セルジュの舌
作:西田三郎
■9■ 女教師
その夜、恵介は3回もオナニーをした。
恐怖に打ち震えながらも、その一日に自分の目が見たこと、聞いたこと……そしてもちろん和男から与えられた刺激のはけ口を、射精で逃がすしかなった。
1回目に負けないくらい、2回目の射精も量が多かった。
それでも勃起は収まらず、衰えを知らない赤黒く充血したペニスが、「まだヤ まだイけるやろ”」とセルジュの声でさらなる解放を求めてくる。
改めてペニスを握りなおし、ぬるぬるとぬめるペニスを、またしごき始める。
(……だめだ……こんなことしてちゃだめだ……)
和男の部屋を満たしていたのと同じ異臭が、自分の部屋にも立ち込めているような気がする。
恵介は自分の手のひらに唾を吐くと、ベッドの上に仰向けに横になり、クチュクチュと音を立ててペニスを責め立て始めた。
(……いやだ……でも……)
和男の舌の感触を思い出す。そして和男の言葉を思い出す。
『ほんとうはこんなもんじゃないんだぜ? ……セルジュの舌は、巻きついてくるんだ』
巻きついてくる? ……こんなもんじゃない?
その疑問符と、和男の言葉に対する淫らな好奇心がさらに自分を昂ぶらせていく。
「あっ……だめ、だめって……か、かずお……じゃなくてセ、セル……」
迫り来る射精感に、ベッドの上の恵介の身体が弓なりに反り返る。
と、そのときだった。
「げほん、ごほん」 ……ドンドン。
はっと、手を止める……が一瞬遅かった。
「あうっ!」
ペニスが弾けた。その日3回目の射精だった。
それでも量はすさまじく、Tシャツを捲り上げてさらけ出い平らな腹の上に、大量の精液がほとばしる。
壁の向こうは、妹の千帆の部屋だ。壁を蹴るか、叩くかしたのは、間違いなく千帆だろう。
恵介は、しばらく身動きができなかった……息を止めて、叩かれたドアを見つめる。
ドアをけった千帆からは何の反応もない……和男の部屋と同じ匂いの中で、息を潜め続けていると……いつしか眠りに落ちていた。
翌朝、恵介はいつもより早めに家を出た。
朝食の席で千帆と顔を合わせたくなかったからだ。
その日の昼休み、恵介は担任の女性教諭、江藤をまた廊下で呼び止めた。
「ん?」屈託のない笑みをたたえて江藤が恵介を省みる。「どした?」
「先生……きのう、和男の家に行ってきたんだけど……」
恵介は江藤の笑みがまぶしかった。
一晩にしてこの笑顔に顔向けできないような、後ろめさを抱え込んでしまったようだ。
しばらく顔を背けていると、江藤のほうが回り込んで、恵介の視線の中に入ってきた。
「……なにか……あったの?」
「はい……ありました。だれに相談していいかわからなくて……」
恵介の言葉に嘘はなかった。
「立ち話じゃ……話せないような内容のことかな?」
「はい……」
そう言って恵介はうつむいた。と、江藤がぽん、と恵介の左肩を叩く。
「じゃあ放課後、相談室の予約を取っておくから……わたしになんでも相談して」
ありがとうございます、と感謝の言葉を述べようとして顔をあげたら、江藤はあの魅力的な尻を揺らしながら、鼻歌交じりに職員室のほうへ歩いていくところだった。
放課後、恵介と江藤は向き合って座っていた。
恵介がすべてを語り終える頃には日はすっかり傾き、夕陽が室内を照らしていた。
その日の夕陽は不気味なほど赤く、恵介は和男に聞かされたセルジュの赤く光る窓を連想せずにおれなかった。
今、江藤の顔からはいつもの微笑みは消えている。
「ほんとうの……話なのね?」
江藤のそんな真剣な表情を見るのは、恵介も初めてだった。
「嘘じゃ……ありません。信じられないかもしれないけど」
確かに恵介は、江藤に昨日のコンビニで見たことから、和男の部屋で聞いたこと、そして和男の家庭で起こっていることのすべてを話した。
