確かにシークァーサーの味がした

作:西田三郎
「第8話」

■鍵・氷・果物ナイフ

 夜の国際通り(でいいと思うが、たぶん合ってるだろう)をりみと並んで歩いた。
  りみはなにかふて腐れた感じで、あまり口を効かない。
  おれはとても愉快な気分になった。少しりみの歩き方がおかしい……すこしびっこを引いているような感じだ。まあ、無理もないだろう。

 「……“おかあさーん”」おれはりみをからかってみることにした。
  「うるさい」りみがぴしゃりと言う。
  「すごかったね、ライス君」
  「人間じゃないね、あいつ」とりみ「死ぬかと思ったよ」
  「……でも、死ぬつもりなんでしょ?」
  「そーか……忘れてたよ」

 しばらく黙ったまま歩く。平日のオフシーズンということもあり、それほど人通りも多くない。この調子でいけばホテルだって飛び込みでどこでも泊ることができるだろう。

 りみがポケットに手を入れる。
  「まったく……あんた、相当お楽しみだったね。どうだった?あーいうの。ヤマトナデシコが黒人に突きたおされるの……日本男児としては」
  「いや、戦争に負けたのも頷けたよ」
  「だよねえ」そう言って……前を見たままだったが、りみは少し笑った。「あっ」

 りみがポケットから手を出す。
  掌には、鍵がひとつ載っていた。

 「………」
  「何の鍵?」覗き込んでりみに聞く。
  「空港のロッカーの鍵……ほら、会ったとこのロッカー。あそこに上着放り込んだじゃん」
  「ああ……そうだっけ」

 どうりで見覚えのある鍵だと思った……同じ鍵をおれもどこかのポケットに入れている筈だ。おれも同じロッカーに上着を放り込んだのだ。それは正解だった……日が落ちても沖縄の空気は暖かい。まったく、十数時間前……今日の朝にはコートが手放せない世界にいたなんて信じられない。

 「……ってか、もうこの鍵いらないね」りみが呟くように言った。
  「そういわれてみるとそうだよな」
  「もう帰らないんだし……コートの要るとこには」
  「そうだよな」
  「ポイ

 りみは鍵を道端の溝に向かって投げた。鍵はそのまま、溝に飲み込まれていった。

 「鍵を無くすと、10,000円の罰金だよ」おれは言った。
  「ホリエさん、つまんねーことはよく覚えてんのね」
  「で、今日はどうする?」おれはポケットを探った……しかし鍵は見つからない。「……どっかで一緒に死のうか?」
  「……ってか、今日はもう疲れちゃった」
  「だろうね」

 そして、一番最初に目についたビジネスホテルに二人でぶらりと入り……ツインの部屋を取った。ダブルの部屋でも良かったが、それはあまりにもはしゃぎすぎだろう。
 
  部屋にチェックインして、ベッドに腰掛ける。
  りみは窓から外の通りを見ていた。どことなく……不安げで寂しげだった。これ以上、何を不安がることや寂しがることがあるんだろう?おれはベッドに仰向けになったまま……黄色い天井を見ていた。

  そういえばこれまでの人生でもいろんなホテルに泊った。しかし誓って言うが……りみのような娘と行きずりでチェックインしたのはこれが始めてである。行きずりがはじめてなのではなくて、りみのような娘が初めてなのだ。

 「……なんか飲むもの買ってくるわ。向かいにコンビニあるから」りみがベッドの前で言った「なんか要る?」
  「そうだな……泡盛2本くらいと……氷と……氷はできるだけたくさんね………あと、果物ナイフ
  「果物ナイフ?」
  「あ、あとシークァーサー。シークァーサー剥くのに要るだろ?要らないか
  「シークァーサー?……そんなのたぶんコンビニに売ってないよ」
  「じゃあ果物ナイフだけ」
  「おっけー」

 りみが部屋を出て行く。

 おれは一人部屋に残って……次のプランを練った。
  とにかく酒を飲む。がんがん飲む。これまでにもかなり飲んでいるので(さっきの見世物でかなり酔いも醒めたが)意識が朦朧としてくるのは結構早いだろう。で、さっさとりみを酔い潰してしまう。水泳に、2回のセックスに……特に2回目のセックスに……さぞりみは疲れ果てていることだろう。さっさと眠ってくれるに違いない。酔い潰したからといって、改めてりみに何かをしようというのではない。
  りみが寝てしまったら……このベッドにりみが買ってきた氷をしきつめる。おれの身体の上にも、脇にもとにかく全身を氷で覆ってしまう。これはどこかで読んだ方法だ……そうすると、身体全体の感覚が麻痺するらしい。多分酔いは醒めるだろうが……とにかくナイフが持てないくらい全身が麻痺する前に……果物ナイフを取り上げて、腹に突き立てる。たぶん、麻痺して痛くない筈だ。そして、刺して、刺して、刺しまくる。血が流れるが……たぶん痛くはない。そのまま目を閉じる。

 翌朝、おれを見つけたりみはさぞびっくりするだろう。
  ちょっと気の毒だが……まあおれはその時点ではもう死んでるわけだからそこまで心配する必要もないだろう。
 
  で、りみはどうするだろうか?
  警察に届ける?
  いや、そうすると……りみ自身が沖縄で人知れず自殺することは極めて難しくなるだろう。りみだってこの沖縄に死にに来たんだ。さぞ、フェイントで先に死んだおれのことを恨むだろう。りみは多分、黙ってこの部屋を出て行くだろう。

  おれの亡骸を残して。薄情ものめ。絶対、あの女だったらそうする。そうすると、警察がおれの死体を見つけた時、まっさきに容疑をかけられるのはりみだろう。ホテルのフロントマンがおれたちのことを見ている。それはそれで気の毒だな……いや、知ったことじゃないか。どっちなんだ。
  できればりみがおれの死体を残してこの部屋を出た後、速やかに、誰にも邪魔されることなく……自殺できることを願おう。

  あの世がもしあるとするならば……そこでいきなりりみと再開するのも悪くない。

 あの世はどんなとこだろうか?
  この沖縄よりも、ヘンなところなんだろうか?
  りみとあの世の表通りを歩く自分の姿を想像してみた。
  あれ?……なんでライスが居るんだ?あいつ、ひょっとして何かの間違いでイラクにでも送られて死んだんだろうか?

 「何シアワセそうな顔して寝てんのよ」
 
  りみの声で目が覚めた。
  気がつくと枕元にりみがコンビニの袋を提げて立っていた。

 「……あれ、寝てた?おれ」
  「死んだように寝てたよ」
  「……帰ってきたんだね」おれはわけのわからないことを言った「……帰ってこないかと思ったよ」
  「じゃああたし、今日どこで寝んのよ」そのままコンビニの袋を探る「ほれ、シークアーサー」
  「えっ……あったんだ、コンビニに」
  「あたしもびっくりしたよ。それに、泡盛に……氷ね。いっぱい買っといたから」
  「あと……果物ナイフは?」おれはりみを見上げた。
  「売り切れてた」その瞬間、りみが視線を逸らしたのを、おれは見逃さなかった。
  「シークァーサーがあったのに……?」おれは半身を起こした「ウソだろ?」
  「……てか、手で剥くもんでしょ。普通」りみは言った「あたし、お風呂行ってくるね」
 
  そのままりみは浴室に消えた。
  おれはシークァーサーを手で剥き、泡盛のロックをふたつ作りながら……りみが風呂場で『涙そうそう』を歌っているのを聴いた。

 

 

 

<つづく>




 
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