終電ガール インテグラル
作:西田三郎
■第三章 『終電ガール』第六話「クリーン、シェーブン」
「あっ………はっ……………あうっ…………んんんっ………はっ」
テシガワラの手つきは丹念この上なかった。
終電ガールは しっかりと目を閉じ、運命を受け入れていた。
カミソリの歯が当たる、ぞっとするような感覚と、手のひらで捏ね上げられる亀頭が味わうもどかしい熱に、身を任せているしか術がない。
今や、陰茎の根元の上部をわずかに覆っていた陰毛は、すっかり剃り落とされている。
外気にさらされた肌は、まるで皮を剥かれたように敏感になっていた。
「うん……いい子だ………大人しくしてるんだよ……もうちょっとで終わるからね……じっとしてるんだ……だんだんキレイになってくよ………」
「あっっ………くううっ!!」
カミソリが離れ、躰を弛緩させると……意地悪く陰茎をゆっくりとしごかれる……テシガワラの手と陰茎の間で潤滑油の役割を果たしているのは、塗りこまれたジェルなのか、それとも自分が漏らしてしまった液なのかもう判然としない。
「あ、あ、あ……」陰嚢が収縮してくる。何度目かの射精感が押し寄せてきた。
「……おっと」と、テシガワラが亀頭をぎゅっ、と握り、ただでさえ12時の方向を向いている陰茎を上に引っ張り挙げる。
「うっ…あっ……そ、そんな……」
「……まだだよ……まだこっちのほうに、少し毛が残ってる」ぴたり、と陰茎の裏側にまたカミソリの刃が押し当てられた。
まるで首筋にナイフを当てられたように、全身から熱が引いてゆき……今度は悪寒が背筋を駆け巡る。ジョリ、ジョリ……。
ほんとうにそんなところに毛が生えているのだろうか?……少なくとも、自分では確かめてみたことがない。
しかしテシガワラのカミソリは有無を言わさず、肌の上を滑っていく。カシャッ、ジーパシャ、キュイーン。
その間じゅう、携帯カメラやデジカメの操作音が周囲から何度も何度も囁きかけてきた。
クスクスと、それぞれが漏らす暗い含み笑いとともに。「……ここはまだまだきれいだけど……いちおう、念のためきれいにしとこうか」
「ひゃっ………」今度は陰嚢の番だった。
すでに縮こまっている陰嚢の皮を、注意深く引っ張るようにして……その表面に刃が当てられた………その間も、陰茎は手のひらで包まれ、捧げ銃の状態で保持されていた。
……え……?
ここで終電ガールはあることに気付く。
テシガワラは両手を使って……片手で陰嚢の皺を伸ばし、片手でカミソリを使っている。
ということは……どうなっているんだ?……テシガワラの手が、急に一本増えたのだろうか?………恐る恐る目を開けて下を見てみた。いくつか、驚くべきことがあった。
自分の股間の前に跪き、両手を使って陰嚢の除毛作業に打ち込んでいるテシガワラを、もう一本の手が助けていた。
今、自分の陰茎は……亀頭をつまむようにして……別の手によって支えられている。
その手は、どう見ても女性の手だった。
爪には透明のマニキュアが施されている……その白い手を辿るように視線を動かしていくと、30半ばのOL風の女性の顔に行き当たった。髪型も、容姿もどこも不自然なところはない。極端に地味というわけでもなければ、派手ということもない。美人でもなければ、不細工でもない。どこにでも居そうな、普通のOLである。そのOLが、真剣な表情で終電ガールの亀頭を支えている。
左手には、しっかりとカメラ付き携帯が握られていた。
目が合った瞬間、女はなぜか……諭すように終電ガールにやさしく頷いた。それよりもっと驚くべきとは……その女のはいているタイトスカートの全面が、何かに突き上げられて盛り上がっていたことだ。
「……い、い、いや……」
カミソリを陰嚢に当てられているということよりむしろ……目にしている事実のほうがおぞましく感じられた。
そういえば、自分を取り囲んでいる人の群れの中には……ほとんどが男性だが、その中には数名の女性も含まれている。……今、はじめて周囲を……自分の手脚を押さえつけ、携帯カメラやデジカメを突き出している人々の顔を注意深く見た。……4人、女性がいた。いや、女性の姿をしている者たちがいた。今、自分の亀頭を支えている女だけが……注意深く見ても、女性として見ることができる。
