終電ガール インテグラル
作:西田三郎
■第三章 『終電ガール』第三話「ぼくは中学生の女装子です。」
投稿者:終電ガール 200×年 ×月×日 21:31
こんばんわ。
ぼくは中学2年の女装子初心者です。
セーラー服をきて、電車にのるのがすきです。まわりの人はだれも僕がほんとうは男だって
きづいていないようですが、
いつもドキドキして、とても興奮します。
この前、僕のことを女の子だと思ったひとが
僕のお尻を触ってきました。ほんとうにドキドキして、興奮しました。
でも、スカートの中に手を入れてきたとき
(ぼくはいつもノーパンで電車にのります)
痴漢はぼくの大きくなったちんちんに触れて
びっくりしたようで、あわてて手を引いてしまいました。それから毎日、電車のなかで痴漢に、いやらしいことを
されることばっかり考えて、オナニーしています。誰か、ぼくの願いをかなえてくれる、変態さんはいませんか?
来週の金曜日、●●線●●駅の下り方面、北口階段の前で、
終電を待っています。紺のカラー・紺のスカーフ・白いブラウス・紺のプリーツスカートで
ショートカットの女の子がぼくです。「終電ガールですか」と、声を掛けて下さい。
200×/9/11(Fri) 22:00
ホームで終電ガールは、神経質にかかとをすり合わせていた。
俯きながら、ちらちらと時おり周囲に目を配る表情は、不安を隠しきれていない。
しかし彼がほんものの少女ではないことは、ほぼ完璧に隠すことができている。
華奢でたよりない、ほっそりとした肢体は……ホームを行きかう多くの男性に好印象をもたらしているようだ。
終電ガール自身はそのことにまったく自信を持てないでいたのだが。
膝頭が震えていた。
週末、ホームで終電を待つ人々の視線が、すべて自分の……全身に……とくに少し短めのスカートから伸びている、蒼白い太腿に注がれているような気がしてならなかった。自意識過剰だろうか……?
いや、いま自意識過剰にならなくて、いつそうなれというのだろう?実際、すれ違う男たちのほとんどは、長さのせいで目立つその白くて細長い脚に一瞥をくれる。
それは自意識過剰からくる錯覚ではない。
事実……いまも、額の薄くなった40代くらいのサラリーマンが、すれ違いざまに遠慮のかけらもない視線を脚に絡めてきた……それどころかその男は、わざわざ何度も振り返りながら、終電ガールの脚を盗み見ているようだ。まるで、すべてを記憶にとどめようとでもしているかのように。一瞬だが、その男が返信をくれた『テジガワラ』ではないか、と思った。
どきん、と胸が高鳴った。
あんな掲示板をいつも覗いているような男だ……まともな人間であることは、まったく期待していない。
相当な異形の人間であることは覚悟していた。
いや、覚悟しているというか……なぜか、その人物の容貌がおぞましいものであると想像すればするほど、終電ガールの胸は高まった。自分はやはり、おかしいのだろうか?
たとえば今、ホームの端から自分の脚をじっと見つめている額の薄いサラリーマン。
彼が自分に対して、どのような妄想を抱いているのか……もし機会が与えられたなら、自分にどのようなことをしたいと考えているのか……それを想像すると、なにか痺れるような感覚が下腹からこみあげ、ふわりと現実感覚を数センチほど宙に浮かせる。自分はやはり、おかしいのだろうか?
ぴくり、とスカートの中で、密かに外気に晒されているその器官が反応した。
それを感じ、終電ガールは蒼白い頬を赤くした。と、突然背後から声を掛けられる。
「あの……終電ガール……さんですか?」
「えっ……あっ………」どきん、といきなり背中を刺されたように飛び上がった。
慌てて振り返る。そこに立っていたのは……30歳前後の、中肉中背の男だった。
「……えっと……終電ガールさん………?」その男……『テジガワラ』の顔には何の特徴もなかった。……のっぺりとしてはいるが、とくに醜いというわけではなく、かといって美形などではまったくない。特に不潔感もない……髪は短くきれいに刈られ、肌つやはよく、髭もきれいに剃ってある。テシガワラには特長だけではなく、表情というものがまるでなかった。目はどこかぼんやりとしていて、終電ガールの顔を見ているが、そこを通して彼の背後の景色でも眺めているかのようだ。
たったひとつ奇妙なのは、深夜とはいえこの蒸し暑い気候の中で、薄いベージュのレインコートのようなものを着ていることだ。コートはぶかぶかで、テシガワラのほんらいの体より、2、3サイズ大きいように見える。ボタンをはめていないコートの前からは、グレーのポロシャツとベージュのチノパンツが覗いていた。手ぶらだった。「………」
終電ガールは……全身をこちこちに緊張させながら……注意深くてテシガワラの外見を観察すると……こくり、と小さな顎を縦に振った。
相手の風体をひととおり値踏みし終えると、今度は男に自分がどのように値踏みされているのかが気になった。
テシガワラの表情からは、何も伺えない。
自分を見て、テシガワラはどう思っているのだろう?……満足しているのだろうか?……それとも、がっかりしているのだろうか?……もはや、自分がちゃんと少女に見えているかどうか、というレベルでの不安は乗り越えていた。……少女としての自分が、男にどのように評価されているのかが気になって仕方がなかった。「……いやあ……」テシガワラがため息のように呟き、軽く咳払いをして、言う「……とても、かわいいよ……」
「……………」心の中に、インクの染みが広がるように、安堵が広がっていく。
と、そこでホームに終電が入ってくることを告げるアナウンスが響き渡った。
「あそこから、乗ろうか……」
男が指を刺した方向に、整列して終電を待つ、男女10数人がいた。
サラリーマンに、学生風に、女性が二、三人。週末であるため、ほとんどが酔いか、疲れで澱んだ印象だった。
終電ガールは、もう一度頷くと……男とともにその列に加わった。
薄いコートを着た中年男と、並んで歩くセーラー服姿の少女。傍から見れば、どんなふうに映るのだろうか、と終電ガールは思った。都会の夜の、終電を待つホームである。何を見かけようと、誰も気にしないだろう。電車が入ってくる瞬間、それまでずっと俯いていた終電ガールは、、確認するように男の顔を見上げた。
相変わらず、男は終電ガールの顔に目を向けていた、躰に目を向けていた。
しかし、その視線はさっきと同じように、彼の体をすりぬけて、はるか向こうの風景を眺めているようだった。終電がホームに入ってきて、二人は十数名の乗客たちとともに、電車に押し込まれた。
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