終電ガール インテグラル

作:西田三郎



■第三章 『終電ガール』

 第二話「伝道」

  それから毎朝のように、そのセーラー服を着た中年男は、通学電車に現れた。
  そして人混みの中で、同じように少年を責めさいなんだ。
  朝の電車の中で、男の手によって一滴残らず精液を搾り取られることが……少年の日課となった。

  日を重ねるごとに、男の手は少年の性感を熟知していった。
  ……その手つきは、ますますねっとりと、執拗なものに変わっていった。耳元で囁かれる異様に低い囁きも……「昨日よりも今日のほうが感度がええやないか……」とか、「もうオナニーなんかアホらしくてしてられへんようになったやろ……」とか、「実は毎朝、おっちゃんに触ってもらうんが楽しみになっとるんと違うんか……」など……日々刻々とエスカレートしていく。
  男は常に新しい言葉と言い回しを並べ立て、少年の新鮮な羞恥と屈辱感と……日に日に大きくなっていく被虐感を巧妙に煽り立てていった。

 やがて少年は……それはもちろん気のせいだと信じたかったが……いつも自分と、そのセーラー服男を取り囲んでいる乗客たちの顔ぶれが、毎日同じ面子であるような気がしてきた。

 それは老若男女を問わなかった。
  多くはサラリーマンだったが、OLもいれば、学生らしいのもいる。
  自分と同じくらいの中高生の中には、女子も含まれていたような気がする。

  それらが……毎朝のように繰り広げられる、セーラー服男による自分への辱めを、食い入るように眺めているように思えるのだ。男から悪戯を受けている間、少年はずっと目を閉じ、歯を食いしばってなんとか快楽に打ち勝とうと無駄な抵抗をする。……しかし目は閉じていても……全身に周りからの視線を感じずにはおれなかった。周りが亢奮から漏らす熱い吐息を、体中に感じずにはおれなかった。
  まるでその空間は、異様な湿気と熱気が充満する、地獄のサウナのように思えた。
 
  しかし……それを感じれば感じるほど……男に与えられる不本意な快楽に抗おうとする理性が……何か、甘くて温かいものに飲み込まれていくのだ。




  「……うそでしょ?」千春が口を挟んだ。「……ってか……そんなの、イヤだったら逃げればいいじゃん。毎朝、乗る車両を変えるとか……電車一本ずらすとかさ……逃げようと思えば、いくらでも逃げられるはずでしょ?」
  「…………」少年はうつむいたまま、顔を上げない。
  まだ泣いている。
  一呼吸置いて、少年の告白は続いた。


 その日、少年はいつものように、男に陰茎を引っ張り出され、こってりと弄り回されていた。
  いつもの乗客たちが、二人を取り囲み……その様子を凝視している。
  どうせ、いまさら足掻いてみせたところで……最後に自分は、生理的な反応に負けて、男や、周りの乗客たちが見守る中で……その期待どおりに射精してしまうのだ。少年はもはや諦めきった境地で……そして回避できない生き恥を受け入れてしまうことへの、甘い絶望感をもって……男が自分の張り詰めきった陰茎を弄ぶのに任せていた。

  陰嚢が収縮し、脊髄が弓なりにそり返り……濁流のように押し寄せてきた射精感が、下腹の容量を越えようとした、その瞬間……ぴたり、と男の手が止まった。

  『あっ………えっ……????』

  あと半秒ほどで、開放されるはずだった性感を、そのままに放り出される。
  そればかりか男の手は、濡れ、痛いくらいに張り詰めていた少年の陰茎を、ズボンの中に押し込んでしまった。

  『……そ、そんな……』

  男の顔を見上げる。男は意味ありげに笑みを浮かべるばかりだ。

  周りの乗客たちも、不審な顔でその流れを見守っている……しかし少年はそれどころではなかった……限界まで亢められ、そのまま置き去りにされた性感は、彼からまともな状況判断と理性を奪い去っていた。とにかく……開放してほしい。今すぐにでも、あの淫らな愛撫を再開して、自分をちゃんと射精まで導いてほしい。

  少年は太腿をぎゅっと締め、腰をもじもじさせながら、懇願するように男を見上げた。
  その顔は、男の目にどんな風に映ったのだろうか……?
  まるで、お預けをくらった子犬のような、みじめな表情だったに違いない。
  瞳には、溢れそうな涙がいっぱいに溜まっていたかも知れない。
  しかし男は、冷たい笑顔で少年を見下ろすばかりだった。

  いつものように、言葉で弄ってくることもしなかった。

 と、電車が駅に到着する。
 男の手が、少年の細い手首を荒々しく掴んだ。

 『?!』
 
  おそろしい強さで腕を引っ張られ、そのまま人混みにまぎれてホームへ引きずり出される。
  セーラー服を着た中年男は、無言のまま少年の手を引き、どんどん歩いた。
  男に引き立てられて、朝のラッシュでごった返す階段をまっすぐ突き進む。
  少年はただひたすら、混乱した頭のまま、男に引っ張られるままに歩いた……まるで催眠術にでも掛かったかのように……自分の足が大人しく男の足につき従っていた。




