確かにシークァーサーの味がした

作:西田三郎
「第6話」

■スーチカ。シークァーサー。ライス。

 目の前に並んでいるのはゴーヤチャンプルーに足テビチ、ラフテーにチラガーの燻製……ええと、それから……“スーチカ”の炙りというのがまだ来ていない。すべてはりみのオーダーだった。
  おれは那覇に戻ってりみに3枚1000円のパンツを買ってやったが、まあそれですべてが丸く収まるはずがない。この店を選んだのもりみだった。雑居ビルの地下にある、薄暗い店だ。それほど高そうな店にも見えなかったが、実際メニューを見てみると安かった。というか、沖縄の物価は安い。パンツしかり、料理しかり。

 店の中は若い連中で溢れていた。
  海兵隊員だか空軍パイロットだかもしくは水兵だか、そんな感じのいかついアメリカ人の姿もちらほらと見られた。確か……この近辺には『チャクラ』という名前のライブハウスがあるらしいが……ええっと誰だっけ?あのボサボサ髪のヒゲのミュージシャンは?……彼はまだステージに立ってるんだろうか?

  それほど沖縄の音楽に興味があるわけではないが、せっかくここまで来たんだし聴いてみるのも悪くないだろう。
  店には大音声でレゲエが掛っていた。
  ボブ・マーリーの“ゼム・ベリー・フル(バット・ウイ・ハングリー)”
  確かにおれは腹が減っていた。

 「……楽しんでる?」かなり酔っ払ったりみがトイレからテーブルに戻ってくる。
  「てか、ぶた肉ばっかりじゃないか」おれは言った。
  「いいじゃん。ぶた肉。うまいじゃん」りみはそう言うと豚足にかぶりついた。「ああん……すっげー
  「……太るよ」
  「大丈夫だよ。もう死ぬんだもん
 
  そういえばそうだ。

 くっきりとした顔だちの小柄なバイト娘が、“スーチカの炙り”をテーブルに持ってきた。なかなか可愛い子だった。愛想悪かったが。

 「……てか、これも豚じゃねえか」分厚い脂の載った肉の切れ端が皿に鎮座ましましている。「このゴーヤチャンプルー?これにもなんだ……ええっと……そうだ、スパムだ。スパム入ってるし」
  「うるせーなー。イヤなら食うなよ」りみはそのスーチカ?にも精力的にかぶりつく。
  「なんで肉ばっかり食って太らないんだよ?」おれはりみに言った。
  「さっきの子だってあんまり太ってないよ。ほら、これ持ってきてくれたあのお目めぱっちりな子」
  「……別に毎日ブタ肉食ってるわけじゃないだろ、あの子も」
  「いいけつしてたね、あの子」とりみ。

 そしてぶた肉を咀嚼しながら、脂まみれの唇をゆがめる。

 「ああいう子のおけつ見ても、やっぱホリエさん、欲情するわけ?」
  「やめようぜ、そんな話。食事中だし」おれはオリオンビールを煽った。さっぱりしていて旨い。こうしたブタ攻めの時はとりわけ。「君は下品だよ
  「ほれほれ、見てみ」りみが箸で指差す。

 指した先には先ほどのバイト娘の、ジーンズに包まれた豊満な尻があった。ローライズの上端部分から、尻に至る山道なのか、それとも腰なのかよくわからないが、とにかくよく日に焼けた肌がめいっぱい露出している。というか、Tシャツの丈が短すぎるのだ。あれでは屈んだら、尻のほとんどが見えてしまうではないか。
  あ、屈んだ
  実際に尻の割れ目に近いものまでが見えた。まったく、けしからん所だ沖縄というのは。

 「どう?今の。見た?」りみが嬉しそうに笑う。
  「見たよ」
  「やっぱあの子もさ、砂浜の人気のない岩場に連れ込んでさ、岩に手つかせて、後ろからガンガン行きてーぜ!!!……とかそんなこと思うわけ?」
  「人聞きの悪いこというなよ」
  「すっげー飛んだよね。ホリエさんの」りみはすでにチューハイのシークァーサー割り?とかなんとかわけのわからないものを2杯開けていた。「なんであんなに元気なわけ?これから死ぬってのに
  「パンツは弁償したろ。それにここでも奢ってるじゃん。だからそういう下劣な話はやめてくれよ。食事中なんだから」
  「なんだかんだ言ってさ、結構食べてるよね」りみが皿を覗き込む。
 