しかし分厚い眼鏡の女は、かなり微妙だった。教師風の女は、明らかに化粧を塗りたくった妖怪そのもので、売店のおばさん風の女にいたっては……人間というものは、年齢を重ねると、見た目の性別またもあやふやになるらしい。
一体、誰が女で誰が男なのかも定かではなかった。
どの女の顔も、どの男の顔も醜悪で醜いことに変わりはなかった。
その誰もが、自分に対してむき出しの欲望を向けている。
ぬるい粘液の中で溺れているような気分だった。その間もテシガワラのカミソリが陰嚢の皺を丁寧に伸ばしながら、その表面を滑っていく。
剃るべき体毛なんか残っていないはずなのに。
恐らくテシガワラは、カミソリが触れるたびに、ピクン、ピクンといちいち反応してしまう終電ガールの様子を楽しむために作業を続けているのだ。涼感素材のジェルを塗られ、申し訳程度に生えていた陰毛をすっかり剃りあげられた股間が、まるでその部分だけ冬の外気に晒されているかのように、冷え冷えとしていた。
「……よし……いいぞ。終わった……とてもきれいに………かわいくなったよ」
「んっ……ふっ……」どこから取り出したのか、(おそらくあのぶかぶかのコートの中からだろう)テシガワラがウエットティッシュらしいものを取り出し、股間に付着していたジェルの残りを拭い去った。……そして、次は……小さな小瓶のようなものが取り出された。
「アフター・シェイブだよ。かみそり負けしないようにしとかないとね」
「あんっ………ひゃっ………」しっかりローションを乗せた手が、陰茎に、陰嚢に、その液体が刷り込んでいく。
奇妙だった……さっきの涼感素材とは違って……こんどは塗りこまれた部分に、かっと熱が集中してくる。
終電ガールの亀頭を支えていた女の手は後退した。
変わりにテシガワラがローションをたっぷり……露出している亀頭のあたりにも刷り込んでいった。「んんんんっ………な、な、なんか……こ、これ………」
テシガワラのコートの内側から出てきたのだ。ただのアフターシェーブであるはずが無かった。
「……どうだい?……なかなか、気分が盛り上がってくるだろ?これ、特製なんだ。……さあて、ほんとにきれいになった……皆さんにもしっかり見てもらわなきゃ」
と、テシガワラが目配せをすると、脚を抑えていた連中が、終電ガールの脚をぐいっと大きく開いた。「い、いやっ!」
思わず顔を背けた。しかし誰も、容赦する者はいなかった。
次々と携帯カメラやデジタルカメラが突き出され、終電ガールの股間に集中した。
まるで記者会見のように、それぞれのシャッター音が下半身のほうでせめぎあう。
一つ一つの音が、まるで自分を鞭打つ音でもあるかのように、終電ガールは細かくそれぞれに反応した。
そしてもがけばもがくほど……腰を誘うようにくねらせた。これまでに感じたこともないような羞恥だった。
ひたすら顔を背け、唇を噛み締めるしかなかった。
深くかみ合わさった奥歯が、口の奥でぎりり、と音を立てた。
泣きたい気分にもなったが、涙は出てこない。
あまりの仕打ちに、現実感が薄れ、頭の後ろを痺れさせていく。「ほら、ちょっと目を開けてみてごらん……」
強引に顎を掴まれて、正面を向かされる。
思わず目を開けたら、目の前にたくさんの携帯やデジカメの液晶画面が並んでいた。
そのすべてが……今や紫色に変色し、反り返り、先端からとめどなく液を溢れさせている自分の陰茎や、その周辺……つまり鼠蹊部をさまざまな角度から捉えた画像だった。
鼠蹊部からは一切の体毛が失われていた……その部分は確かに……小学校6年の夏くらいまでの見覚えのある自分の陰部だったが……陰茎が示している反応はその時分には有り得ないものである。おあずけを喰らい、物欲しげに亢ぶっている陰茎と、無邪気な子供時代に戻ったかのような鼠蹊部。頭がくらくらした。
「……こ、こんなの………」終電ガールは震える声で言った「も、もうイヤだ……」
「何言ってんの……?」突き出されたいくつものカメラの隙間から、テシガワラが顔を出した。やはり顔は笑っている。目は、左右べつの方向を見ている。「まだまだだよ。楽しいのは……これからじゃん」ほんとうに、まだまだこれからだった。
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