終電ガール インテグラル
作:西田三郎
『完璧な形態へのこの惑溺にくらべれば、
麻薬なんぞは駅長の気晴らし程度だ』
〜ルイ・フェルディナン・セリーヌ〜
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■第三章 『終電ガール』第一話「男の子はそれを我慢できないようにできている。」
時間を10時間ほど元にそう。
千春の口の中にしたたかに射精した後、少年はへなへなとその場にへたり込んでしまった。
一瞬千春は、口の中を満たしていたその精液を、ちょっと味わってみようかと考えたが……思っていたとおり、というか想像していた以上に、その生暖かさと質 感は、不快なものだった。
結果 ……思わず地面にそれを吐き出した。
「うえ……ぺっぺっ……」鞄の中にお茶のペットボトルか何かを入れとけばよかった、と思ったが、もちろんそんなものはない。
下半身はソックスとローファーだけの全裸……という情けない格好でへたり込んだ少年は、しくしくと静かに泣いている。
よくドラマなどで見る、犯されたショックで泣いている女の子そのものだった。ちょっとやりすぎたかな、と千春は思った。
しかし完全にうち萎れ、ぐったりと弛緩しながら、屈辱と恥辱に涙をこぼしている少年の姿は、千春の腰の奥に、また新たな種火を灯した。
……ってか、一体あたし、このままどうなっちゃうんだろう?……
千春は抑えきれない亢奮を感じながら、とどまるところを知らない自分の欲望に、寒気さえ覚えた。「……ぜんぶ……ぜんぶ………喋ります」
少年が、ほとんど聞き取れないくらいの小さな声で囁いた。
「え?」
「……ぼくがなんで……こんな……こんなことをしているのか……」少年が顔をあげて……まだ涙の残る瞳で、千春をまっすぐに見据えた。「……聞きたいんで しょう?」さっきまでさんざん戸惑い、恥じらい、媚びるだけだった少年の眼差しが、今や何かほんとうの少年らしい、凛としたものさえ宿しているよう にさえ見えた。
千春は、少年が語るに任せることにした。
少年の話は、こんな感じだった。
彼は13歳。今年の4月から、千春が通う中学と同じ沿線にある私立中学に、電車通学していた。
もともと小柄で、華奢な体型だった彼は、始まったばかりの中学校生活に、早くも絶望感を感じていた。
といのも、彼が入学したのは男子校で……彼のように中性的で、弱弱しい少年は……はやくもいじめの対象となってい たのだ。
とはいえ、そのいじめというのも、それほど深刻なものではないようだ。
例えば……スポーツに興味がなく、共通の話題に入っていこうとしない彼のことを、クラスメイたちが明らかに無視するようになった。例えば……体育の着替え のときに、妙に色白でなめらかな肌をしている彼について、クラスメイトたちがからかいの言葉を投げかけるようになった。例えば……一向に休み時間の下ネタ 話に興味を示さない彼が、ホモであると噂が立つようになった……その程度のことだった。
そんなわけで、彼は中学生活にまるで溶け込めないでいた。中学校での毎日は、彼にとってとても憂鬱なものとなっていた。
学校生活の一部である朝の通学時間は、彼にとってもっとも憂鬱な時間だった。
千春もいやというほど知っているが、彼と千春が共有している通学路線のラッシュ時はひどい。
比較的背が高いほうの千春でも、人と人の間に押しつぶされるようにして過ごす通学時間は、とても鬱陶しいものだった。痴漢に遭った日など、その憂鬱感は虚 無的なものにさえなる。
……そんなわけで、千春より頭半分ほど背が低い彼にとって、満員電車で過ごすひとときは実に息がつまるような、苦しい時間であることは充分に理解できた。
ある朝のことだった。
少年は、いつものようにサラリーマンやOL、学生たちと一緒に窮屈な姿勢で車内に詰め込まれていた。
ただ、いつもとひとつ違ったのは……彼の正面に背を向ける形で立っていたのが、セーラー服を着た、女子高生だった ということである。少年はその女子高生と、ほとんど躰を密着させるような形で、身動きの取れない状態にあった。女子高生の尻を股 間に感じ、背中を胸で感じていた。これまでに、そこまで異性と 躰を密着させた経験はなかったので……それが普通より柔らかいのか、固いのか、彼にはわからなかった。
ただ、いつもよりずっと……居心地がよかったことは確かだった。そして髪をショートボブにした女子高生の髪からは、花の香りがした。
首筋から漂ってくるのは、オレンジのような柑橘系の香りだった。気がつくと……少年は自分が、激しく勃起していることに気付いた。
大いに焦った。
往々にしてよくあることだが、こういう場合、そのことを意識すればするほど、よけいにすべての感覚がその部分に集中し、抑えようとすればするほど、陰茎の 勢いは増していく。