  そういえば……かなりの皿に満遍なく箸をつけている。
  ほとんどりみが食べたものとばかり思い込んでいたが、その半分以下はおれが平らげたのだ。

 「ああ、結構おなか一杯」りみがのびをして、ゲップをした。
  ブタの脂と、シークァーサーの混じった香りなんだろうか。それが漂ってきた。
  「ほんとうに君は下品だな」
  「あんなに飛ばすヒトに言われたかないよ」りみが席を立った「……ちょっと、交流してくるわ」

 そのままりみは席を離れて、店の奥へ消えた。

 おれは一人テーブルに残って、豚肉をもりもりと食べた。

  と……店のカウンターで例のバイト娘がプエルトリコ系のGIと話しこんでいるのを見た。どうやら彼女は英語ができるらしい。あんないやらしいけつをして。まったく沖縄という土地は侮れない。GIを見ていると……また妙な考えが頭に浮かんできた。

 ああいう兵隊さんに話をつけて……を手に入れるというのはどうだろうか。
  いったいいくらくらいで手を打ってくれるのか見当もつかないが。基地の中には腐るほど銃があるんだろう?……拳銃も、ライフルも、手榴弾も、バズーカー砲も、戦車も、ロケットも。ピストル一丁くらい、なくなったところでどうという事はないだろう。確か、アメリカ軍が使用してるのは……ベネッタ?ビエネッタ?なんだかそんな感じの名前の銃だ。よく映画に出てくる。「ダイハード」でブルース・ウィリスが、「リーサル・ウェポン」でメル・ギブソンが使用してたのと同じ銃……だったかな。確か「リーサル・ウェポン」でメル・ギブソンが自分の拳銃を銜えて自殺しようとするシーンがあったような気がする。なんで彼がそんなに悩んでいたのかはさっぱり覚えてないが……とにかく、メル・ギブソンがあの銃を口に突っ込んで引き金を引いていれば、あの映画もあんなにシリーズ化されることは無かっただろう。メル・ギブソンだって引き金を引けば死ぬんだから……このおれが死ねない理由はなかろう。サメ案よりも随分ましな案に思えた。

 と、りみが戻ってきた。
  何とりみは……びっくりするくらい小柄な黒人を連れていた。

 「ホリエさん、聞いてよ。このヒト、日本語できるんだよ」
  「ド……ド、ドモ」その分厚い眼鏡をかけたチビの黒人は、オドオドしながら我々のテーブルについた。
  「誰だよ、これ」おれは言った。
  「なんか奥でひとりで飲んでたからさ。ほかに黒人さんいっぱい居るのに、仲間はずれになってるみたい」
  「……こんにちは……ええっと……ホリエです」おれは黒人に手を伸ばした。
  「ド、ド、ドモ、コニチハ」黒人は両手でおれの手を握った。湿った手だった。
  「あたしは……ええっと……りみっていいます。あなたは?」
  「ボ、ボ、ボクデスカ」黒人はさも驚いたように自分を指差す。
  「あなたのお名前は?」今度はおれが聞いた。いやあ……こんな気弱な黒人もいるのだ……世の中は広い。「おなまえ、を、おしえて、ください」
  「……ラ、ラ、ライスです」

 絶対ウソだ。まあいい。みんな大ウソつきだ。

 おれと、りみと、その黒人……“ライス”は、そのまましばらく一緒に酒を飲んだ。りみはさらに4杯ほど飲んで、ライスは2杯ほどビールを飲んだ。おれは3杯んだ。ライスはテーブルに残っていた全ての豚肉を平らげた。
 
  かなり酔いが回ってくる……と、気がつくと、目の前でりみがいきなりライスにキスをした。

  「……キスはダメじゃなかったのお?」おれはりみをひやかした。
  「あんたのキスはダメってこと」りみは言った。「ライス君、キス巧いね」
  「ソ、ソ、ソデスカ」ライスがニヤニヤ笑って言う。
  「ねえ……」りみが身を乗り出しておれに顔を近づける。「ライス君とあたしがヤってるとこ、見たくない?……見物料2000円で

 

 

<つづく>




 
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