  「……え、なんでそこで、逃げたり助け呼んだりしなかったわけ?」また、千春が口を挟む。「だって、朝のホームだよ?……人でいっぱいだよ?……助けを呼べばいいじゃん。ってか……その男がどんなに力が強かったか、怖かったか知れないけど、本気になったら手をふりほどいて逃げるくらい、余裕でできたはずじゃん?………ねえ、その話……ちょっとおかしくない?
  「……だって」無言だった少年が、泣きはらした目を上げた。「今日だって……あなたが………」
  「………あ」千春は決まり悪そうに視線を逸らせた「……そか。いいよ、続けて」

 男に連れ込まれた先は、改札内にある薄汚れた男子トイレだった。男は手首を離すと、背中をどん、と押して開いていた個室に少年を押し込んだ。個室内には独特の臭気と湿気が満ちていたが、男の鼻息と血走った目が、少年の抵抗を完全に封じていた。
  男はそのまま少年を汚れた壁に押し付けると、少年の頭をがっしりと掴み、その唇にむしゃぶりついた
  舌が入ってきた。大量の生臭い唾液が……少年の口に流れ込んできた。


 「……てかさあ……」半ば呆れた声で千春が口を挟む。「朝でしょ?ラッシュ時の駅のトイレでしょ……?……誰もほかに、人、居なかったわけ……?……だってその男、セーラー服着てるんだよね?……そんなヘンな男が、あんたみたいな男の子の手をとって、トイレに連れ込んで、誰も何も言わなかったわけ?……超ヘンだよ!!」
  「………でも………ほんとうの話です……」
  少年は、ぐすん、と鼻をすすると、話を続けた。

 男は少年の制服のワイシャツの前ボタンを荒々しい手つきで外し始めた。
 上から3つまではなんとか外したが、4つ目以降は引きちぎってしまった。個室の床にボタンがパラリと音をたてて散らばる。少年はワイシャツの下に肌着を着ていなかった。むき出しになった薄い胸板と、ほとんど色のついていない二つの小さな乳輪、へっこんだ腹と縦型のへそが露になる。
  恐怖よりもはげしい羞恥を感じて、思わず身悶えてしまった。
  そんな少年の反応に気をよくしたのか、男が上ずった声で言った。

 「……ほんまはボク、こんなふうにされたかったんやろ?……おっちゃんに、こんなふうにされてみたかったんやろ?……そやから、毎日おっちゃんに電車の中でちんちん弄られても、大人しゅうしとったんやろ?……すけべな子や……そやから今日も、おっちゃんに大人しゅうついてきたんやろ?……今日は、可愛がったるで……とことんまで、可愛がったるさかいな……」

 そういうと、男は少年の制服ズボンに手を掛けた。
  さすがに……かなり弱弱しくはあったが……その手を封じようと、多少の抵抗を試みた。まったく相手にされなかった。あっという間に男は少年のベルトを外し、前ボタンを外し、ジッパーを降ろし……すでに染み出した粘液でべとべとになっている下着ともども、一気にすべてを膝の下までずり降ろした。

  「い、いやっ……!」

  “こ、これじゃ……まるで全裸みたいじゃないか……”

  しかしパンツの戒めを開放された陰茎は、ほとんど垂直に立ち上がり、臍の下あたりで下腹にぴったりとくっついている。それも含めて……男がじっくりと少年の身体を鑑賞しはじめた。暴力的な羞恥が全身の体温を、確実に2℃は上昇させた。身をよじり、男の視線からなんとか少しでも逃れようとするくらいしか、この狭い個室内では逃げ場所がない。男はまた、淫らな響きで言葉を続けた。

 「……きれいな身体や……まだそんなに……あんまり毛も生えてへんねんな……白い肌や……折れそうな、女の子みたいな華奢な身体や…………めちゃくちゃにしたる……思う存分可愛がったるからな……」

 まず吸い付かれたのは、首筋だった。
  それだけで、「あんっ」と声が出た。鼻から抜けるような、甘い、少女のような声だった。

  舌が上半身を這い回る。 ナメクジが辿った後のような、粘質の唾液の筋を残して。
  男は左の乳首を舌先でからかい、それが馬鹿に素直に固く、ぴんと立ち上がったのを見届けると、右の乳首にむしゃぶりついた。歯を立て、吸い上げながら、すでに先ほどの愛撫で湿っていた左乳首を、右手でつねり、こねまわす。

  少年は途中まで、なんとか唇を噛んで、溢れそうな声を抑えていた。しかし、男の舌が臍を目掛けてみぞおちを貼って下っていったあたりで、ついに堪えられなくなった。あとはもう、留まることなしに、熱い吐息と甘えるような声が溢れ出して行く。そんな少年の声は、男をますます喜ばせた。

 「……ええ声で鳴くやないか……電車の中では、声、出されへんさかいなあ……ここやったらなんぼでも声出せるさかいに……好きなだけええ声聞かせてや………」
  「ああああんんんっっっ………あ、あ、あ、うううっ………はあああっっっ」