“やばいよ……この人のお尻に、当たっちゃってるよ……何とかしなきゃ……”女子高生の尻の感触と体温が、ズボンの布地越しに……少年のもっとも鋭敏になった器官を通して、伝わってくる。
恐らく、この状況下で……女子高生のほうも彼女の尻に押し当たっているものの異物感に、気付いていないはずはないだろう。
なんとか少年は……腰をよじって、自らの股間を女子高生の尻から逃そうと、試みた。
しかし、電車の揺れと、周りを取り囲む乗客の圧力で、なかなか上手くいかない。
もがけばもがくほど、陰茎は女子高生の尻にこすりつけられる形となり……そのことで焦りと、罪悪感と……そして何よりも強くて甘い快感と亢奮が、ひたすら 高まるばかりで……まったくの悪循環だった。ここまでは、よくある話だった。
千春もここまでの話では、すっかり退屈させられていた。
電車が、乗り降りの激しいターミナル駅に辿りついた。
ここで、多くの乗客が入れ換わる。
少年はほっとした……これでなんとか、この状況から逃れられる……多少、名残惜しい気もしたけど。
とにかく一旦、電車を降りる人の流れとともに電車からホームへと流れ出た。そして新たに乗り込んでくる人の波の中で、きりもみ回転しながら、再び車内の窮 屈な人混みの中に押し込まれる。あの女子高生がどこに行ったのか、まったく意識していなかった。
ほとんど半身をねじるように人混みの中で押し込まれていたので、少しでも楽な姿勢になろうと、躰をまっすぐに戻したときだった。思わず目を見開く。
少年の目線のかなり上に、自分を見下ろすショートボブの女子高生の顔があった。“え………”
少年とその女子高生は、ほとんど向き合うような形で立っていた。
正面から向き合うと……背中を向けていたときよりもずっと、女子高生の背は高く感じられた。
女子高生の顔は青白かった……目だけが異様に大きく、ほとんど血走っていた。
……そのぎらぎらと濡れた表面が少年を見下ろしている。少年は、思わず悲鳴を上げそうになった。
醜悪だとまでは言わないが……その女子高生の顔は、あまりにも異様だった。
突き出した頬骨に、がっしりしたボクサーのような顎。
目の周りにはファウンデーションの厚塗りでは隠し切れない、深い皺が浮き出ている。そして……同じく厚塗りの化粧の層を突き破るようにして……喉元からは数本の髭が飛び出していた。
その近くで、ごくり、と大きな喉仏が動くのが見えた。「………えらい固いのん……押し付けてくれたやないか……」
少年の耳元で、『女子高生』が恐ろしく低い、鼓膜を震わすような声で囁いた。関西弁だった。
「ほれ」
「あっ」『女子高生』が、自らの股間を少年の下腹に押し当ててくる。
その紺色のプリーツスカートを持ち上げている、凶器のように固くなった、『女子高生』の陰茎が、自分のまだ納まら ない陰部に、こすりつけられてきた。
びくん、と背中が踊った。
逃げ場はなかった。セーラー服を着たその中年男は、少年の股間に遠慮なく手をやると、情け容赦なくそ の陰茎を鷲づかみにした。
「あうっ……」
生まれてはじめて、固くなった陰茎を他人に握られた。
その感触は……ズボンの布地越しとはいえ、強烈なものだった。
「……かっちんかっちんやないか……」男がまた、響くような声で囁く。「……こんなにかっちかちに してからに……かわいい顔して、案外いやらしいんやな……」
「……ひっ」男の指の動きが変わる。
それが、自分を性的に弄んでいるのだと、淫らな刺激を与えようとしているのだ と気付くには、数秒の時間を要した。それに気付くと、かっと全身が熱くなった。
「やっ………や、やめ………」
その動きは……数年前から毎晩のように繰り返してきた寝室でのオナニーで……自分が自分自身に与える感覚とは、まるで違っていた。もっと的 確で、具体的だった。
「……いつもこないしとるんか……?」男に囁かれる「人にされれるんははじめてやろ」
ズボンの上から、固くなった陰茎の形を確認するように、男の指が這い回る。不快感が頭の中で快感に変換されるのに、そう時間は掛からなかった。
男の指がズボンのジッパーにかかり、それをそろそろと下ろし始めた。
……頭の中は激しく混乱し、焦りはしたが、それが全身の筋肉に上手く伝わらない。「……直接のほうが……気持ちええで」
え、そ、そんな“直接”って……。
開いたジッパーから男の指が入ってくる。
男の野太い声には似合わない、細くて繊細な指が、侵入したズボンの中で何かを探している。
何を探しているかは明らかだった。
腰をよじって逃げるべきなのだろうか。
それとも大声を出して『やめてください』と言うべきなのだろうか……?