もちろん割愛した部分もある。
和男にズボンとパンツを下ろされて性器を弄ばれたことや、昨夜そのことを思い出しながら3回も手淫したこと……そしてそのことをどうやら実の妹に悟られたらしいこと、など。
「友里江ちゃんに、裕子ちゃん、それに和男くんとそのご家族……あと、そのコンビニの女の子。君がきのう見ただけでも、少なくとも六人がその……セルジュさんから被害を受けてるってことね?」
「それだけじゃありません……たぶん、あいつは……セルジュはもっと……」
言葉を継ごうとする恵介を、江藤が二本指を挙げて制した。
「本 来なら、警察に相談しなきゃいけないことかもね……でも、その被害者にうちの学校の生徒が関わってるとなると……それもわたしのクラスの生徒がかかわって いるとなると、一旦はこの問題、わたしが預からなきゃね……校長先生に相談してもいいけど……今日は出張だからなあ……」
そこで江藤は豊かな胸の前で腕を組んだ。
こんな時なのに、恵介は腕に押しつぶされた胸に反応してしまった。
やはり昨日から、自分は少しおかしい……
「どうするんですか?」
「わたしが、セルジュさんに会いに行くわ」
思わず、恵介は椅子から立ち上がっていた。
「ぜ、絶対にやめたほうがいいです! あいつは、まともじゃないんですよ? あいつにはモラルも何もないんです! わけのわからないガイジンなんです! 話が通じるわけありません!」
「恵介くん、そういうサベツ的なこと言っちゃダメ」
そう言って江藤は厳しい表情で親指を突き出し、“メッ”の仕草をする。
だめだ……この人は事の重大さをわかっていない。恵介は焦った。
「先生ひとりで会いにいくなんて無茶です! あいつは狂ってるんです! ……ていうか……あいつと関わった人間は、みんなあいつの思い通りになっちゃうん です! あいつは、そういう奴なんです! 先生みたいなキレイな若い女の人が、あいつにひとりで会いに行ったとしたら……」
「えっ ……やだ、ホメられちゃった」
江藤が顔を挙げる。その顔がぱあ、と明るくなる。いつもの笑顔だ。
しまった、と恵介は口をつぐむ。余計なことを言ったかもしれない。
「あの……その、だから先生、セルジュにひとりで会いにいくなんで、絶対ダメです……時間が掛かってもいいから、校長でも警察でも誰でもいいから、セルジュがあの家でやっていることを相談してから……」
「それじゃ、時間がかかりすぎちゃうわ。だって今、まさに、うちの教え子が被害に遭ってるんでしょ? ……こうしちゃいられないわ。今すぐ学校を出て、セルジュさんの家に行く。決めた。よし。そうしよう」
だめだ。と恵介は思った。江藤が真面目で、仕事熱心な教師なのはわかる。
でも、この人はやはりセルジュがどんなに危険なやつなのか知らない。
さっき思わず口に出してしまったが……江藤はじゅうぶん、女性として魅力的だった。自分でもそれを自覚しているのかしていないのか、14歳の恵介の目から見ても彼女は自分が魅力的であることに自覚的ではなく、あまりにも無防備に見えた。
こんな女性が、たったひとりでセルジュに会いに?
とんでもないことだ。
カッターナイフ一本でイスラム過激派武装集団にケンカを売りに行くようなものだ。
「じゃ、じゃあおれも一緒に行きます! ……一緒に行かせてくださいっ!」
いったい、自分は何を口走っているのだろう、と恵介は思った。
でも江藤は、いつもの屈託のない笑顔で言った。
「わたしを守ってくれるの? ……頼もしい教え子を持って、先生しあわせ♪」
恵介はまたも自分から、恐ろしい状況に足を踏み入れてしまったことに気付いた。
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