  男に言われるまでもなかった。
  男の舌は臍から脚の付け根へ……太腿から内股へ……膝小僧へ……そして戻ってきては、下腹のかすかな茂みを絡めとるように這い回った。

  身体を裏返され、壁に手をつかされた。
 
  尻の肉の間に舌が潜り込んでくる。……もちろんこれまで誰にも触れさせたことのない肛門も、くすぐり回された。もう、声を抑えようなんていう、殊勝な気持ちはどこかに吹き飛んでいた。

  男の手が少年のシャツを捲り上げて、背中を舌が這い回る。肩甲骨の窪みをなぞるようにしながら、前に回した両手の指で乳首をこね回す……でも、男は今少年の躰の中で一番たけり狂っている、その部分に触れようとしなかった。

  言わせようとしているのだ……少年は悟った……男は、少年の口から、それを言わせようとしているのだ。

  ……それに気付いたからには、もう口にするしかなかった。躊躇している余裕は、一刻もなかった。

 「い………」少年は、そこまで言って、唇を舐めた「……い……か……せ……………て………」
  「何やて?」男が耳元で囁く「何、ちゅうた?……大きい声で言うてみ」
  「………い、い……………い………かせ………て………」
  「もう一回大きな声で……おっちゃん、聞こえへんわ」
  「………お………お願い、…………いかせて………」
  「………いかせてほしいんか??」男が上ずった声で叫んだ。
  「い、いかせて!お願いだから!」
   気がつくと、少年もトイレ中に……いや、駅構内に響き渡るような声で絶叫していた。


 「………朝の駅でしょ?……ラッシュ時間でしょ?」千春がほとほとあきれ返って口を挟んだ「……トイレに、ほかにだれも人がいない、なんてこと、有り得ないよね?……なんでそんな、朝の駅のトイレで、大声出せんのよ。……どーーーーーーー考えてもおかしいよ、あんたの話」
  少年は、顔を上げようともしなかった。
  そしてぼそぼそと、話を続けた。

 くるりと裏返され、また正面を向かされたときには、陰茎の先でしゃがみ込んだ男が待ち構えていた。
  ぬらぬらと濡れ光り、痛いほどに脈づくその肉の塊を、男は一気に口に含んだ。

  「はあああっっ……………ん、ん、ん………んんんんんっっっ!!

  生まれて初めて味わう、その生暖かく、柔らかく、濡れた感覚に……少年は男が舌を使い始めるよりも前に射精してしまった。男は満足げにそれを飲み干しながら……もちろんそんなことで、少年を許す気などないようだった。ビクン、ビクン、と律動する陰茎をしっかりと飲み込み、なお勢いが収まらず腫れたままになっている亀頭を、男は改めて舌で転がしはじめた。

  「……だめっ……だめっ………も、もう………だめっ……いや………」
  気が狂いそうだった。しかし男はまったくやめるつもりはない。
  前かがみになろうとする少年を片手でさらに壁に押し付け、脚を大きく開かせると一旦陰茎から口を離し、玉の裏や肛門までもを丁寧に舐り回す……そのときには右手で、唾液でぬるぬるになった少年の陰茎を、はげしく扱きながら……。

 「気持ちええことは、悪いことやないんや」男は言った「人間、自分の気持ちええことに、正直に生きなあかん……わかるか、ボク。おっちゃんみたいに……自分に正直に生きなあかんのや」

 2度目の射精が瞬く間にやってきた。

  慌てて男が再び少年の陰茎をくわえ込み、一滴でもムダにするものか、とでもいうように精液を吸い上げる。そして、ごくりと大きな音を立てて……すべてを飲み込んだ。

  そしてやや余裕を得たものの、いまだ射精感の余韻を残したままの陰茎へ、男の唇と舌を使った執拗攻撃が始まる。

  「うああああああっっっ……ひっ……あ、うぐ……うあああっっ」

  絶叫するうちに、自分の声がどんどん獣じみていく。
  3回目はまた男の口の中で……そして4回目、5回目……いったいどれだけの時間、そんなふうに弄ばれていたのかわからなかった。気がつくと……少年は汚れた個室の床に尻もちをつくように、一人へたり込んでいた。

  夢から覚めたような気分だった……下半身はべとべとに汚れ、付着した一部の精液は乾燥を始めていた。
  陰茎はひりひりと痛み、赤くはれ上がっていた。
  もはや何の感覚もない……そして男の姿は、いつの間にか個室から消えていた。



 
  「……消えた?」と千春。「……幽霊じゃあるまいし……何それ?どんな怪談?
  「……気を失ってたみたいなんです……」少年は、明らかに馬鹿にしたような目で自分を見下ろす千春に言った「……それに……個室の荷物賭けフックに……紙袋が」
  「……紙袋?」
  「……中には……この服が入ってました」

  少年は自分が着ているセーラー服のカラーを、軽く持ち上げた。

  「サイズも僕にぴったりでした……もちろんスカートも……ソックスまで。それで……一枚手紙が入ってました。たった一言だけの、簡単な手紙でした」
  「……何て……書いてあったの?」
  「………『気持ちのええことに、逆ろうたらあかん』」

 


 

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