……いや、いったいなんでそんなことができる?……朝の満員電車の中で、男子である自分が、セーラー服を着た中年男に痴漢行為をされている。……そんな状 況を、一体誰がちゃんと理解してくれるだろうか?……それはあまりにも異常だったし、そんなことを人に知られるのは、あまりにも恥ずかしすぎる。
「あっ………いっ………」男の指が、下着の隙間から侵入してくる。
はっとして顔を上げた。にんまりと笑った男の、醜い、老いた顔があった。
男は少年の、生え始めたばかりの柔らかい陰毛を指先にからめて、その感触を楽しんでいる。
早くも絶頂寸前まで追い詰められていた陰茎を指先でつまみ、一気にそれをズボンから取り出した。「だ、だめ」
聞き入れてもらえるはずもなかった。
時間にすれば、ほんの数分間の出来事だったろう。
しかし少年にとっては、永遠に続く拷問のような時間がはじまった。
「……ほらな……こうやろ?……こうされると気持ちええやろ?……わかっとるわかっとる……おっちゃんは何でもわ かっとるんや……ほれ、気持ちええやろうが……どんどん固くなっとるやろが……先っぽから、とろとろよだれ、垂らしと るやないか……どこをどうされたら気持ちええか、おっちゃんはよう知っとるんや……ほら、毎晩、こうしとんねんやろうが……毎晩毎晩、こないして、自 分で触っとるんと違うんか……ほれ、こうやろ……こないされると、気持ちええやろ……ボク……ほんまにやらしい子やなあ……おっちゃん と同じや……おっちゃんも、君と同じくらいの歳の頃はそうやった……なあボク、ほんまは、誰かにこんなふうにされた かったんと違うんか……?……そうやろ?……こんなふうに誰かに、してもらいたかったんと違うんか……?……そうや……そやからこんなにか ちんかちんになって、ぬるぬるになっとるんや……」
まるで台詞でも読み上げるように、男は少年の耳元で囁き続けた。
少年のはじけそうな陰茎をしっかり握り、微妙な緩急をつけて扱きつづけながら。「……ほんまはみんな……ボクみたいな年頃の男の子はみんな……誰かにこうされたがっとるんや……こうされたいと思っとるんや……そや ろ?……そやからこんなに、かちんかちんになるんや……いかせてほしいやろ?……いっぺんこうなったら……あとはもう いかせてほしいだけやろ?……ほれ……君かて、おっちゃんの手でいかせてもらいたいんやろうが……すけべえめ……ほん ますけべないやらしい子やな……おっちゃんかてな、君と同じやったんや……君と同じくらいの歳のときな、おっちゃんも電車で学校に通うてた……そしたら知 らんおっさんが、こうやってちんちん触ってきよったんや……それが気持ちよかったん や……ぜんせん知らんおっさんに……こんなふうに触られて……気持ちようさせてもうたんや……それで、電車の中で……最後にはピューっ て、出してもたわ……気持ちよかったなあ……ほんま気持ちよかったなあ……」
ちょっとでも気をゆるめると、そのまま射精してしまいそうだった。
少年は歯をくいしばり、窮屈な中で身体をできるだけひねるようにして……ひたすら耐え続けた。男の手は止まらなかった。「……ボク、男の身体はな、正直にできとるんや……どんな状況でも、どんなときでも、どんな相手にで も……ここをこんなふうに弄られると、身体のほうが勝手に気持ちようなりよるんや……どんなけ頭では、あかん、気持ち ようなったらあかん、って思てても……しょせんはムダや……おっちゃんはな、ボクくらいの歳のときに、電車の中で触っ てくらはった、あのおっさんのおかけで、その事に気付いたんや……身体が、気持ちようなりたがってるのに、頭でそれを否定することはあ らへん……ええんやで……ボク……そのまま、イってもうたら……ほら、おっちゃんが手で受け止めたるさかいに……その まま、いきたい時に、出してもうたらええんや……我慢することあらへん……なんも恥ずかしいことやないで……ほら、もう諦めたらどうや……?……観 念して、出してもうたらどないなんや………?」
ぎゅっ、と男に陰茎を強く握られる。
「……あっ、ああああっ……」周りにはっきりと聞こえるくらいの声が出た「………うっ……うっ……うっうっ」もう遅かった。下半身すべてを持っていかれるような激しい感覚が少年を襲った。
薄眼をあけて下を見ると……自分の亀頭を両手で握りこむようにしていた男の、指と指の間から、どんどん白い粘液があふれ出て……電車の床に滴 り落ちていた。
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