図書館ボーイ
作:西田三郎
■1■マイクロフォン
「かわいいのどぼとけね」
仲馬さんはそういうと、ぼくの首に装着したマイクの2つのパッド部分を、のどぼとけを挟むように貼り付けた。
マイクを装着するためのベルトは首に巻きつけるタイプのもので、少し違和感がったが、苦しくはなかった。
「うふふ。なんだか猫みたい」
仲馬さんに言われて、急に恥ずかしくなる。
「鈴でもつけちゃいたいくらい」
「あっ」
ちょん、と喉仏をつつかれる。
つめたい指先に、びくん、と身体が震えた。
「……ずっとこのまだったらいいのに……」
仲馬さんが、眼鏡の奥から……あの不思議な色の目で僕の目をじっと見る。
日本人にしては茶色すぎる、不思議な色だった。
カラコンだろうか?……でも、ちゃんと度の入った眼鏡かけてるし。
あの目で見られていると、なぜか……何もい言い返せなくなってしまう。
「これ……耳に入れて」
差し出されたのは、引っ掛けのついた補聴器みたいなイヤフォンだった。
「…………」
仲馬さんの左耳には、すでにイヤフォンがセットされている。
僕も仲間さんに倣って、なんとか左耳にマイクを装着した。
「……かわいい耳ね」また、仲馬さんに言われる。
「いちいち……そんなこと言わないでください」
ぼくは13歳。
“かわいい”とかなんとか言われるのに、もうかなりう んざりしていた。
「あーん……そのむくれると、とんがる上唇がまたかわいい〜」仲馬さんが身悶えしながら言う。
「……………」
仲馬さんに言われて口先を引っ込めた。
こんな子供っぽい仕草は、すぐにでもやめなければ。意識してやめないと。
「テステス、マイクチェック1、2」
「わっ!」
いきなり、左耳のイヤフォンから、仲馬さんの声が響いてきた。
「ひゃっ!」仲馬さんも声を上げる。「こら!声が大きい!」
「ひっ!」こっちの左耳に届いてくる仲馬さんの声も大きかった。鼓膜が破れるかと思った。
見ると仲馬さんは、ブラウスの袖口に向けて話しかけている。どうやら袖口にマイクロフォンが仕掛けられているらしい。まるでドラマなんかで見るSPみた いだった。仲馬さんはまた小さな声で自分の袖口に囁く。
「テステス、マイクチェック1、2……聞こえる?……感度良好?」
「んっ……」耳元で囁かれているみたいで、また身体が、ぶるっと震える。「は、はい……」
「そのマイクはね、君の声を拾うんじゃなくて、君の声帯、喉の振動をとらえて、それを音声化して送信するの。だから……小声でも充分、わたしとお喋りでき るからね……はい、やってみよー」
「え、えーと……もしもし」ぼくはできるだけ小声で喋った。
「喋るときは、喉元のマイクを押さえるようにして……それから、周りの人にヘンに思われないように……口元を手で隠して喋ってね……はい、やってみよー」
ぼくは仲馬さんに言われたとおりに、右手で喉のマイクを抑えて、左手で口を隠して小声で囁いてみた。
「聞こえますか……どーぞ」
「んん〜……バッチリ……かわいい声」
「……だから……“かわいい”とかやめてくださいって言ったでしょ……」口を手で隠しているから、もし上唇がとんがっていても、見えないはずだ。「……こ れで……いいですか」
「ずっと、そのかわいい声のままだったらいいのに……」
仲馬さんがそう言って、マイクを通して、ふう、とため息をついた。
そのせいでまた……身体がぶるっと震えた。
ぶるっと震えるのは、今日これで3度目だった。
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