終電ガール インテグラル

作:西田三郎



■第一章 『千春』

 第四話「夢の中では無辜」



 その夜、家についたのは深夜を回っていて、ベッドに入ったのは1時すぎだった。

  『……ああ、なんか……いろいろあったなあ……』

  シャワーを浴びても、躰のいたるところに今日の出来事の感覚が残っていた。
  たとえば首筋には輝の唇の感触が、下半身の前面には輝のズボン越しの突起の感触が、そして尻にはあの朝の電車で押し付けられた、肉の先端の感触が。
  そして股間ではあの少女の姿をした少年の指と、輝の指の感触が入り混じり、今もそこで蠢いているようだった。

  『んん……』

  下半身を覆っていたタオルケットを蹴り上げて、くるくると棒状に巻き、太腿でぎゅっと締め付けてみた。

  『……ああ、ダメだって。明日まだ……水曜日だし

  と、毎晩、なんだかんだと自分の中でうずまく開放への欲求を、一旦は退けてみせるのが千春の就寝前のひとつの儀式だった。月曜であれ、火曜であれ、木曜であれ、金曜であれ、関係はない。
  そうすると、ぐっすりと眠れるのだ。

 真っ暗な部屋で目を閉じると、クーラーの振動と時計の秒針の音、そしてかすかに遠くから聞こえるサイレンの音などが千春に囁きかけてくる。

  『ん……』

  ゆっくりと、パジャマのズボンのゴムに手を掛け、下に、下にと降ろしていく。
  膝あたりまで降ろしたところで、改めてタオルケットを素肌で締め付けてみた。
  冷房で冷やされたタオルケットの生地が、いつも以上に心地よく感じた。

  『……もう……すけべなんだから………』

  などと、自分の意識をできるだけ外に追いやりながら、両手の動きはできるだけ無意識に委ねてみる。
  自分の体の上で“こっくりさん”をしているようなものだった。
  千春はいやらしい他人の両手が、自分の快感をなんとか引っかき出そうと彼女の身体を弄んでいる、という想像のもとに手を動かすのが好きだった。
  できるだけ、両手の次の動きは予想しないように心がけた。

  『ひっ……そ、そんな、いきなり……いきなりそこ、いっちゃいますか?』
  手は有無をいわさず千春のパンツの中にするりと侵入してきた。
  脚の付け根が指を締め付けて、指はやや湿りを帯びている部分に触れる。
  『……んっ………待って………あっ』
  指先は吸い寄せられるように、かすかな突起の先端を捉えた。

 さらにしっかりと目を閉じると……今朝の電車の風景が脳裏に蘇えってきた。
  車内は暗く、周りの乗客はマネキンでできた壁のようで、まるで生気がなかった。
  そして、今、千春の下着の中で敏感なその部分の先端を捉えたのは、千春の指先ではなく、千春の背後から伸びている、あのか細い手だった……肩越しに振り返ってみると……やはりそこには少し頬を紅潮させた、あの前髪の長い端正な少女の顔がある。

  『……ダメだよ……やめてってば………………あんっ!!
  指先が小刻みに動き始めて、千春に電流のような痺れを与え始めた。

 
  「……い……いや……や………やめ………て……」

 思わず……微かではあるけれど、千春は声を出していた。

 「うんっ!!」

 妄想とは思えないくらい、千春の尻の……尾てい骨のあたりに、あの肉の先端の感触がありありと戻ってきた。それは……今朝感じた感覚よりも、もっと確かなものだった。恐らく、数時間前に太腿に押し付けられた、輝の肉茎の感覚……確かなとともに息づいていたあの肉の塊の感覚が、千春の頭の中で混ざりあい、このような形で再現されているのだろう。それはまるで……肉と血でできた銃口を押し当てられながら、脅され、抵抗を封じられた上で……千春の躰の中で最も感覚の鋭い、この部分への攻撃に耐えることを、強要されているようでもあった。

  そんなふうにいろいろ余計なことを考えれば考えるほど、さらに身体は亢ぶり、意識から現実感は薄れていく。

 「……や、だめ……許して……お願い……そ、そんなに……そんなにしたら……」

 今や千春はTシャツを胸の上まで巻くり上げ、うつ伏せになって腰を突き出すような姿勢をとりながら、乳房のすでに硬くなった先端部分を、タオル地のシーツに軽くすりつけていた。
  冷房を効かせた部屋の中でも、うなじに汗が湧いてくるのがわかった。

 さらに指で突起を激しく刺激する。
  その部分はさらに熱くなり、脈打ち……心なしか存在感を増しているようにさえ思えた。

 「………え?」

 眠気のせいか、それとも激しい亢奮のせいか、妄想の中の風景はますます荒唐無稽なものとなっていった。
  スカートの中ではげしく攻め立てられるその部分から、それは生えてきた。
 
  「……う、うそ……そ、そんな………」

 少年の手が千春のその部分を弄び、彼女の官能を煽り立てるのに応じて……紺色のプリーツスカートが、内側から隆起する、棒状の肉によって少しずつ持ち上げられていく。

  「……そんな………や、やめて……こんな……こんなの………」

  少年の手がまるで粘土でも捏ね上げるように、千春の股間から生えたその器官をやわやわと刺激する。

  その刺激は実際に、自分の指によって自らの同様の器官に与え続けている快感と連動していた。
  快感が高まれば高まるほど、妄想の中で千春の中に生じたその部分は硬さと大きさを増していった。
  そして妄想の中でその部分が硬く、大きく、熱くなればなるほど、快感は大きくなり、体中を電気信号のように駆けめぐる。

 「……あっ……んんんっ………そ、そんなに……そんなにしたら………」

 絶頂が近かった。
  あまりにもバカバカしく、現実離れした妄想であることはわかっている。

  こんな妄想がどこからやってきたのか、自分でもわからない。

  しかしそこから得られる快感は、これまで感じたほどがないくらい激しいものだった。
  一体この妄想が、自分をどこまで快感に導いていくのか、まったく予測が立たなかった。
  「…………だめ…………だめ…………そんなにしたら………で、出ちゃう……」

 出ちゃう?……何が?

 わからなかったが、現実の自分の指と、妄想の中の少年の指の動きは止まらなかった。
  「………あっ…………だ、だ、だめ…………だめっっ!!」

 はげしい戦慄がはじけて、千春の全身がひきつった。
  ベッドの縁に左手をかけて、右手をしっかり太腿で締め付けたまま、四つんばいの姿勢で腰を上に突き上げていた。とても、人に見せられた姿ではなかった。

 ぐったりとベッドに身を委ねる。快感の波が引いていくのを、しばらく待たねばならなかった。

 『……そ、それにしても……へ……へんなこと考えちゃったな………』

 服を直すと、すぐに眠りがやってきた。
 
  妄想の続きが、夢に出てきた。

  千春はあの真っ暗な電車の中で背後から、股間に生じた新たな器官を攻め立てられていた。
  その自分の姿が……暗い電車の窓に映し出されているのを観た。
  不思議なことに、そこに映っているのは自分ではなかった。

 服装は自分の学校の制服だったが……その窓鏡に映っていたのは、紅潮し、亢奮に我を忘れ、恍惚の表情を浮かべる……輝の顔だった。

 

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