終電ガール
作:西田三郎

■トレーニング・デイ


 「ん…」眼鏡を外した桐東さんは、先週と同じ十代の少女に戻って熱い吐息を吐いている。
 混んだ車両の中、満は桐東さんと向き合って立っていた。先週の金曜と同じく、桐東さんの大きな胸が、満の胸の上で息づいている。桐東さんの背後にぴったりとくっついた石川は、桐東さんのスカートを後から捲り上げ、パンティの上から尻の肉の感触を味わっていた。
 「…や……」桐東さんが満のすぐ目の前で、右肩に顎を寄せるようにして悩ましげな表情を浮かべる。息を吸い込むたびに、桐東さんの躰から金木犀の香りが漂い、満を刺激した。
 満は胸をドキドキさせながら、桐東さんの顔がだんだん紅潮し、微妙な刺激に変化するのを見つめていた。
 当然、既にパンツの中の陰茎は痛いくらいに張りつめている。
 「…気持ちいい?」桐東さんの耳元で、石川が囁くのが聞こえた。
 「……ん……」桐東さんが耳に入る石川の臭い息から顔を背ける。
 「…ほら」石川はそう言うと、満の目の前で桐東さんの耳たぶを甘噛みした。
 「……んふっ」桐東さんがくすぐったそうに肩をすくめる。
 満は喉がカラカラになるのを感じながら、桐東さんの表情を凝視していた。
 そしてそんな満の様子を、石川が桐東さんの肩越しに見つめ、ほくそ笑んでいる
 「……やっぱいいわ。こんなのも。…どう、桐東ちゃんもいいでしょ。こんな風に見られながらするのも。」
 「……なまえで呼ばないでよ」桐東さんが小さな声で囁く。
 「…ほら、見てごらん、桐東ちゃん。友達、亢奮してるよ……顔真っ赤にして……ほら、見える?」
 「……すけべ」桐東さんは肩越しに横目で石川を恨めしそうに睨んだ。「うんっ……」
 その顔にいたく刺激を受けたのであろう石川は、次の攻撃に出た。
 満が見下ろすと、石川の手が桐東さんの前に回り、前から捲り上げたスカートの中に入っていた。
 「……偉そうなこと言って……桐東ちゃんこそ、パンツ、濡れてるよ……」石川がまた桐東さんの耳元で囁く。
 「……や……」桐東さんの顔が満の肩に埋まる。「……や、だ………」
 「…ウソばっかり。好きでこんなことしてるクセに……」
 「……ん」言いながら、桐東さんはそっと満の首筋にキスをした。
 思いがけない出来事に、満は身を固くする。しかし桐東さんはねっとりと、丹念に、満の首に唇を這わせる。くすぐったいような、気持ちいいような、桐東さんのキス。
 「……はっ」と、桐東さんの顔が跳ね上がった。そして大きく肩を震わせる。「…ん…」
 満はまた視線を下に落とした。石川の手が桐東さんのグレーのパンティの中に這い入っているのと、自分の陰茎がスカートの布を持ち上げているのが見えた。
 さらに桐東さんの脇から前に回された石川の左手は、セーラー服の裾から侵入して、豊かな左胸の肉を捏ねていた。服の上から見える、茶化すような石川のいやらしい手の動き。大変いかがわしい光景だった。
 それにしても…と満は思った。
 ここまで大胆なことをしておいて、周りの人間が誰もそれに気が付かない、というのは何故だろう?
 ふと沸いたその素朴な疑問のもと、満はしばし、周囲の人間に目を走らせた。
 なるほど…多くは気づいていない。
 しかし、その様子を眺め目で楽しんでいる男が、何人か居る。
 石川の右肩から覗き込んでいる学生風ののっぽの男。左肩から見下ろす、まだ20代と思われる若いサラリーマン。桐東さんと石川の真横から、セーラー服のブラウスが、淫らに蠢くのを凝視している左50を過ぎた重役風の親父。そして満の左肩越しにそれを見ている、顔は見えないが息の臭い男。
 そうした熱心なギャラリーたちは自分たちが目で楽しむのと同時に、それぞれが桐東さんと石川の痴態を外からの視線から隠す、バリケードと化していた。
 野蛮で、ぎらぎらした欲情に包囲されていることに気づいて、満の胸はますます亢まっていく。
 「……ん……あ…………ああ………んっ……」桐東さんはまた満の右肩に顔を埋め、ほとんど聞き取れないくらい小さな声で喘いだ。そして思い出したように、満の首筋にキスをする。
 桐東さんの放つ金木犀の匂いがますます強くなったように感じた。先週と同じだ。
 「……どう、いい?桐東ちゃん。感じる?」石川の言うことが無粋であればあるほど、その言葉はこの場に相応しいように思えた。「……指、入れて欲しい?それとも、擦ってほしい?
 「…………」あんまりの質問だったが、桐東さんはその問いに、無言と鋭い目線を一瞬石川に向けることで応えた。
 「……お任せってことでいい?………じゃあ、ほら」
 「うううんっ!!」桐東さんの両手が、まるで追いすがるように、満の肩を掴み、きつく握る。
