終電ガール
作:西田三郎

■変態女装少年ができるまで
 
 その晩、帰りが遅くなったのをどんな風に母親に言い訳したのかはもう思い出せない。
 とにかく躰が火照って仕方がなかったので、満は冷たいシャワーを浴びようと、浴室へ直行した。
 ズボンを脱ぐ。陰茎が自分でも信じられないくらい、もの凄い固さになっていた。
 桐東さんと別れて、自転車に乗ったときからそうだった。
 突き上げられたブリーフの布地は何層にも先走りの液を帯びて、ほとんど透き通るくらいに濡れていた。自分でも気が付いていが、改めてその様子をみてみると、己の浅ましさを突きつけられたようで、満は思わず赤面した。
 望み通り冷たいシャワーを浴びると、躰全体のほてりとねっとりとした汗の湿気は、洗い流すことができた。
 しかし当然ながら、解放されていない陰茎の疼きは収まらない。
 疲れてるから、とかなんか言い訳をしたような気がするが、とりあえず満は自室に籠もった。
 
 まず一番に部屋のカギを賭け、水を掛けたばかりの躰に、姉のセーラー服を纏った。そして、そろそろ床屋に行け、と母親に言われているが、この楽しみの為だけにかなり伸ばしている前髪を、ピンで留める。
 鏡の前に座ってみた。
 愛して止まない少女の姿が、そこにあった。
 冷水によって冷やされて、色を失った唇をして、濡れた前髪をピンで留めている少女。
 その姿が、心の中で桐東さんのセーラー服姿とダブる。
 正直言って、桐東さんの何倍も可愛い自信はあった。…自信という言葉が当てはまるかどうかは判らないが。
 満は鏡の中の少女の顔をしっかりと目に焼き付けた。鏡の中の少女は満に見つめられ、だんだん頬を染めていった。
 自分の手の平で、スカートの上から尻をゆっくり触ってみる。あまり何も感じない。
 そのまま手を前に回し、スカートの中に突っ込み、内股などをさすってみた。しかし、何も感じない。セーラー服の上から乳 首をいじってみても、襟元から覗く鎖骨を触ってみても、やはりダメだった。
 自分で触っているようにしか、感じない。実際に自分で触っているのだから当然だが。
 そこで満は、あの最終電車の中で、桐東さんをいじくっていた、太った中年男を思い浮かべた。
 鏡の中に居る少女の左肩あたりに、あの男の顔を思い浮かべる。
 ぞくっと、背中に冷たいものが駆け上がる。
 さっきと同じように、尻を触ってみた。触っているのは自分の手ではなく、あの中年男の脂ぎった手だと考える。目を閉じ、あの男の恍惚とした表情を出来るだけ鮮明に思い浮かべた。途端に、満の白い太股に鳥肌が走った。
 そのまま手を進める。
 手を自分の意志から切り離し、心の中であの丸顔の中年男と一体化し、その思うがままに動かす。
 スカートの布地ごと、自分の尻肉をぎゅっと掴んでみる。
 「………あっ…」声に出してしまってから、満は慌てて口に手をやった。
 鏡の中の少女も、明らかに狼狽している。
 そして紅潮した少女のとまどいを愉しもうとする、満の中の“丸顔の男”の部分は、ますます劣情をかきたてられる。
 それから、手はまるでほんとうに別の意思を持っているかのように動いた。
 右手で大胆に前からスカートをめくり上げ、内股に、掌をなすり付ける。
 左手は裾よりセーラー服に入り込み、右の乳首を摘んだ。
 「…ん…」
 男は一体、どんな気分で、桐東さんの躰に触ったのだろうか?
 今や別人の意思で動いている自分の両手に愛撫されながら、満は思った。
 にせものの少女のにせものの純血を汚す、侵略者の気分だろうか。
 もしくは少女の年代に帰って、眩しいあこがれに手を伸ばすような切ない気分だろうか。
 それとも全てを凌駕する、重機関車のような性欲に気分などは吹き飛んでいるのかも知れない。
 3つ目の気分を想像した時、満の左の乳首は固くなり、スカートの奥では痛いくらいに怒張が張りつめた。
 何と未だ指を伸ばしていない右側の乳首さえ、しっかりと固くなっている。
 桐東さんの大きな胸を思い出しながら、いじくられるのを待ちわびている右の乳首を左手で、そしてパンツの中のはじけそうな陰茎を右手で、ゆっくりと愛撫し始めた。
 「……んんっ……」
 桐東さんの大きな胸が、あの丸顔の男に弄ばれる様を想像した。
 しかし、満の手は桐東さんの乳房を揉みしだく感覚を、望んでいるのではなかった。
 女性の乳房をいじることには全く魅力を感じない。むしろ満は想像力を駆使しして、胸を揉みしだかれている桐東さんに自分を同一化させようとしてる。こりこりに固くなった乳首。
 女性が胸を揉まれた時に味わう感覚は、この乳首を刺激される感覚の何倍くらいのものだろうか?
 スカートの奥、パンツの中では先端からの粘液で湿りを帯びた陰茎が、もはや音を上げ始めていた
 「………あ………う…………」
 鏡の中で、立ったまま男の邪な手で辱められようとしている少女がいる。
 そして、その少女を辱める邪な男が自分の中にいる。
 鏡の中の少女は、とろんとした半開きの目をして、潤いを含んだ小さな唇をも半開きにしている。
 満の頭の中で、その顔は最終電車で見た桐東さんのそれと重なった。
 しかし桐東さんより、鏡の中の少女のほうが何倍も魅力的だった。
 満はさらに、駅につくまでの刹那、あの丸顔の男が見せた恍惚の表情を思い浮かべた。そして、良く見ることの出来なかった男の手の動きを想像した。これでもか、と言わんばかりに桐東さんを攻め立てていたあの男……。
 捲り上げたスカートから、真っ赤になった満の陰茎が突き立っている。
 それを容赦なく擦り上げた。湿った音がした。心はあの男と一体になり、少女を滅茶苦茶に汚す悦びが、遮二無に湿った肉棒を扱く手の動きを、激しいものにする。
 「……うっ……うっ…………っあああっ!」
 いつもよりも大量で、さらに濃度の濃い精液が、記録的な勢いで飛び出し、鏡の表面に追突した。
 それが流れ落ちるの見届けることもせず、満はそのままベッドに仰向けに倒れ込んだ。
 激しい感覚に気が遠くなりそうだった。ベッドから天井を見上げていても、まだ陰茎の律動は収まらない。
 恐る恐る下を見ると、まだなお勢いを失っていない白く濡れた陰茎が、ビクン、ビクンと息づいていた。
 恥ずかしくなって目を逸らせた。
 
 これだったんだ。
 
 満は思った。今までは抽象的な感覚でしか、捉えることができなかった自分の欲求絶頂
 それに今夜、ようやく形が与えられたような気がする。
 これこそが、我が魂の快楽であり、肉の焔である。
 セーラー服のまま、満は天井を見上げた。
 来週の金曜日、それを実行に移そう。
 それまでにこの決心が揺らぐことは…まず考えられない。
 初めてこのセーラー服を着て鏡の前に立った日から2年
 ずっとはぐらかされてきたもどかしさに、ようやく終止符を打つことが出きるのだ。
 
 これまでに感じたことのない幸福と安堵の中、満は思わずそのままの格好で眠り込みそうになった。

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