終電ガール インテグラル

作:西田三郎



■第一章 『千春』

 第二話「ガール・ミーツ・ガール」



 『ええっ……????……ちょ、っと……何これ?

  千春は思わず目をパチクリさせた……一瞬、自分の目を疑い、その後すぐに自分の頭を疑った。
  いや、頭はだいじょうぶで、もちろん目もだいじょうぶだ。


  千春の背後にぴったりとくっついていたのは、どこからどう見ても少女だった。
  ……年齢は、自分と同じくらい……中1か、中2くらいだろうか。満員電車の人込み中、千春の肩越しには少女の肩あたりくらいまでしか見えないが、セーラー服の紺のカラーが見える。カラーの下には、紺のタイ。この沿線では見かけない制服だった。少し長めのショートカットは、少女の頭の形の良さを強調していた。
  幼さゆえの華奢な肩幅のせいか……それともどこか涼しげにまとまった目鼻立ちのせいか……少女にはどこか、つかみどころのない中性的なイメージがあった。

  ふわっ、と一瞬、千春の胸の奥で、得体の知れない感情が羽根のように舞った。

  しかし今は、驚きと混乱のほうが、ずっとそれに勝っている。
  そのときわき上がった感情は、うっかり逃してしまう、くしゃみの兆しのようなものだった。
  『な……な……なにこれ………あっ………』
  少女の手がいつの間にか千春のスカートに侵入していて、その指先がぴたり、と太腿の素肌に触れた。
  『………ひっ……』
  不思議な感覚だった。
  自分の身体に触れている手の持ち主が、頭で思い描いていたイメージとあまりにもかけ離れていたからだろうか。
  その指の感触はあまりにも冷たく、痺れるような違和感に満ちていた。
  『あっ……やっ……』
  指が太腿の裏側を滑り、後ろからパンツのラインを辿るようにして、つるり、と脚の付け根に滑り込んでくる。まるで岩の裂け目にするり、と忍び込んでくる小魚だった。いつもの千春なら、しっかりと太腿を閉じ、やすやすと脚の間に指が侵入することを許さなかっただろう。しかし、今日はなぜか……すべてがワンポイント遅れた。
  『ちょっと……やっ………待って……なんなの?これ………あっ!!
 脚の間で、2本の指……恐らく、人差し指と中指が……下着の上から的確に、千春の入り口に添えられた。千春は、自分の全身が、かあっと熱くなっているのに気付いた。
  『えっ………ま、まって……待ってったら……んんっ!』

 指が動き始めた。
  普段の痴漢なら……ここまでしてくる、ただの『平凡な痴漢』であるならば、その指の動きはがさつ極まりない。まるで何か恨みでもあるかのように……もしくは消しゴムで答案用紙の間違った数式をやけくそで消すように……ひたすら強く、激しく指をこすりつけてくる。
  激しくやればやるほど、千春が性的に反応すると思っているのだ。

 しかし、今日の手……千春の背後にぴったりとくっついた、痩せた美少女の手の動きは違った。
 
  先ほど、少女は千春のスカートのプリーツを、一本一本確認するように、指でなぞってきた。今はその動作を……さらに繊細で微妙な指使いで……脚の間、下着の布が重なる部分で再現している。
  本来ならば……不快感と痛みしか感じないはずの行為だった。
  いつもの痴漢ならば、そういう行為は千春にとって……いきなり身体をつねられたり、爪を立てられたりといった、不快で腹に据えかねる“攻撃”としか感じられない。しかし……少女の指使いはとても的確だった。

  『……や、や、やっぱこれって……向こうも女の子だから?……で、でも……』

  たとえ相手が同性だからといって、ここまで触れられる感覚に違いが表れるものだろうか……?……その指使いは……どことなく……小学校4年生の頃から、眠る前、毎夜のように布団の中で繰り返している、自らの自慰行為を連想させずにおかなかった。

  『……って……なんでよ……そうじゃないでしょ……違う……違うよ……』

  千春は目を閉じ、背中を硬くして、頭に自動的に湧き上がってくる奇妙な連想を振り払おうと試みた。しかし……それを振り払おうとすればするほど、その部分をなぞる指の動きがもたらす感覚が身体に染みてくる。
  それは まるで、柔らかで心地よい電流のように身体中に広がっては消え、広がっては消えた。
  そのたびに千春は、ローファーのつま先に力を入れ、踵を浮かさなければならなかった。

 『……あっ……やっ!!』

 ぴたり、と少女の指先が、布地の上から……とくに敏感になっていたそのポイントを指した。

 『え……いや……それは……やばい、まずいって……んんっ……!!』
  指が小刻みに振動をはじめる。
  『あっ……んっ……待って……待って……』

 やはり……その動きは自らが毎夜のように繰り返している密かな行為を連想させざるを得なかった。
  そして、それは……二人きりのときに、輝の指が与える刺激とは、まったく違っていた。
  まるで、別物だった。
  『そんなこと……そんなこと考えちゃ……ダメだって……』
  さらに身体が、かあっと熱くなる。
  ぎりり、と口の中で音がした。自分が奥歯をかみ締めている音だった。
  気がつくと千春は、自分の意思でしっかりと腰の揺れを固定し、少女が与える刺激を余すことなく受け入れようとしていた。
  その瞬間、半ばやけになって……背後の少女に向かって……自ら腰を突き出していた。

 ちょん。

 『…………………え?』

 一瞬で、全身の熱が引いていった。
  慌てて肩越しに、背後の少女を顧みる。
  ……先ほどよりも亢奮のせいか、少々頬を赤らめてはいたが……少女の小づくりな顔が、相変わらずそこにあった。

 しかし……千春が自分の尻で今はっきりと感じているのは、少女の下半身から前方に向かって突き出している、突起の感触だった。 

  『………?????』

  信じられないことだが、千春の尻の上で、その突起は熱く、はっきりと脈づいていた。

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