図書館ボーイ

作:西田三郎


■2■ 「医学書を探せ」


 この図書館の『医学』のコーナーは4階にあった。
 仲馬さんはこの県立図書館の司書で、ぼくはこの図書館の近所の学校に通う中学生だ。
 だから……『医学』のコーナーにたどりつくまで、何人かの同じ学校の生徒とすれ違った。ほとんどが上級生で、女生徒だ。一人も顔見知りはいなかったけど……たぶん、ぼくが着ている制服を見れば、『あ、うちの学校の子だ』くらいは余裕でわかるだろう。

 ぼくはどきどきしながら……マイクロフォンを隠すために首に巻きつけられたガーゼ包帯を何度も何度もおさえた。
 仲馬さんが嬉しそうに巻いた包帯だ……でも……やっぱり……どう考えてもヘンじゃないか。ぼくの格好。
 なんか……首すじでも切って自殺を試みたみたいじゃないか。
 
 でも、仲馬さんに掴まれているぼくの秘密……ぼくの弱み……のことを思えば、カッターナイフか何かで、ほんとうに首筋を切って自害してしまいたいような気分になる。
 
 しかしそれにしても……なんでこんなことになってしまったんだろう?

 どこでどう間違ったのか、しきりに考えながら、ぼくは大きな螺旋式階段を登って4階を目指した。

「こちら仲馬。変態少年の様子はいかが?……どーぞ」

 突然、左耳のイヤフォン(こっちは小さくて肌色をしているので、あまり目立たない)から、仲馬さんの声がした。
 ……変態少年って……じゃあ、あんたはいったい何なんだ。

「……言うとおりにしてますよ……『医学』のコーナーに行けばいいんでしょ……」
「……4Fの『自然科学』のところの、奥のほうだから、迷わないように気をつけてね〜……」

 くすっ、っと笑って通信が途絶えた。
 つくづく……バカにされてる。でも、なんで『医学』なんだ?

 県立図書館だけあって、この図書館はとても広い。
 広くて、各フロアにぎっしりと書架が並んでいる。
 書架と書架の間の通路を歩いていると、まるで迷路の中を歩いているような気分になる……きょろきょろと周囲を伺いながら、ぼくはようやく『医学』のコーナーにたどりついた。
 首に巻いた包帯の下のマイクロフォンを右手で喉に押さえつけて、左手で口を覆いながらつぶやく。

「……『医学』のコーナーにつきましたけど……」
「あ、そ。迷わずに行けた?……じゃあ『医学』のカテゴリのとこ、498.1のラベルを探してね……たっくさんあるからね〜……でかい図鑑のところだよ。見上げて、大きな窓があるほうの、奥から2段目の本棚だから」

 見上げると……確かに明かり取りの、大きな窓が見えた。
 この図書館はとても古いらしい……戦争の……どの戦争だかは忘れたけど、それより以前からあるとか。
 全体の雰囲気は重厚で、西洋風の幽霊が出てきそうな雰囲気だった。
 
  『医学』コーナーには、医学生か、それとも医学部を目指している受験生か、研究者だか……ふだんのぼくにはほとんど縁がなさそうな人たちの姿が、ちらほら と見かけられる。そんな人たちはみんな、ぼくのことを怪訝そうに見た……少なくともそのときのぼくには、そう感じられた。

 「見つけた〜?」仲馬さんの声。
 「い、今探してるところです」

 自分のことを不審がっている(と、ぼくが思っている)人たちのせいで、僕はさらに小さな声でしゃべり、口を隠し、背を丸くした。
 ええっと……図鑑……の……
498.1……498.1……498.1……。
 いろんな本があった……臓器に関する図解本、傷病に関する図解本、骨格に関する図解本、皮膚病や炎症に関する図解本……なんなんだ、このブキミなコーナーは。手を触れるのも、おぞましいように思えた。
 本についているタグをたよりに、片っ端からチェックしていく。

 ……一刻も、
一刻も早く、こんなところからは離れたい。

 そしてついに……見つけた。
 仲馬さんが指定した本を…………。

 タイトルは……『カラー図解:女性器の形状』
 ずっしりとした、Lサイズのピザが入る箱くらいの大きな本だった。
 表紙には、あの有名なダ・ヴィンチの黄金比の絵(全裸のおっさんが体操してるような、あの絵だ)があしらわれていたけど……パラリ、と開いてみると…………。

 タイトル通りの物体が、写真を伴って、デカデカと、恥知らずに掲載されている。
 女性器だった。どこからどう見ても、女性器だった。どのページをめくっても、女性器の図解ばかりだった。

 
 なんだよこれ…………。
 目眩がした。

「……見つけたあ?」
「ひっ」
 またイヤフォンから仲馬さんの声。
「……な……な……なんなんですか……これ……」
 周りに気づかれないように、喉に手を添えて慎重に話す……こ、こんなのを手にしてるところを人に見られたら……も、もし同じ学校の生徒に見られたりしたら……背中に冷たい汗がつう、と流れ落ちるのを感じた。
「……けっこう、刺激的でしょ〜……いいお勉強になるわよ〜ん」
「……だ、だから……この本をどうしろって……」
「……………さて」コホン、と仲馬さんがイヤフォンの向こうで咳払いする。「お勉強と行きましょうか♪」




 

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