終電ガール
作:西田三郎■終わりである始まり
まず、満がその愉しみへ如何にしてたどり着いたのか、順を追って話さねばならない。
満がそのことの愉しみを知ったのは、小学校6年生の冬のことだった。
満には二人の姉がいる。一番上の姉は満と8つ違い。2番目の姉とは6つ歳が違う。満の父は、満がまだ小さいときに、ガンで亡くなった。そんな訳で満は、女性ばかりの家で大きくなった。
美しい姉たちに似て、満も美しく健康に育った。面長に切れ長な瞳、華奢な体つきと白い肌は、姉たちと同じく母から譲り受けたものである。小学校時代の6年までは問題なく、男子の友達の中でのびのびと成長した。
しかし、声変わりがはじまり、陰部に薄く体毛を帯びるようになった頃から、満は自分の肉体に違和感を感じ始める。
精通を経験したのは、この頃だった。
どんな夢で夢精をしたのか、満ははっきりと覚えている。
夢の中で満は、全裸に剥かれ、数本の“手”に取り囲まれていた。
怯える満に、容赦なく“手”が襲いかかった。
“手”たちは満の四肢を押さえつけると、満の体中をイヤらしく愛撫し始めた。
夢の中ながら、そのカサカサで冷たい手の感触は今でもリアルに思い出すことが出来る。
うなじを這い、乳首を嬲り、臍をなぜ、陰茎をやわやわと揉み上げる“手”たち。
激しく、延々と続くその責め苦の果てに、満は生まれて初めて果てた。
自分の躰が壊れてしまうのではないかと思うくらい、その律動は激しく、暴力的なまでに甘美だった。
目を覚まして自分のパンツが大量の白い液体で濡れていることに気づいたとき、満はどうしようもない罪悪感と自己嫌悪に見舞われた。
小学校のクラスの友達は、夏休みが終わった頃から、突然自分の“男”としての肉体変化を認識しはじめる。
満の周囲でもしきりにセックスの事が話題になった。
友達が幼い猥談に興じている中、満は不思議な違和感を感じている自分に気づいた。
友達が主張するように、確かに自分の中でもそうした性への関心と興味が高まってきたことは事実である。それは先日経験した夢精が物語っている。しかし、満は他の友達のように、女性への関心を持つことが出来なかった。友達がしきりに猥談のネタとする女性への性的な攻撃に関する話題の中で、満もまた他の友達と同じように気恥ずかしさと劣情を感じることはあったが、その劣情が明らかに他の友達が感じているものと異質であることは、満も幼いながらに理解していた。
満が欲情するのは、激しく性的に責め立てる男性の立場に自分を置き換えたときではなく、激しく責められる女性を自分と同一視した時である。この感覚は友達には理解できないだろうな、ということは満も充分承知していた。
やはて満も人並みに自慰を覚え、毎夜のように繰り返した。
そんな時いつも夢想するのは、カサカサした手に弄ばれている自分の裸身だった。
ある日、満はたった一人で家に居た。
母も、姉たちも留守だった。
しんと静まり返った家の中で、満は正体のわからない胸騒ぎを覚えていた。
静かに自分の部屋を出て、誰も居ない家の中を歩き、2番目の姉の部屋に忍び込む。
ショウケースを開けた…姉の衣類が沢山掛けられている中に、クリーニングのビニール袋を被ったまま、姉の高校時代の制服が掛けてあるのを見つけた。
満はずっと、その紺のカラーのついた白いセーラー服と、スカートがそこにあることを知っていた。
家には誰もおらず、暫く帰ってこないことはわかっている。
そして今、自分の手には姉のセーラー服がある。
今を逃す手は無かった。
満はパンツ一枚になり、姉のセーラー服を着た。
満は自分が、高校時代の姉よりずっと華奢な体つきをしていることに気づいた。セーラー服が少し大きめだったからだ。
鏡の前に立ち、じっくりと自分の姿を見つめる。
驚いた。
鏡の中に立っているのは、色白の、切れ長な目をした、まさに「凛とした」という表現が相応しい美少女である。
すこし長目の前髪を横に分け、同じく姉の化粧台からくすねたヘアピンで留めてみる。
完璧だった。どこからどう見ても、少女にしか見えない。
満はそのまま姉の部屋から自分が侵入した痕跡を消し、自分の部屋に戻った。
何年もほったらかしになっていた中学時代の制服が無くなったことなどに、姉が気づく訳がない。
満は自分の部屋に戻ると、また姿見の前に立ち、自分の可憐さに見とれた。
見ているうちに、下半身に血液が集まってきた。漲る力がブリーフの布を持ち上げ、紺色のスカートにくっきり形をつける。満の鼻息が荒くなった。見ると、鏡の中の少女の頬が紅潮している。胸がドキンドキンと激しく脈打つ。
満はスカートの上から、その突起を優しく撫でてみた。
すると、全身に雷が走るような衝撃を覚えた。毎夜の自慰で感じるものとは決定的に違う、激しい快感が満の躰を貫いた。
「…あ…」
溜まらず満は、スカートの中に手を入れる。ブリーフの中では、快楽の放出を覚えたばかりの性器が、いつにない勢いで激しく硬直していた。先端は既に粘液を溢れさせ、ブリーフの布地を湿らせている。このままではスカートを汚してしまいそうなので、満はスカートを脱ぎ、ついでにブリーフも脱いだ。
鏡の中に、下半身を剥かれた少女が立っている。
その股間には、うすい翳りと、滑りを帯び、固く突き上がった性器があった。
不思議な光景だった。
満には、今、顔と顔を合わせている鏡の中の少女が、まるで他人のように思えた。
「…ん…っつ」
陰茎の包皮を剥き上げる。鏡の中の少女の躰が、びくん、と震えた。
そして、陰茎を右手でしっかりと掴み、乱暴に擦り上げる。
少女の腰がくねり、既に紅潮していた顔がますます赤くなり、うすい胸板が大きく息づく。
満は自分の痴態を鏡で見ながら、まるで鏡の中の少女を犯しているような倒錯を覚えていた。
「…あ…は…うっ…」独りでに声が出る。女のような喘ぎ声だった。
ますます高まってくる肉棒の疼きに対して、満はさらに激しく手を動かす。
満の躰は大きく海老剃り、つま先だけで床に立っていた。
時々、鏡の中の自分を見やる。今にも絶頂に追いつめられそうな、少女の痴態がそこにある。
「…う…くっ……はっ………あ、あ、あ…あっ!」
思わず出た、ひときわ大きな声と共に、全身を揺るがす射精感が襲ってくる。
尿道より濃厚な精液が勢いよく飛び出し、鏡にぶつかった。
満はそのまま、鏡の下にへなへなとへたり込んだ。
荒い息をしながら、鏡を見た。
鏡の中には呆然として肩で息をする少女の姿がある。そのちょうど顔の当たりに、ザーメンがぶつかっていた。
濃い精液はゆっくりと、鏡の表面を伝い落ちていく。
ひとときの虚脱の中、罪悪感や後悔は一旦頭の隅に押しやられる。
その時満は確かに、何かが確実に終わり、別の何かが始まったのを感じた。
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