 満は桐東さんの表情を伺おうとしたが、その顔は自分の右肩に深く埋まっていて伺うことができなかった。握られた両肩から、桐東さんの震えが伝わってきた。そしてさらに強く胸に押し当てられた乳房が、桐東さんの鼓動を伝える。そればかりか、服の中に差し入れられた石川の淫猥な手の動きも。
 「……あっ………だ……ダメだ……よ」桐東さんが蚊の鳴くような声で言う。
 指を入れられているのだろうか、と満は思った。
 あるいは、擦られているのか。
 石川はしょっちゅうこんな風にして、桐東さんの躰をいじくることにお金を払っているのだろう。
 ならば石川は桐東さんが、入れられるのと擦られるの、どちらが好きなのか知ってる筈だった。
 手の動きからはそのどちらを実行しているのかは判らない。
 いずれにせよ、桐東さんは激しく、静かに、満の肩で喘いでいる。
 もはや満の首筋にキスをする余裕もないようだ。
 満はいつの間にか桐東さんの躰から腰を引き、後ろに立つ息の臭い男に尻を押し当てていた。
 激しく勃起した自分の陰茎が桐東さんの躰をつついていたからである。
 と、電車が途中のターミナル駅についた。激しく人の入れ替わる、あの駅である。
 満、桐東さん、石川の3人は周りのギャラリーたちと渾然一体となって、ホームへ流れ出た。ギャラリーたちのうちの半分は、そのままホームの階段へ消える。しかしその残りは、乗車する3人とともにフォーメーションを変えながら電車に流れ込んできた。今度、満は桐東さんに背を向ける形で乗り込んでしまった。石川は定位置である桐東さんの背後に、ぴったりとくっついている。満の真横に、大きな目とガリガリに痩せた躰を持った男が立っている。さっき、満の背後に立っていた、あの男である。下水道のほうがましと思えるほどその息が臭かったので、すぐに判った。
 電車がまた走り出す。
 背を向けているのでよく見えないが、さっそく石川の手が桐東さんのパンツに前から忍び込んだのが判った。その手が桐東さんの急所に与える容赦ない振動が、満の尻にも伝わってきたからだ。桐東さんは後から満の両肩に後からつかまるようにして、その攻撃に喘いでいた。
 桐東さんの熱い吐息をうなじに受け、満はますます淫らな気持ちになった。
 「………あ…………やっ………うん……ん……」桐東さんは満の耳元で囁いた。
 お金儲けのための演技としては、アカデミー賞級だ。
 「あっ…」今度声を出したのは満だった。多分、彼女一流のいたずらなのだろうが、桐東さんが満の耳たぶを甘噛みしたのだ。さっき石川から、自分がされたときと同じように。
 「……うううっ……」桐東さんがさらに全身の体重を満の背中に掛ける。
 先ほどと違って、桐東さんのブラウスの中から石川は手を退却させたらしい。では、もう一本の手はどこにあるのか?両方の手で桐東さんの下半身を攻めているのだろうか?性体験のない満には男が両方の手を女性のパンツの中に入れて何をするのか、はっきりと判らなかったが、それを考えるとますます気持ちが亢ぶった
 「?!」と、予想もしない事が起こった。
 何者かが、桐東さんと満の間に手をこじ入れ、満の尻を撫でたのだ。
 満は息の臭い痩せた男の顔を、はっとした顔で見上げた。予想通りだった。頭蓋骨の上に湯葉のような薄い皮膚を貼り付けただけに見えるその痩せた男は、満の視線をとらえると、ニヤリと笑った。
 ドキドキと息づく満の胸。
 背後で、桐東さんの右肩が激しく振動しているのが判った。満の右肩に置かれていた桐東さんの手はすでに離れ、石川の下半身に伸びてズボンの前を擦るように、激しく動いていた。
 痩せた息の臭い男がスカートの上から満の尻をまさぐる。それ以上のことは何もしなかったが、明らかに動揺している満の反応を見て、そいつはそれを愉しんでいるようだった。
 まもなく電車が駅に着こうというとき、背後で石川がせっぱ詰まった声を出すのを聞いた。
 「……桐東ちゃん……待って……ちょっと待って……あ…ああ………………………あ〜あ
 電車は停車し、人々を押し出した。満と、桐東さん、石川、息の臭い痩せた男、そしてそれらの繰り広げる痴態を目で愉しんでいた、善良な市民の皆さん……。
 
 「……参ったな、女房にどんな言い訳すんだよ……桐東ちゃん、クリーニング代引いてよ」
 最終電車が出た後の駅の出口で、石川は濡れたズボン前鞄で隠しながら言った。
 「なんでよ」眼鏡を掛けた桐東さんが、石川から2万円を受け取りながら言う「スッキリしたでしょ。特別料金欲しいぐらいだけど、サービスしとくよ」
 「……今度は、キミの分も払うよ」そう言って石川は、満に笑い掛けた。
 そして濡れたズボン前をカバンで隠したまま、深夜のタクシー乗り場まで歩いていった。

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