみ、自分の立場がわかってるの?』
『……………ゆ、許して……許して……ください……』
『ダメ!!……ぜっっったい、ダメ!!……このことは担任の先生にも、スクールカウンセラーにも……それからご両親にも報告します!』
『ゆ、許してくださいっ!……お、お願いですっっ……………誰にも……………誰にも言わないで…………』
『誰にも言わないで、きみ、自分の問題を自分で解決できるの?』久保先生は、ぼくの両肩を掴んで、諭すように言った。『一人で、プライベートな空間でなにをし ようと、人に迷惑をかけるようなことじゃない限り、何をしようときみの勝手です。でもここは学校で……あなたは女子更衣室に忍び込んで、ほかの生徒の服を着ています。これは、放置できる問題じゃありません!』
『お願いですっ……お願い……』ぼくは、そのまま床に跪いた。祈るような姿勢で。『なんでも……しますから……なんだって……しますから……』



「……で、美人でセクシーな熟女先生は、ニヤリと笑って……“ほんとに何でもするのね?”と言った、と……そうだったっけ?」仲馬さんが背をかがめてぼく に顔を寄せ、囁く。「…………そして、きみは……誰にも言いつけられたくないから……先生の言うことを何でも聞く、って約束しちゃった。そうでしょ?」
「はい……そうです」
「どうしなさい、って言われたの?」
「…………言ったでしょ……前に……」ぼくは仲馬さんの不思議な目から視線を逸らせた。
「もう一回、聞きたいの……………とりあえず、なにを脱げ、って言われたんだっけ?」


  久保先生は……とりあえずぼくを鏡の前に立たせた……そして、自分もその背後にぴったりとくっついて……鏡ごしに……ぞっとするくらい生々しい目線でぼく の表情を伺った。背中に……先生の豊かなおっぱいが押し付けられる感覚があったけど……とてもじゃないが、それを喜んでいられる状況ではなかった。
『まず……スカート脱ぎなさい』
『えっ……えっ…………』
『汚しちゃ、制服のほんとうの持ち主の子がかわいそうでしょ。脱ぎなさい』
 ほとんど、ぼくは催眠術にかかったような状態になっていた。
 そしてまた、なれない手つきでスカートのホックを探り……スカートをふぁさ、と床に落とした。
『自分で見てみなさい……ホラ。鏡を見なさい!』
『あ…………』
 鏡に映っていたのは、セーラー服の上を着て、下はグレーのボクサーパンツと白い靴下だけ、という情けないぼくの姿だった。
 もっと情けないのは、パンツの中で、ぼくのその部分はもう充分に固くなっていて、くっきりとその形を浮かび上がらせていたことだ。
 そして……その先端部分は……内側から染み出した液で濡れた染みを作っていた。
『ほらあ……スカート汚しちゃうとこだったでしょ……いやらしい子』
 久保先生が言った。



 

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